21話 私は頭を抱える
王妃の部屋には、腹心の使用人たちの涙と彼女の名前を呼ぶ声が溢れていた。
赤毛の王女は王妃の手を握りながら、涙一つ流さずに唇を引き結ぶ。
月明かりが命が消えた王妃を穏やかに照らし、夜に閉じ込める。
ボーン ボーン ボーン
王妃の部屋にある振り子時計が、12/22の終わりを告げる。
ボーン ボーン ボーン
部屋の外、大きく開かれたドアの影に、誰にも見られまいと隠れる人間一人。
ボーン ボーン ボーン
手には王妃の茶に混入させた毒の瓶を持ち、すぐそばの王妃の死に無感動なその瞳。
ボーン ボーン ……ボーン
12回目の鐘が鳴ったとき、その人影は薄くなってこの世界から消失した。
それは王女の祝いの日。
そして強き王妃が星になった日。
誰が死のうと、時間は止まることはない。
.....
アンナが死んだ。
握られた手は強かったのに、だんだん冷たくなって、ぽとりと落ちていった。
スラムじゃ誰かが死ぬなんて珍しくもない。
栄養失調、風邪、喧嘩、なんなら転んで打ち所が悪くてなんて理由で死ぬ。
死人の手が冷たいのだって、初めてじゃない。
だけど、私はどうにも抑えられなくて。
12時を知らせる振り子時計の音が「お前のせいだ、お前が油断したから」って責めてる気がして。
泣いているアンナの専属使用人たちをそのままに、気がついたら自分の部屋の鏡の前に座ってた。
髪を直してもらったのは、ほんの半日前の事なのに、その人はもういない。
雑だけど撫でてくれた手は、落ちていった。
私の手の中には、彼女が『娘に』と言って用意したエメラルドの髪飾りが入った箱がある。
鏡の前に置こうとしたけど、手が震えてできない。
膝の上に箱を置いて、両手で顔を覆う。
そして、深く深く、長く息を吐き……
(アンナ死んじゃったんだけど!?最短で最楽で確実な生存ルート絶たれちゃったじゃん!パーティー乗り切ったのになんで死ぬの!?毒盛ったの誰だよふざけんな!)
涙なんか出なかった。
想定外の展開すぎて不満しか出てこなかった!
誕生パーティーに倒れてそのまま死んだんだから、途中までは原作改変起こせてたはず。
なんなら最高の生存ルート作れてたはず。
アンナの死亡時刻よりも生存できていたのに『ディアーナの誕生日に死んだ』という事実は覆せないの?どうして?
(いや、絶対に途中までアンナの死は防げてた。誰が妨害したかなんて想像つく)
ドアを開けたときに、私よりも早くアンナのそばにいた人物なんて一人しかいない。
やっぱり原作通り、新しい王妃を迎えたいがためにアンナを殺したんだ!
自分の油断にここまで悔しくなるなんて、初めてだよ全く!
(ディルクレウスは原作通りのクソ野郎なんだ。ダンスで優しかったのに騙された!結局は私が作ったラスボスなんだから、原作開始前だからって人格に期待するなバカ!)
思いっきり歯ぎしりをして、前髪をかきあげる姿勢のまま止まる。
考えろ、考えろ!まだ私の王女は続くんだから!
今すべきことは、アンナの死を悼むのでも、泣くのでも、ディルクレウスを恨むことでもない。
(今後の策略を立てろ、アンナの死のパターンから学べ!自分が作った話をぶち壊してでも生き残りたいんだろライラ!)
コンコンコンと、ドアがノックされる。
私が何か言う前に、ドアがそーっとわずかに開かれた。
顔を半分だけ見せたのは、メリーとアテナだ。
こちらを窺うように、心配そうに見つめる彼女たちは、私が鏡の前に座っているのを見て駆け寄ってきた。
「ちょっと、入室の許可はまだ出してないわよ」
「あ?変な気起こさないか見に来たんだから感謝しろよ」
「あの、えっと、悲しいときはお腹すかせちゃダメだって思ったので、クッキーどうですか?」
「だから、入っていいなんて言ってないわ」
「私、クッキー作るのは得意なので、食べてください!」
「今回は全部お前にやるから、ちゃんと食えよ。メリーのはうまいから」
「わたくしの話を無視できるほど、あなた達は無礼になったというの?」
私の言葉なんて無視して、勝手に来て勝手にクッキーを押し付けられる私の身にもなってほしいんだけど?
目の前にずいっとクッキーを差し出される。
「さぁ食え、今食え」と言わんばかりのアテナの手と、メリーの視線。
全く食欲なんてないのに、甘い匂いが誘惑してくる。
バターと少しハーブみたいな香りは、少しアンナにもらったクッキーを思い出させる。
でも、日付も越えたこの時間に、この二人は何をしてるんだろう。
「いらないわ、わたくしは考えることが多いの。出て行ってちょうだい」
「で、でも、あの、今一人にするのはダメってコマチちゃんが」
「出ていけって言ってるの!」
バン!という強い音が部屋に響く。
つい、鏡台を叩いてしまった。
手のひらがジンジン痛い。動いた拍子に、膝に乗っていた髪飾りの箱を落としてしまったので急いで拾う。
(わかってる、こんなの八つ当たりでしかない。精神年齢含めたらずっと下の子たちに何してるんだよ私)
メイドの前なのに、あからさまにキレて当たって大人げないったらありゃしない。
ディアーナを演じてる訳でもない、ただの素だから余計によろしくない。
自分の感情を抑えるために、6秒息を吐いて彼女たちに向き直る。
二人は私がこんな反応をしたのに、目をそらさず、一歩も引かず立っていた。
「わたくしは、お母様に任されたの。この国を、みんなを、救ってって。偉大なお母様は死んだのよ」
私は王女だ。王女としての姿を見せないといけない。
あれだけ私に優しくしてくれた人が死んで、涙の一滴も出ないんだ。偽るくらい朝飯前でしょ。
彼女たちを自分たちから退室させるくらい、できる。
「わたくしは、あなた達の主として甘えちゃいけないの。だから、下がってちょうだい。一人で、考えるから……」
「それはいけませんディアーナ様」
私の言葉を遮るように、毅然とした声が入ってくる。
メリーでもアテナでもない。開かれていたドアからツカツカと歩み寄り、私の目の前に立ち塞がったのは黒髪ロングの長身。
鋼鉄の表情筋は、いつもより少しぎゅっと引き締められていた。
「コマチ、あなた何のつもり」
メリーとアテナを押しのけて、コマチが主張してくることなんてこれまでゼロと言っていい。
冷静で言われたことだけを遂行して、淡々としていた彼女がどうして「今」私に主張をしてくるのか意味が分からない。
コマチの口が開いていくのを、戦々恐々で見ていた。




