22話 自分はあなたを拠り所にする
敬愛するアンナ王妃によく似ているのは、その髪だけだと思っていたのです。
『メイドのくせに、わたくしの言うことがきけないの?程度が知れるわね、さっさと出ていって!』
初めてディアーナ様と出会ったときに発せられた言葉に耳を疑いました。
お
本当にこの子供はあのアンナ王妃の娘なのか?
相手が思い通りにならないからと言って、敬意のない物言いをするのかと。
(この世界の闇も知らない、わがままな子供に下げる頭のなんと軽いことだろう)
アンナ王妃に救ってもらったこの身は、少々悪いとは思いつつも彼女をカモと見なしました。
自分が忠誠を誓うのは、陛下でもこの王女でもなく、あの環境から引き上げてくださったアンナ王妃だったからです。
『あの王女には味方がいません。それに、どうせ物を買い与えられるでしょう?だったら、少々戴いてもいいですよね』
そして、メリーとアテナを巻き込んでしまいました。
ですが、何度か盗みをしてもディアーナ様からの咎がないので、侮っていた時のことです。
『わたくしの専属メイドになりなさい!』
自分たちの行っていたことは、すべて看破されたうえで泳がされて、決定的な証拠と共に脅迫をされるとは思っていなかったんです。
数日前にスラムへ飛び出していったと噂には聞いていましたが、王宮に戻ってからのディアーナ様は物言いこそ高飛車でも、意味なく当たることがなくなっていました。
(王女の専属メイドになんてなったら、死ぬまで一緒だ。自分には王妃様のそばで働く夢があるのに)
差し出されたカメオを拒否しようとしたのに、メリーの気迫や物言いに何も言い返す言葉もなく、流されるようにして専属メイドになることを承諾してしまいました。
……これが、弱い人間の姿なのだと理解してしまった。
意志が弱い自分が、恨めしかった。
だというのに、命じられたことを手を抜かずに遂行してしまう自分も嫌だった。
(素直に従えるメリーも、奔放に好き勝手するアテナも、自分の意志で行動できるあなた達が羨ましい)
自分のしみついた性質と根性が、嫌だった。
だけど、そんな時は王妃様の言葉を思い出して耐える。
『あなた達の勤勉さ、誠実さ、優しさは外の世界でも評価されて然るべきだ。だから、私と共に王宮へ行かないか』
その言葉があったから、地道な聞き込みと推理で害となる茶葉の収納場所を突き止められた。
欲を言えば原因の特定だって自分がしたかったが、メリーに先行されたのは不覚。
自分という人間は、どんな形でもアンナ王妃を守れたことが喜びだったのです。
『この王宮のみんなを騙す準備はいいかしら?』
だからあの時、私は「これはいけない」と直感した。
ディアーナ様のお顔が、視線が、お考えが王妃様に似ているように見えたからです。
しかもデマを流すときも、体調不良を装わせたときも、それで自らが手を下さずに望んだ結果を得る彼女が陛下によく似ている気がしたからです。
(ディアーナ様は、アンナ王妃と陛下の血と器を受け継がれたお方だったのか)
メリーの瞬間的な判断は間違ってなかった。
アテナの手のひらを返したような忠誠は正しいのだろう。
専属メイドだというのに、仕える方に自らは近づけず距離をとるポジションになったことに歯噛みした。
(取り入ったほうが良策なのは明確。でも自分では今更近寄ったところで不審に思われるに違いない)
誕生パーティーを終えた幼い主の髪を解きながら、そんな浅はかなことを考えていたからでしょうか?
王族である方々に取り入ろうだなんて、祝福を受ける方々に罰当たりだったのでしょう。
『王妃様が、王妃様が倒れられて……!』
そこからは早かった。
ご本人のお顔も見られず、ただ亡くなったという情報だけを受け取るのみでした。
当然です、娘のディアーナ様は当然でも、王宮内で信頼を得られていない十代の専属メイドが部屋に入れてくれと言えるわけがありません。
「ディアーナ様、大丈夫かな。お母さんが亡くなるって、悲しいよね」
「そーだな……あいつが泣くなんて想像できねーけど、何も思わないわけないか」
「まだ七歳になったばっかりなのに。でも、お部屋に入っちゃよくないよね」
ディアーナ様がお一人で自室に入られてから、メリーとアテナは扉の前でもだもだと彼女を案じていました。
メリーはなんでなのか、自分で作っていたクッキーが載っている皿を持って右往左往している。アテナは腕を組んで忙しなく足を揺すっていて、落ち着いていない。
きっと自分の動じない態度は、従者としては不適格だとぼんやり考えていますと、ある記憶が蘇ってきました。
『私は、大切な者の死に正しく悲しめなかった。何かを失ったときの悲しみは、一人で抱えてはいけない。生きるものが前を向くために、お前も誰かに寄り添えるようになるといい』
ああ、これもアンナ王妃のお言葉でした。
珍しくご自身の過去についてお話しされていたことで、彼女にも正しくないことがあるのだと驚いたのだったか。
だが、今思い出すとは、そう言うことなのか?
(王妃様が、王女様を一人にしないでくれと自分にお伝えしてくださったのかもしれない)
そう思えば行動は迅速に行うべきだ。
アンナ王妃が亡くなってなお、娘を案じるその思いに寄り添わなければ。
「メリー、アテナ。部屋に入りましょう、もし一人で思いつめていらしたらどうなるかわかりません」
「どうなるの?」
「……王妃様の後追いとかでしょうか?」
「そんなのだめ!!悲しいときにお腹すいてちゃだめ!!アテナ、いこう!」
「はぁ!?……ったく、自論展開して突っ走るなよ!」
素直な二人が部屋に入っていくのを眺め、三人のやり取りを開いた扉から見ていました。
中に入りたくはあったのですが、気後れしてしまう自分に負けてしまったので。
そして、ディアーナ様を見たのです。
「わたくしは、お母様に任されたの。この国を、みんなを、救ってって。偉大なお母様は死んだのよ」
そう告げる彼女は、顔に涙の一滴、一筋すらありませんでした。
言葉にも涙の跡はないのに、その声音はこれまでよりも深い何かを含んで苦悩している。
その姿は、見たことのないアンナ王妃の子供時代を思わせる。
七歳と思えないほどに何かを思い詰めた表情は、いつも自分以外の者を助けようと心を砕く完成されたアンナ王妃と重なっていく。
(この方は、まさしくアンナ王妃に似ている。この状況で、自らを押し殺して涙が出ない方なのだ)
「それはいけません、ディアーナ様」
一人になりたがるディアーナ様に、気が付けば反論して体が動いていた。
私を見上げるその体はずっと低く、母を失ってなお国のために立ち上がろうとする強さがあるお体。
それはきっと、見たことはないアンナ王妃の幼き日の姿とそっくりなのではないか。
(自分の仕えるべきは、ディアーナ様だ)
これは打算ではない。
ただ衝動に任せた、己の決断。
自分が忠誠を預ける人は、この人だ。




