200話 偽物王女はここに予言をした
緊張感が場を制圧していた。
メリーが提案して始まった、和やかに話そうとしたはずの茶会。
そこは、ジークの一言でディアーナの正体を明かす場になる。
「まず、わたくしは『ディアーナ王女』ではない。本当によく似た、たまたま年の近いスラムの孤児」
「あっさり認めるんですね、拍子抜けです。せっかく拷問道具も持ってきたというのに」
「あなた達がすでに掴んでいる情報でしょう?わたくしが何をごまかしたって、無駄だもの」
「理解が早くて助かります。さすが何年も全国民を騙した大悪党」
「ジークさんっ!さっきからなんですか?せっかくみんなで集まれたのに、怖い顔で」
「メリー、あたしらは黙ってようぜ」
「でもアテナ!」
「あたしらは『あいつ』だけだけど、ジークとコマチは『アンナ王妃』も絡んでるからな」
アテナの言うとおりだった。
ジークとコマチにとって、本物のディアーナ王女の母であるディルクレウス王の故アンナ王妃は大切な人。
二人は少なからず、ディアーナ王女がアンナ王妃の娘だからという理由でそばにいる理由を確立していた。
それをライラも分かっている。
なぜなら、彼女はこの世界の創造主であり原作者だからだ。
この事実はこの世界の誰も知らないが。
「いつからですか、ディアーナ様。本物のディアーナ王女に成り代わったのは」
「あら、コマチはまだわたくしをディアーナと呼ぶのね」
「質問に答えてください。自分は、あなたのことが知りたいのです」
真摯なコマチの声に、ライラの目はわずかに揺れる。
糾弾ではない。ただライラに向けた疑問だった。
ライラは一つ息をつくと、空を向く。
誰とも目を合わせずに、事実だけを述べる。
まるで、対話ではないと言っているように。
「あなた達が言った『ディアーナが一人でスラムに行った日』よ。……スラムに行ったんでしょう?住人、ジャック、シー先生でもいいわ。聞いてきたんじゃなくって?」
「ジャックはしきりに『本人が嫌がるだろうから言うな』といいました。ですから、自分とジークの予測でしかありません」
「そうでしたねぇ。面倒をしてくれました、せっかくディセル王兄が全部話してくれそうだったのに」
「シー先生の正体が死んだはずの王族だということも分かっているのね」
「おっといけない。余計なこと話してしまいました、俺ってばうっかりさんです。ほら、いつから王女してたのか話してくださいよ偽物」
「ジークお前、情緒不安定かよ」
「頭が足りないお二人は黙っていただけますか?ここは俺とコマチがやりますので」
「こ、ここはお茶会の場ですっ!私だって、アテナだって、口を出してもいいはずです!だから、もっとここは穏やかに」
「チッ。今俺は優しくいられる心持ちではないんですがねぇ」
ジークが味方の、しかも平穏の象徴のようなメリーにそのような態度をとったのは初めてだ。
歴戦の猛者である彼の無意識な舌打ちは相当殺意がこもっていたはずだが、メリーは逃げずに目を逸らさなかった。
「おい、勝手に突っ走って仲間にあたるなよ。お前がいつもあたしに言うことだろうが」
「すみません。どうも俺は思ったよりも偽物の王女に怒りがあるようで……爪一枚くらい痛めつけてもいいですか?心配いりません、痛くする術は自信がありますし」
「ダメだコイツ。いい大人が理性吹っ飛ばすなよ!」
アテナがジークの静かな暴走を察知すると、即座に席を立ってライラの前に立つ。
このままではライラに飛びついて爪どころか首を持っていきそうなジークは、真顔でそれを見つめていた。
コマチとメリーは自然と手を繋ぐ。
茶会は簡単に戦場もかくやという殺伐に包まれたのだから。
身体能力で勝るアテナ、経験と知略でそれを超えるジーク。
二者のにらみ合いは、接触すらしていないのに手合わせのようだった。
実際、幾度も拳や武器をぶつけあってきたジークとアテナの師弟は、思考の中でどうすれば相手を倒せるかシミュレーションしている。
どちらかが動けば事態が変わる。
だが、その争いは一つの声で終わりを迎えた。
「ここで争いを起こすなら、わたくしは何も話さない!!」
ライラが、あらん限りの大声でそう叫ぶ。
ジークの声弾より、ジャックの慟哭よりも小さい声。
声を鍛えているわけでも、屈強でもないライラの声は、それでも全員の視線を集めるには十分だった。
「わたくしを尋問する場でしょう。不必要に争わないでちょうだい」
「偽物が何をのたまうか。王女気取りですか?その命、消すのは造作もないですよ」
「でも、わたくしの言葉を聞きたいのではなくって?」
「それより殺したいですね。アンナの娘を騙った罪は重い」
「わたくしを殺せば、ディオメシアは無残に滅亡するわよ」
「命乞いならもっと笑えるものがいいですね」
「なら殺しなさい。わたくしの死んだあと、ディオメシア最悪な滅亡を見るがいいわ」
その言葉に返せるものはいなかった。
殺気立っていたジークすら手を止める。
根拠などないはずの偽物王女の言葉だ。
だが、そこには真実だと感じてしまう自信があった。
これこそ、10歳に満たない少女が無理・無茶な交渉や国交を成立させてきた武器。
底知れない言葉の力。
偽物王女、貴族ですらなかったはずの少女が国を変えた、国の光になったもの。
「10年、偽物王女に気が付かなかった人間に、わたくしを殺す資格があればだけれど」
ライラは誰の目も見なかった。
その一言だけは、ディアーナ王女でもない。
彼女自身の悲しみが滲んでいた。




