春に、芽吹く
最終話、エピローグ、人物紹介を同時に更新しています。
修道院に入ったつもりが、なぜか入院していた。
夜中になると、めちゃくちゃに暴れて走り回るらしい。
記憶にないんだけど。自覚もないんだけど。
でも、眠れない夜に病室を抜け出せば、同じ病棟の患者さんたちが眠りながら歩いてるのを見るし。
あとはまあ、医療用の拘束具?
すっきり目覚めて身動きとれないと、またやっちゃったのかと思い知る。
わたしは自分のことを、そうとう図太くてふてぇ女だと思ってたんだけど、お見舞いに来た男爵様や姐さんたちの雰囲気から、それでもありえないことをされたんだとわかった。
1番厳しい姐さんに抱きしめられて嬉しかったけど、男爵様はついたてを隔てていても、なんか怖かった。
お茶目で優しいおじいちゃんなのに。
男の人は、みんな怖い。
入院して以来、やたら世界が眩しくて、泣きたくないのに涙が止まらないことがある。
アナスタシア様から「リーンハルト様に会いたい?」ってたまに聞かれるけど、どうしてもウンって言えない。
お手紙は、嬉しいんだけどね。
でも、どうしても会いたいって書けない。
正直いって、外に出たいと思わないんだ。
ここの女子修道院で働く、じゃ、ダメかな。
昼間は元気だから、お菓子を作るボランティアをしてるし。
私、意外にお菓子作りのセンスがあるみたい。アナスタシア様がハルト様にって、勝手に持っていっちゃうの。
端っこがチョコっとちぎられてるんだって手紙を読んだら、ツボにハマってめちゃめちゃ笑って、なぜか大泣きしてしまった。
自分でも、ヤバいなって思う。
昼も夜も。
いつか、わたしがわたしじゃなくなっちゃうんじゃないかと、不安になる。
先生によると「順調な経過だから、焦りなさるな」だって。
事故にあって治りかけたところに、骨折させられたようなもので、痛い思いをするのは当たり前なんだって。
痛いって思う痛覚は麻痺してないから、治るって。
先生に言われると、ちょっとだけ楽になる。
女医さんて、カッコいいなあ。
ハルト様の次にカッコいい。
私の病名はいくつもあるんだけど、男性恐怖症が1番軽いみたい。
ハルト様にされたキスを、気持ち悪いと思わなければセーフだって。
なんだそれ。
キス、大丈夫だよ。多分、その先も。ハルト様なら。ハルト様だけは。
でも、「ハルト様ならオールOK」な気持ちは、「自我を放棄した依存」だから危険なんだって。
逆に、会いたいって思えないとか、書けないのは正常だって。
うーむ。難しいな。
まあ、物理的にも会えないんだけどね。
刑期を終えたハルト様は、今、王都で文官の真似事をしているから。側妃様が出産されて床上げされるまでのヘルプだって。
先週届いた手紙には「非公式に謝罪されたから、異母弟をボコった」って書いてあった。
一昨日の朝刊に「王太子殿下、訓練中の怪我で重体。命に別状はなし」って載ってたから、ガチだと思う。
なにやってるかなあ。もう。
だけど、辺境にも暦の上では春がきて、温室のアーモンドが満開になった昼下がりに、ふっとひらめいた。
「あ、もう大丈夫だ」って。
わたしは、わたしを憎まなくていいんだ。
穢れたわたしを、許していいんだ。
ハルト様に相応しくないって、自分で自分を断罪しなくていいんだ。
いつもみたいに、涙はあふれてこなかった。
でも、アーモンドの花びらがはらはら散る様を、ただ普通に綺麗だなって思えた。
ハルト様に会いたい。
外に出たい。
この病院に来て、はじめて思えた。
たぶん夏には会える。そんな気がした。
会いたい。心の底から思えた。




