2.ロルフとの出会い
「おねえちゃん、初めまして! クラーラと言います。クルトの双子の妹です!」
次にクルトが来た日、彼の隣には同じぐらいの身長で、同じぐらいの年齢の美少女がいた。ふわふわの銀髪の巻き毛に大きな赤いリボン。そして、聡明そうな緑の瞳。
「クラーラね。初めまして。レギーナといいます」
やはり双子か、と2人に目線を合わせようと膝を折って挨拶をするレギーナ。姉弟ではないかと思ったが、兄妹だったのか……と心の中で小さく笑った。
2人は体中に葉っぱや枯れ葉を大量にくっつけており、さらには頬には土までついている。庭師の弟、妹ならば勿論それは当然かもしれないが、それにしたって暴れすぎだろうと思う。服そのものの仕立ては良い。
「クルトがおねえちゃんと遊んですごく楽しかったって言っていたので、わたしも来ました。よろしくお願いします」
「なんだよ、クラーラ、そんなかしこまった言い方してさぁ~」
「あら! わたしはクルトと違ってレディですからね!」
「レディ!? レディって何!?」
その2人の会話がおかしくて、レギーナはくすくす笑う。
「それじゃあねぇ、まず、今日は『炎と風と土と水』をやりましょうか!」
「なあに? それ」
クルトが不思議そうに尋ねる。レギーナは2人に「炎のポーズはこう! 風のポーズはこう!」と、それぞれのポーズを作って見せた。ここでウケなければ他の遊びを……とレギーナは思っていたが、予想以上にクルトとクラーラは面白がって
「炎のポーズ!」
「風のポーズ!」
と、面白おかしくレギーナの真似をする。そんな2人に遊びの説明をして、レギーナは「じゃあ、まず最初にわたしと対戦しましょ!」と大張り切りだった。
「2人とも眠ってしまったわ……」
遊び疲れた2人は、ベンチで互いにもたれかかった状態で眠ってしまった。慌てて離れから毛布を持ってきて2人にかけるレギーナ。子供の体力は凄い。むしろ自分がへとへとだが、途中でクルトとクラーラが夢中になって、互いとの対戦に熱くなってくれて、少し休めたのがよかったと思う。
(よかった。週に一度のチェックは明日だし、誰も今日はここを見に来ないわよね……風が気持ち良いし、毛布も一枚だけで良いでしょう……)
穏やかな日差しに柔らかい風が吹いて心地よい。2人の横にレギーナも座ってぼんやりとしていると、少し離れた場所から人が歩いて来る姿が見える。もしかして、離れのチェックは今日だっただろうか、と慌ててレギーナは立ち上がった。が、そこにいたのは、庭師のような風貌の男性だ。シャツの袖をまくって、腰には鋏やら何やらが収納されている革の道具入れをつけている。
「すまない。この辺で双子を見なかっただろうか」
「あっ、ここに、ここにいます!」
手をあげて振ると、彼は近寄って来た。
(わ、わ、わあああ……めちゃくちゃ……顔がいい~~!!)
すらりと背の高い青年は、およそ22,3歳に見えた。そう思うと、クルトとクラーラの兄ではないのだろうか。まさか、父親だろうか。瞳は2人と同じく緑色で、髪は巻き毛というより少しくせっ毛のように見える。精悍な顔立ちだが、次の瞬間彼はへにゃっと笑う。
「おっ、ありがとう。あんたはこの離れの担当?」
「はい。先週からこちらにご厄介になっています」
「そうか。俺はロルフって言うんだ。弟と妹が手を煩わせたようで申し訳ないな。今、連れていくので……」
そう言ってロルフは2人を起こそうとした。が、それへレギーナは
「今眠ったばかりなので、もう少ししてからでは駄目でしょうか? それとも、庭師さんはお時間がないのでしょうか」
と尋ねる。ロルフはぱちぱちと瞬きをしてレギーナを見て、それから「あー……」と困惑の声をあげた。
「?」
「いや。時間はまだ大丈夫なんだけどさ……迷惑じゃねぇの?」
「大丈夫ですよ。あっ、そうだ。もしお時間あるなら、ここでお茶を飲んで行かれるのはどうですか? あれです。わたし、修道院からお茶を持ってきているので、こちらのメーベルト伯爵邸の懐からは出ていないお茶なので、よかったら!」
「修道院?」
「はい。わたし、先週まで修道院にいたんです……ちょっと待っててくださいね!」
そう言ってレギーナは離れに入っていく。ロルフはそれを見送ってから
「まったく。2人共、たくさん遊んでもらったのか? はは、幸せそうに眠って……」
と笑い、ずれた毛布を掛け直してやった。
話を聞くと、ロルフは週に3度本館の庭の手入れをしているそうで、その時にクルトは形ばかりの手伝いをするのだそうだ。だが、やはり子供なので最初の10分20分はなんとかなっても、一時間、二時間となると遊びたくなってしまうのだと言う。
「とはいえ、庭に来るなといっても来たいと言ってなぁ……」
「でしたら、今日みたいにここに来てくれれば、いくらでもわたしがお相手出来ますよ」
そう言ってレギーナが笑うと、ロルフは困惑の笑みを浮かべる。
「それじゃ、あんたの仕事に支障が出るだろう」
「そうでもありませんよ? だって、修道院はこの離れよりずっと大きかったわけですし、朝ももっと早く起きてあれをやってこれをやって……それに、今はここに誰も住んでいませんから、洗濯も自分の分だけです。もう、それがどれほど簡単で嬉しいか……!」
そういってしみじみするレギーナ。
「あんた、大変なところにいたんだな?」
「ううーんそうですねぇ……トイフェル修道院は、少し前から子供たちに学問を教え始めまして……それまでは、修道院の掃除や洗濯、それから食事作りなどに割いていた時間の何割かを、お勉強会に割くようになったんです。そうなると、それに参加をしない、もう大人のわたしなんかがその分働くことになってしまって……でも、でも、子供たちに学問は必要です! それがあった方が、いいお仕事につきますし、貰い手も増えると思うんです!」
「なるほど、そうか……あんたがいたところは、トイフェル修道院っつーの」
「はい! この辺の修道院とは違って、ちょっとこう資金不足で……学問を教えるのは修道院では手一杯なので、先生方をお雇いしてるんですけど、お金が……なので、わたしはこちらにご厄介になったんです」
「金?」
茶を飲みながら尋ねるロルフ。
「はい。えーっと……そのう、恥ずかしい話なので、内緒にしてもらっていいですか?」
「えっ?」
レギーナは人差し指を口元に立て、きょろきょろと目線だけで周囲をうかがう。が、当然この離れの周りには誰もいない。
「そのう、メーベルト伯爵様がぁ……女性に、そのう、手を、なんといいますか……」
「……」
「見境がないといいますか……」
ロルフは「ぶふっ」と吹き出して、口を押えた。
「そういう噂をお伺いしたのでぇ……」
「ちょっ……それ、それは……あっはは、ははっ、あんたさぁ……」
「いや! いや! わたしごときがどうにかなるとは思っていませんでした! でも! もしかしたら、そのう、もしかしたらそういう可能性だってゼロではないですよね!? それで、それで、もしそうなったら……そのう……示談といいますか……わたしの純潔で修道院にお金が入るなら……そう思って……」
「ううーん……それはよくないな、レギーナ」
ロルフは苦笑いを見せる。
「修道院の話は修道院の話。あんたの純潔はあんたの話だ。そういう考えはよろしくないと思うぞ」
「その、今思えば……いえ……」
本当は、やけっぱちだったのだ。婚約破棄をされて……そう言おうとしたが、レギーナはもごもごと尻すぼみになった。
「……いえ、軽率でした……今はもう反省しています……」
「おう。それは、反省した方がいいな。本当に」
ロルフが本気で心配をしているように声をかけてくれる。大修道院長には啖呵を切ったが、知り合って間もない相手になれば、素直に話を聞けるものなのだろうか。レギーナは消え入りそうな声で「はい……」と頷いた。
とはいえ、実際彼女はこの「離れ」に配置をされてから、メーベルト伯爵どころか、そもそも本館に住んでいる人々ともほとんど行き来がない。それらは、離れ担当の侍女はみなそうなのだと聞いたので、仕方がないと割り切っている。要するに、彼女の目論見は大失敗だったというわけだ。
「まあ、なんつーかさ。まず、あんたが言ってるようなことは、メーベルト伯爵……様には、ないと思うというか……」
「えっ、そうなんですか!?」
「そもそも、メーベルト伯爵、様は、先月お亡くなりになったんだ」
「……えっ!?」
それは初耳だと驚くレギーナ。
「知らなくても無理はない。まだ、公には公表していないからなぁ。うん。まあ、あんたが言っているのは間違いなくなくなったメーベルト伯爵、様、の話だと思う。見境なくて、たくさんの愛妾に子供を産ませていたしさ……それはともかく、伯爵様が亡くなったので、慌てて後継者選びを開始しようって話になったんだ」
「そうだったんですか……わたし、そんなことも知らずに……失礼しました」
後継者選びについて、ロルフは簡単に説明をする。一か月から二か月の間、後継者候補に離れを与えて、後継者としての課題を出されるのだと言う。本来は伯爵がその結果を判断するのだが、今は伯爵が既に亡くなっている。よって、残された伯爵夫人と、メーベルト家の傍系の者数名、力は弱いものの屋敷の使用人たちにその権限は委ねられているらしい。
「そういうわけでね……次期後継者候補の人数が少ないからこの離れは使わないけれど、他3か所の離れは来週から使うことになっている」
それも初耳だ、とレギーナは驚く。だが、考えれば次期当主候補が3人で既に離れを3か所使うということは、もうほとんどこの離れはレギーナが働いている間は、余程のことがなければ「使わない」ということだ。なるほど、それなら、本当に自分のような「適当な」人材に管理を任せても良いということなのだろう。そして、わざわざその説明を、レギーナをここに連れて来た侍女長がしなかったのもうなずける。
「じゃあ、最初からわたしの目論見は無駄だったっていうことですね……あっ、いえ、そのう、失礼なお話、申し訳ありませんでした……!」
慌てる彼女に、ロルフは声をあげて笑った。その笑い声にクラーラは気付いたようで、ぼんやりと瞳を開ける。
「おにいちゃん……?」
「クラーラ。起きたか」
「ん……でももうちょっと眠いの……」
「そうか。じゃあ、もう少し眠ると良い。寒くないか」
「うん……」
そう言って、クラーラは再びすうっと寝入ってしまう。ロルフは
「もう少しだけ寝かせておいてあげよう」
と言って、小さく笑う。優しいお兄さんだな、とレギーナは「はい」と小さな声で返事をした。
「申し訳ないんだが、もし、ここにクルトが来たら、相手をしてやってくれないか。目を離して良い年齢ではないのはわかっているんだが、どうにも言うことを聞かなくて……」
「はい。わかりました。大丈夫ですよ! 2人とも、ロルフさんがお迎えに来るまで、間違いなくわたしが見張っていますから!」
レギーナはそう言って、どん、と胸を叩いた。それへ「ありがとう」とロルフは頭を下げるのだった。