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10.通じた思い

「レギーナ。改めて。一晩、牢屋で過ごさせてしまって悪かった」


「いえ! いえ、いえ、何も問題ありませんでした!」


 牢屋にいたこと自体が問題だというのに、レギーナはそう言って両手を振る。ロルフは苦笑いを見せた。


「この部屋を今日は用意した。昨日は牢屋、今日はこの本館、と目まぐるしくて申し訳ないが、明日までここで過ごしてもらいたいんだ。本館から出たら、何をされるかわからないから念のためにな。今、あんたはクラーラの権限によって本館内で完全に守られている。だからそれは安心して欲しい」


 そう言って、ロルフは護衛騎士が扉の両脇に立っている部屋のドアを開けた。中は、綺麗な客室で、とてもではないが自分が寝泊りする場所とは思えず、レギーナは「ええっ」と声をあげた。


「とはいえ、あんたはこの家の使用人なので、それ以外に何の提供もないんだが……食事は、部屋に届けさせるので、この部屋で食べて、ここで寝て明日を待っていてくれ」


「はいっ……わ、わかりました」


 レギーナはおずおずと中に入る。彼女に続いてロルフは中に入って、ドアを後ろ手に閉めた。


「ロルフ、わた……あっ!?」


 振り返ってロルフに声をかけようとしたレギーナ。だが、その声は途中で止まった。何故なら、ロルフが彼女の腕を掴んで、無理矢理自分の元に引き寄せたからだ。彼の胸元にレギーナの背中がどんと当たる。後ろから両腕を回され、レギーナはどうしてよいかわからず、変な声をあげた。


「ふえっ……ロルフ……?」


「さっきは、クラーラに邪魔をされたから」


「えっ、え、え、え……」


 ばくんばくんと鼓動が高鳴る。


「すまなかったな……俺が馬鹿だった。少し考えれば、あんたに危害が及ぶことなんて、もっと早くからわかっていたはずなのに」


 ロルフはそう言って、レギーナを抱きしめた。突然のことに驚きつつ、レギーナは目を伏せて彼の腕にそっと手を置いた。慌ててその腕を振り払うほどのことが出来ない。むしろ、背に当たる彼の温かさに安心をする。


 たった一晩だったが、牢屋で過ごす一晩は寂しく、怖かった。待っていると言ったものの、本当に彼は来てくれるのか、自分は大丈夫なのか、そしてクルトは……とぐるぐる考え、心がすり減っていたのは事実だ。


 レギーナはようやく「自分は本当にもう大丈夫なのだ」と心底思うことが出来て、ロルフから伝わる体温を心地いいと思い、そっと目を閉じた。


(ああ、わたし、本当はずうっと寂しかったんだわ。ううん、それはわかっていたけど……寂しくて……そんなわたしに会いに来てくれて、話をしてくれたロルフのこと……)


 自分は、ロルフが好きだ。


 やはりそうなのだ。レギーナは素直に認めて、自分を抱きしめる彼の袖をぎゅっと握った。そして、体を少し横にして、彼に僅かに体重をかける。彼の胸に耳に当てていると、その鼓動がレギーナに伝わってきた。ああ、ばくばくと高鳴っている……自分と同じだ、と思う。


(すごい……こんな風に、心臓の音が早くなってしまうなんて。わたしを抱いているから? そうだと……そうだと、なんだか、嬉しいけれど……)


 自分の胸の鼓動も彼に伝わっているのだろうか。そう思うと気恥ずかしい。


「あの、ロルフ」


「うん」


「ローブ……ありがとうございました……」


「ああ」


「あれがなければ、きっと昨晩は寒くて……寂しくて、眠れなかったと思います」


 寂しくて。その言葉にロルフは気が付いて、彼女を抱く腕に力を入れた。


「少しは、役に立っただろうか。あれしか出来なかったが」


「はい。とても、役に立ちました」


 わずかに彼の腕の力が緩む。レギーナはそれを見逃さず、さっと彼に向き合った。


「あのっ」


「うん?」


「わたし、ロルフのことが好きなようです……!」


 突然の告白に、ロルフは面食らう。しかも、どこか他人事のように言われて「好きな、よう?」と首を傾げた。


「は、はい。あのっ……多分。いえ、多分じゃなくて……」


 レギーナは勢いに任せて告白したものの……という雰囲気で困惑の表情を見せた。今更だ。自分で口火を切っておいて、いざ問われれば少し悩む。だが、その悩みは「自分はロルフを好きなのか」ではなく「自分の身分で言ってしまってよかったのか」の悩みだ。


「ごめんなさい。その……ロルフが、そんなすごい人だとは存じなかったので……」


「俺は、何もすごくない」


「でも、庭師ではないんでしょ?」


「庭師だよ。それ以外の時間、ちょっとだけここの世話になって、あれこれ勉強はさせられているけどよ、それもクルトに集中する目を分散させるためのものぐらいだった」


 そう言ってロルフは苦笑いを浮かべた。


「あの年の子がさ。後継者後継者ってうるさく言われて、色々詰め込まれちゃそりゃあ気もおかしくなっちまうだろ。むしろ、クラーラの方が向いているぐらいだ。だが、ここじゃあどうも男が継ぐことに決まってるみたいだからな……だから、俺はまあそこそこ……ちょっとは勉強してる、程度のもので……可能性はなくはない、ぐらいな感じにしてて……」


 そう言うと、ロルフは「そんなことはどうでもいい」と肩を竦めた。


「で? 俺がすごい人じゃなければ、好きなのか? それとも、すごい人だったら……まあそうか。メーベルト伯爵の女になりに来たんだもんな?」


「! あっ、あれは! あれは、忘れて……忘れてください!」


 そう言ってレギーナは両手の平をロルフに向け、ぶんぶんと横に振った。その手首には包帯が巻かれている。それを見たロルフが


「……やっぱ。あいつぶん殴らないと気が済まねぇな……そんな怪我させといて……」


と低く言ったので、慌ててレギーナは彼の服を握った。


「あのっ、大丈夫です! 大丈夫ですからっ……本当にこれは大袈裟なものでっ」


「人の女に手ぇ出したも同然だろうが。許せねぇ」


「えっ、えっ?」


 そう言って、ロルフはその部屋から出て行った。レギーナは「待って!」と言ったが、彼は待たない。バタン、と荒くドアが閉まり、それを彼女は呆然と見つめるだけだった。


「ひ、ひとの、おんなっ……はい……? わたし? わたしが?」


 しばらく、豪奢な部屋でどうしてよいかわからず立ち尽くす。すると、トントン、とノックの音。


「はい」


「レギーナ!」


 クラーラがひょっこりと現れた。少しほっとしてレギーナは彼女を迎え入れる。


「ねえ、おにいちゃん凄い形相でカルゼ探していたけど、何があったの?」


「ええ~……その、この手の傷のことをまた思い出したみたいで……」


 そうレギーナが言えば、クラーラは大声で笑いながらソファに座った。


「ねー、レギーナも座ったら?」


「はっ、はい」


 まだ小さいのに、クラーラは何だか貫禄がある、とレギーナは思う。離れで会っていた彼女はそんな雰囲気ではなかったのに、この本館と、彼女が纏っているドレスなどのせいだろうかと、ついじろじろと見てしまう。


「あのねえ、明日一族が集まって緊急会議を開くの。今回の件について、色々とね、余罪っていうの? それが出たらしくって」


「よざい?」


「カルゼがどうしても次期当主になりたかった理由とか? このメーベルト伯爵家の財産狙いなわけなんだけど……なんか、お父様の後妻も絡んでいるようで、色々と揉めそうなのね」


「まあ……そうなんですね」


「それで、レギーナにも参考人みたいな感じで話を聞くことになるから、明日よろしくお願いします」


 レギーナは少しだけ嫌そうな顔をしたが、ここまで話が大きくなれば付き合わないわけにもいかない。渋々「はい」と答えるだけだ。すると、再びノックの音が響く。クラーラは「おにいちゃんだ」と笑った。


「失礼する……なんだ、クラーラ! また邪魔しに来たのか!」


「はあ? 何それ! わたしは明日のことをレギーナにお話ししに来ただけですう~!」


 そう言ってクラーラは足をバタバタさせた。レギーナはそれを見て「うふふ」と笑った。ロルフは立ったままレギーナが座っている方のソファの背もたれの角に腰をあてている。


「あっ? おにいちゃんスッキリした顔してる」


「カルゼをぶん殴って来た。俺への処分は明日待ちだ」


「もう~! ごたごたを増やさないでよね! いくら本館の権限が今わたしにあっても、庇えることと庇えないことがあるんだから!」


 そう言ってクラーラはぷうと頬を膨らませ、今度は足をタンタンと踏みならす。ロルフは意地になっているようで、少し子供じみた言い草を続けた。


「庇わなくていい。これは正当だ。まあ不当だと言われても、俺はあいつを殴れたからそれでいい」


「もー! 野蛮なんだから! レギーナも言ってやってよ! 暴力反対って!」


 それにはレギーナも同意をする。暴力はいけません……そう口を出すと、ロルフはいささかむっとしながら


「言っただろうが。自分の女を傷つけられて、見ない振りは出来ないぞ」


と言うものだから、レギーナは「じ、じぶん、の、おんな……」と息も絶え絶えになる。


「クラーラ、ちょっと出て行ってくれないか。俺はまだレギーナと話がある」


「しょうがないなぁ……ねえ、レギーナ後で何を話したか教えてね!」


 そう言ってクラーラはレギーナに手を振って出ていった。ロルフは「教えなくていい!」と叫んだが、もうドアは閉じられた後だった。


「あっ、あのう、ロルフ……」


「うん」


 わたしは、あなたの女とやらですか? そう尋ねようか思いつつ、いや、だが……と困惑をするレギーナ。どう聞けばいいのだろうかと思うものの、どう考えてもその言葉以外に思いつかない。


 すると、ロルフが先に口を開いた。


「確かに、俺の女という言葉は適切じゃなかったな。悪い。だけど、俺にとってレギーナは大事な人で」


「……はい……」


「俺は、あんたのことが好きだよ」


 はっきりと告げるロルフ。だが、彼のその声音は優しい。


「最初は双子のためを思って、あいつらとあんな風に遊んでくれるあんたが、ずっと傍にいてくれたらいいと思っていた。でも、今はそれだけじゃない。俺も、あんたの傍にいたいと思っている。今まで、後継者争いにあんたを巻き込むことは出来ないと思っていたから、あれ以上は踏み込めなかったが……」


 そう言うと、ロルフはレギーナが座るソファの後ろ側をぐるりと回る。彼は背もたれに手をついて、彼女の背後から顔を近づけた。


「あんたもそう考えてくれてると……そう思っていいのか」


 近づく彼の顔。その表情は真剣だ。レギーナはソファに膝をかけて後ろを向き、慌てて「あのっ」と声を出したが、すぐにその元気は失われる。恥ずかしい。照れくさい。だが、彼の質問に答えなければ……。


「わたしも……そう思っています……」


「そうか。じゃあ……あんたのキスを貰ってもいいか?」


「えっ」


「駄目と言われても、貰う」


 こんなに強引な人だったのか。レギーナはいくらかたじろいだが、近づいて来る彼の顔に「あ、もう駄目だ……」と瞳を閉じた。恥ずかしい。照れくさい。でも。


 唇が重なる。そして、一度ロルフは唇を離したかと思えば、もう一度彼女の唇をついばんだ。すると、ふわりと彼から上質な石鹸の香りがする。だが、そんな彼はカルゼをぶん殴って来たのだ、と思うと「ふふ」とレギーナは笑ってしまった。


「なんだ、キスの最中にさ……」


「だって……うふふ」


「なんだよ……」


「内緒です」


「ええ? 教えてくれるまで、キスするぞ……」


 キスをしていたら、教えられないじゃないですか……と、レギーナは思ったが、そんなことはロルフもわかっている。


 彼の手が優しくレギーナの髪を撫で、再びキスが唇に落ちてくる。ああ、本当に嬉しい……そう思いながら、もう一度レギーナは瞳を閉じた。


 勿論、何を言われて何があったのか、彼女がクラーラに話すことはなかった。


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