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3/12

3.それぞれの思惑

 それから2週間が過ぎ、毎週3度クルトは離れに遊びにやってきた。また、時々クラーラもその後で合流をする。その都度、レギーナは2人と遊び、そして終わる頃にロルフが迎えに来て、2人を連れて行ってくれる。


 時には、以前のように疲れて眠ってしまった2人を待って、ロルフと歓談をすることもあった。その頃にはレギーナも随分屋敷に慣れたものの、本館の方は相変わらず何もわからない状態。そんな彼女に、ロルフは少しだけ本館の話などをした。


 ロルフは、あまりにレギーナが本館のことをよくわかっていないので少し不思議そうな顔だったが


「わたしはすぐ離れに配属でしたから、そんなに本館のことを知らなくても良いということだと思います」


とレギーナが言えば、なんとなく腑に落ちない顔ではあったが「そうかな……?」と返した。


 そして、またある日、2人は手を泥だらけにして遊んでいたが、ロルフがそこに迎えにやって来た。手には1メートル程度の十字クワを持っており、庭園の何かの樹木の根っこでも切っていたのだろうとレギーナは思う。


 だが、彼の迎えが来ても、双子は気にせずレギーナのスカートを引っ張った。


「レギーナ、次は何をして遊ぶ?」


「ねえ、レギーナ、あの花は……」


「残念ですが、今日はここまでですよ! さあさあ2人とも。ロルフさんがお迎えにいらしてます。手を洗っていらっしゃい」


 今日は泥団子を捏ねて遊んでいた2人。そうレギーナに言われて「はぁ~い」と返事をし、離れ側の庭園の奥にある小さなポンプに向かって走っていく。


「よっ、今日も楽しく遊んでくれてありがとう」


「いいえ。こちらこそ、退屈しのぎですけ……あっ!」


 くん、と何かに引っ張られる。まとめて後ろに縛っていた髪の中に、木の枝が差し込まれてしまい、レギーナは「あっ、あっ」と困惑をした。


「待て待て。とってやるよ」


「ごめんなさい……」


 十字クワを地面に置いて、ロルフが手を伸ばす。思いのほか近づいて、レギーナの鼓動はどきどきと高鳴った。


(わっ、わっ、ロルフさん、近い……すごく、近いわ……!)


 細身だと思っていた体も、自分と並ぶと間違いない男性のものなのだと思う。レギーナは身を縮めて彼が自分の髪から枝を抜いてくれることをどきどきと待った。


「ちょっと、ごめん」


 そう言って、ロルフは顔をレギーナの耳元に近づける。そうか、枝をよく見るために、近づかなければいけないのか……? いや、そこまでではないような? と、レギーナは少しだけ混乱をしたが「はい!」とだけ返事をした。やがて


「もう少しこうしていたいが」


 ぽつりとそう言って、ロルフは手を離す。


「え? ……あっ、ありがとう、ございます!」


 枝は彼女の髪からとれた。が、そのせいで結った髪が少し乱れてしまう。レギーナに「髪を結い直した方が良い」とロルフが言えば「はい!」と彼女はその場で髪を下ろした。巻き直さなくても、まずは根元で結い直しはした方がよい……そう思ったからだ。


 ふわりと広がる彼女の金髪は波打って、日差しをきらきらと弾くようだった。ロルフは目を細めてそれを見て言う。


「あんたの髪は豊かで綺麗だな」


「ええ? そんなこと初めて言われました! 広がって、まとめるのが大変なんです。癖っ毛だし……でも、ここにある石鹸を使って洗ったら、少し最近ボリュームが押さえられてる気がしますね……?」


 そう言いながら髪を結うレギーナ。ロルフは「はは」と笑って


「うん。とても綺麗だ」


と、もう一度言った。レギーナはなんだか恥ずかしくなって「ありがとうございます」と小さな声で返す。それが、彼女の精一杯だ。


 その時ちょうど、クルトとクラーラが戻って来てびしゃびしゃの手でレギーナに抱き着き、結果ロルフに怒られた。それを見てレギーナは笑っていたが、高鳴る鼓動を必死で押さえ、何もない風を装うことに集中をしていたのだった。




「おにいちゃん」


「うん?」


 ロルフの左手にクルトの手を、そしてクルトの左手はクラーラの手に繋がれている。本館の方へと歩くロルフに、クラーラが声をかけた。


「レギーナのこと、好きなの?」


「……」


 ロルフは困ったようにクラーラを見る。が、クラーラは何の悪気もないようで、にこにこと笑っていた。


「わたし知ってるもの。おにいちゃんって、貴族の女のこと嫌いなんでしょ」


「そういうわけじゃない」


「嘘よ」


「そういうわけじゃない。ただ、彼女ほどお前たちを大事にしてくれる人を見たことがないと思ってさ……」


 すると、クルトも声をあげる。


「えーっ? あんな、髪から枝をとるのにモタモタしてたのに? あれ、わざとでしょ?」


「!」


 幼い2人は少しだけませたように笑う。ロルフはいささか赤面をして、困ったように声を低く絞り出した。


「見てたのか、お前たち」


「「見てた見てた!」」


 そう言って、楽しそうに2人は同時に足をバタバタと踏み鳴らす。そんなところが双子らしくなくても良いのに……とロルフはため息をついた。


 返事をしないロルフにそれ以上は2人とも追及はしなかった。やがて、本館が近づけばクラーラがぽつりと呟く。


「わたし、ここの人たちみんな嫌い。死んじゃったお父さまも嫌い」


「クラーラ」


「だって、わたしのこともクルトのことも、天才だって、そればっかり。何が好きで何が嫌いなのかも知らないくせに、おべっかばかり使うんだもん」


 そう言ってクラーラが頬を膨らませれば、クルトも同意をする。


「僕もやだ。みんな、お母さまが死んでから、僕らのこといらない子供みたいな扱いでさ。こんな子供じゃ、後継ぎになるまで時間がかかるとかなんとかかんとか言って、おにいちゃんを無理矢理呼び戻したのに、次は僕らが勉強ちょっと出来るだけでさぁ~! 天才だ! とか言い出して、ほんとやだ! やだ! おにいちゃんと遊べる時以外は、ずーーーーっと監視がついてるし、もう面倒くさいよぉ……」


 そう言って彼は唇を尖らせた。ちょうど本館前に着いて、クルトはクラーラの手を離した。


「クラーラ。湯あみをして、服を着替えろ。じゃあ、またな」


「うん。おにいちゃん、またね。クルトも、またね」


 そう言って、クラーラはクルトと抱き合った。そして、頬にキスをする。ロルフが膝を折ると、爪先立ちで彼の頬にもキスをした。


 クラーラと別れ、男2人は再び歩きだす。クルトは「あーあ」とつまらなそうに声をあげた。


「早く後継者選びが終わるといいのになぁ」


「もうすぐ終わる」


「僕、なりたくないよ」


「それでも、クルトがならなくちゃいけない」


「嫌だよ」


 クルトはその場で立ち止まる。もう目の前には一つの離れがあり、そこには護衛騎士が立っていた。ロルフに護衛騎士が頭を下げて近寄ろうとしたが、それへ、ロルフは手のひらを向けて止める。


「クルト」


「僕、後継者になんてなりたくないよ」


 少し俯いて、唇を尖らせるクルト。


「だが、お前がならなければ、カルゼがなる。あいつは金に意地が汚いし、領民のことを考えるようなやつではない」


「だったら、おにいちゃんがなってくれたらいいのに」


「俺はそういう教育をうけていないからな。俺が候補に入っているのは、本当に頭数を揃えたかっただけだ。沢山産ませたものの、女系のようだったからなぁ……男がなかなか生まれないのも、なんというか悲劇だな」


 ロルフはその場でしゃがみこんで、クルトを見上げた。クルトは唇を噛み締めて、目に涙を浮かべている。


「やだ。僕、おにいちゃんと庭を綺麗にするお仕事して、それからレギーナと遊んで、それで、楽しく暮らしたいだけなんだ」


「クルト」


「新しいお母さまは、死んだお父さまの財産狙いだったから、お父さまが死んで本当は喜んでいるんでしょ……それで、カルゼを味方につけて、カルゼを次期後継者にしたらもっとお金を使えると思ってるんだ。わかってるよ。でも、それでも僕は嫌なんだ……」


 じわりとクルトの瞳の端に溜まった涙が頬を流れた。だが、クルトはそれをぐいぐいとぬぐった。


「ごめん。大丈夫! それじゃ、またね、おにいちゃん!」


 そう言って、クルトは護衛騎士が待っている方へと走り出した。ロルフは彼の背を見送ってから、もう一つの離れに向かったのだった。




「おいおい、今お帰りかよ」


「……どうした、カルゼ。お前の離れは向こうだろう」


「ははっ、お前たちが離れから出ているってのに、俺だけが出ちゃいけないってことはないだろう?」


 ロルフたちと同じく銀髪で後ろに一つ結びにしている、ひょろっと細長い体格の20歳ほどの男性が、にやにやと笑みを浮かべて現れた。


「俺は仕事の日だけは庭園に出ることを許されているだけだし、クルトもあの年齢だし、その時間だけ遊ぶことを許されているだけだ」


「あの年齢だから、ねぇ? 天才児に、わざわざ遊ぶ時間なんて必要なのか?」


「天才だろうがなんだろうが、子供は子供だろうが」


 ロルフがそう言えば、カルゼと呼ばれた男は肩を竦めた。


「ま、お前たちがそうやって自由な時間があるのに、俺にないってのが癪に障ったんでね。俺もお前たちが庭園に出ている時ぐらい、多少は本館に行ったりする自由をもらうことにしたんだ」


「そうか。それは良かったな。離れにいるだけでは、気が詰まるだろうしな」


 では、とロルフがその場を離れようとするが、カルゼはそれを許さない。


「俺とクルトとの一騎打ちじゃあ、大人と子供だからな。仕方なく、頭数にお前が入っただけだ。俺が次期当主になったら、お前はここから追い出すからな!」


 さきほどクルトを子供扱いしないような発言をしていたのに、もう撤回するのか、とロルフは心の中で呆れる。しかし、冷静に「そうだな」と返した。


「俺も、そうして欲しいよ。好きでここにいるわけじゃない。お前が次期伯爵になったら、ここから翌日、いや、その当日にでも去るさ」


「そうか。ははっ、いい心がけだな! お前のように、自分に力がないとわかってるやつは、そうやって逃げた方がいいぞ」


 そう笑ってカルゼはようやく歩き始め、ロルフの前から去っていった。その後ろ姿を見送ってから、ため息をつくロルフ。


「お前だって、側室の子供で、俺とそこまで変わりがないだろうに……」


 手にしていた十字クワをくるくると回転させて、ロルフはそう言った。勿論、カルゼには聞こえていない。


「ロルフ様」


「ああ、戻った」


「おかえりなさいませ」


 もう一つの離れに到着すると、護衛騎士が2人ロルフに頭を下げる。その一人にクワを渡しながら命じる。


「俺が庭に出ている間、カルゼの動きに注意をしていてくれ」


「かしこまりました」


「もちろん、俺のためではなくクルトのためだ。頼りにしているぞ」


「はっ」


 そう言って護衛騎士はロルフに一礼を返した。




 その日の夜。レギーナは髪をブラッシングしながら姿見を見た。


「この癖っ毛を褒められるなんて……ああ、でも」


 本当に。以前に比べたら、広がっていない。それに驚いて、よくよく鏡をじっと見る。


「すごいわ。いつもではないけれど、ここに支給されている石鹸で洗っているからかしら……修道院では水だけだったから、ずっとキシキシしていたけれど……」


 触り心地も良い気がする。それに、肌にも艶が出ている。貴族が使っているものに比べれば使用人たちが使うものなぞ大したものではないはずだ。しかし、それまで貧乏な修道院での生活を続けていた彼女にとっては、どれも効果がてきめんだった。だが、彼女はあまり鏡を見ないたちだったし、自分の顔を気にしたことがそこまでないので気付いていなかった。


(わたし、少しは綺麗になっているのかもしれないわ!)


 それから、少し肉がついた。それは実は歓迎するべきことだった。修道院では最近は子供たちに食べさせるため、大人が我慢をすることが多かったし。自分一人の食事が出来ることのありがたさと、自分だけそうできる申し訳なさ両方があったが、何にせよその立場をつかみ取ったのはレギーナ自身の力だ。


(よかった、以前だったら……きちんと洗っていない髪に触れられるところだった……こちらで三日に一度湯あみまで許可されて、本当にそれだけで嬉しかったけど……洗った後でよかったわ……)


 思い出すのは、まるで自分を抱くように腕を回すロルフの体。一体何がどうなっていたのかはわからないが、とにかく、そんな体勢になっていた。レギーナは、それを思い出してかあっと赤くなり


「こんなぐらいで恥ずかしがるのに、メーベルト伯爵を落とそうとしていたなんて……もう、本当にわたしって恥ずかしい!」


と、耐えられず叫んだ。叫んでから、不意に理解をする。


(そうだわ。わたし、恥ずかしかったんだわ……)


 その「恥ずかしい」は、先ほど彼女が叫んだ「恥ずかしい」とは少し種類が違う。

 今日、ロルフの腕にまるで抱かれるように。それまで、ベンチで隣に並んで話をしていたよりも、それよりずっとずっと近くで。ああ、それは今思い出せばどれだけ恥ずかしいことだったのだろう。駄目だ。考えれば考えるほど、あの時の感触がよみがえって来て、居てもたってもいられなくなってしまう。


「……庭師って、儲かるの、かしら?」


 レギーナは自分を茶化すようにそう言ったが「冗談にならないわ」と首を横に振る。


「大体、ロルフさんがいけないのよ。あんな風に顔がいいから……!」


 と、レギーナは「そうよ。そうなのよ!」とわけがわからないことを言いながら、ベッドの布団の中に潜り込む。彼女の鼓動はずっとどきどきと高鳴ったままだった。


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