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奥州妖かし奇譚 第二部・憑神  作者: けせらせら
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 その夜、コンビニで買い込んできたおにぎりやサンドイッチなどで食事を済ませ、瑠樺たちは早く眠ることにした。

 雅緋と芽衣子は警戒をしていたが、小さな宿だというのにその後は草薙響に会うことはなかった。

 深夜、ふと目が覚めた。

 横を見ると、千波が静かに寝息を立てている。一方、逆側を見ると雅緋と芽衣子が眠っているはずの二組の布団は空の状態だ。

 そっと周囲の気配を探り、瑠樺は千波に気付かれないように注意しながら起き上がった。そして、枕元に置かれたバッグから携帯電話を取り出す。

 午前2時を回ったところだ。

 気になってメールをチェックするが、新着メールは入っていない。

 眠る前に瑠樺は一通のメールを母に宛てて送っていた。

『何かあったの? お母さんはとても今の仕事を大切にしてたのに? 何かあったらちゃんと話してくださいね』

 母からの返信はまだ届いていない。

 もともとメールのやり取りに関してはそうマメなタイプの人ではない。気長に待つしかないだろう。

 瑠樺は携帯をバッグにしまった。そして、丹前を羽織ると布団を出て窓を開けた。綺麗な月が妖しく輝いて見えている。瑠樺は窓枠に手をかけると、そこから一気に旅館の屋根に向かってふわりと飛び上がった。

 古い瓦葺の屋根の上、冷たい風が髪を撫でる。

 その瞬間――

 瑠樺は妖気を感じて振り返った。そして、瞬間的にその手の中に力で生み出した矢羽を放つ。

 次の瞬間、羽は空中に止まった。

 その向こうに一つの人影があった。

「こんばんは~」

 さっき感じた強い気が嘘のようにのんびりとした声がかけられる。

 そこに人がいることは瑠樺にはわかっていた。そこから自分を呼ぶ声が聞こえたからだ。

「あなたは……美月さん?」

 その『気』に覚えがあった。

 それは『陸奥の神守』の一つ『美月』の一族だった。

 その詳しい素性も年齢もよくわからないが、かつて瑠樺は自分の中に眠っていた妖かしの力を覚醒してもらったことがある。

 長い髪をポニーテールに結び、革ジャンを着たその姿は月の光を浴びてやけに大人びた美しさが際立って見える。

「そうよ。はじめまして。さすがだねぇ。私の呼びかけを聞くことも出来るし、殺気にも反応出来てる」

「はじめましてーーっていうか、前に会ってますよね? まあ、前に会った時は素顔じゃなかったですけど」

 確かに瑠樺は以前に何度か彼女に会ったことがある。しかし、その時、彼女は猫の仮面を被っていたり、雅緋の伯母である日奈子のフリをしていた。

 だが、返ってきた答えは意外なものだった。

「それはあたしじゃないよ」

「え? 違うんですか? そんなはずはーー」

「あなたが会ったのはあたしの姉、美月ふみのだ。あたしは妹の美月あやの。あたしたちは双子なんだ。美月の一族には代々、必ず双子が生まれることが多い」

「そうだったんですか。す、すいません」

「いやいや、そんな堅苦しくかしこまらなくても大丈夫だよ」

 ヘラヘラと笑いながら美月あやのは言った。そして、さっきから空中に浮かんでいる羽にチョンと指で突いて気を送る。

 羽が一瞬のうちに結晶化して、あやのの手の中に落ちる。

「これは?」

「力の結晶化。これを使えば、瑠樺ちゃんの力を私も限定的だけど使うことが出来るようになる。これはもらっておくよ。瑠樺ちゃんの真実を浮かび上がらせる力は役に立つからね」

「それは構いませんけど」

「今回は大変な仕事を引き受けたみたいね。でも、きっとあなたなら大丈夫よ」

「簡単に言わないでくださいよ。美月さんはーー」

「何よその呼び方。堅苦しい呼び方しないでよん。あ・や・のさんって呼んで」

 以前、ふみのに出会った時、その馴れなれしい態度に閉口したものだが、あやのもまた違う意味で接しづらいものがある。

「……あやのさんは七尾の一族のことーー」

「知らないわよ」

 あやのはアッサリと言い切った。「陸奥の神守なんて言ってもずいぶん昔の話だしぃ、それぞれが自分勝手に生きている一族だしぃ。知るわけないじゃないの」

「じゃあ、七尾の一族が八神家を離れた事情とかはーー」

「ああ、その話」

 どうやら知っているらしい。

「妖かしに憑かれた『七尾の一族』の一人が一条家によって殺されたって聞きました。本当なんですか?」

「らしいね」

「それは一条家にとって『陸奥の神守り』が邪魔だったからですか?」

「一条家と私たちの関係を知っていると普通そう思うよねぇ。でも、それはちょっとだけ違っているかも」

「何が違うんですか?」

「殺されたのは七尾玄奘といってね、七尾崇城の弟なんだ。崇城と玄奘は小さなことで仲違いをし、お互いを憎しみ合うようになった。そして、玄奘は崇城を殺そうとした。それを一族同士の果たし合いを禁じていた一条家に咎められた。一条家はもともと『陸奥の神守』の一族を快く思っていなかったからかもしれないけど、結果として玄奘は一条家に討たれることになった」

「じゃあ七尾の一族が八神家から離れたのはーー」

「自爆みたいなものだね。でも、それを彼らは知らない」

「どうしてあやのさんはそのことを知っているんですか? 矢塚さんもそこまで話してはくれませんでした」

「矢塚? そりゃあ仕方ないさ。彼は二宮に仕えるいるだけで、もともと神守りの語り部の一族ではないからね」

「語り部の一族じゃない?」

「ああ、これはあまり気にしなくて構わないよ」

 美月の言葉が気にならないと言えば嘘になるが、おそらく彼女がこういう態度を取るということは話すつもりはないのだろう。

「どうして教えてあげないんですか?」

「七尾にかい? 意味がないからさ。それにそんな大昔の会ったこともない人のことを気にするよりも、目の前にいる人をしっかり見るべきじゃないかな」

「こっちがそう思っていても相手がどう思っているかわからないじゃないですか」

「つまり『七尾の一族』が今でも一条を恨んでいるってことかい?」

「その可能性はあるんじゃないかと……」

「どうかなぁ。ゼロではないかもしれないね。うん、でもそれは一条に対する恨みであって、あなたに対するものじゃないよ。瑠樺ちゃん、あなたは和彩の人間なんだからさ」

 あやのは軽い口調で言った。

「ところで今日はどうしたんですか?」

「あら? 何よ。ずいぶん冷たいじゃないの。用がないと来ちゃいけないのかしら」

「ただ会いに来たなんてことはないんじゃありませんか?」

 以前、会った美月ふみのもそうだが、このあやのもまたふざけた態度を取りながら意味のない行動などしないタイプの人間に見える。

「何よ、ノリが悪いなあ」

 あやのは口を尖らせ「あなたたちが大変なお仕事を引き受けたって聞いて、ちょっと情報をあげようと思ってさ」

「情報?」

「あなたたち七尾の先代のことは知ってるの?」

「いえ、それが調べたんですけどわからなくって」

「やっぱりね。そんなことだろうと思ったわ。彼ら、自分の足跡を消すのが上手なのよ。彼らの名前、実家の住所、教えてあげるわよ。知りたい?」

「もちろんです。そういえば流さんにはーー」

「知らないわよ」

 と訊くよりも先に答える。「私は何も知らない」

「いや、流さんには妹さんがいるのかどうかを知りたかったんですけど」

「ああ、そのこと」

 やはり知っているようだ。「でも、二人は今、家にはいないわよ」

「やっぱり妹さんがいるんですね?」

「うん、流君にはもう会ったんでしょ? 彼、なかなか頑固者だったでしょ?」

「あやのさん、二人と会ったことがあるんですか?」

「以前、離れた八神家のことを調べていたことがあるのよ。辰巳さんに頼まれてね。こういう日がくるのを予想してたのかしらね。その時に流君と梢ちゃんにも会ってるのよ。そもそも鬼化した六角左内さんを七尾に匿うように頼んだのは私だから」

 当たり前のように話すあやのを瑠樺は唖然として見つめた。

「そうだったんですか?」

「あら、知らなかった?」

「ええ。六角さんも何も言いませんでした」

「正気じゃなかったから覚えていないだろうねぇ」

「あやのさん、さっき七尾の一族のことは知らないって言ったじゃありませんか」

「そうだっけ? 一族なんて大げさな言い方するからよ。でも、ご両親に会ってもどれほど役に立つかはわからないわよ」

「どうしてですか?」

「普通の人なのよ」

「普通?」

「七尾の力がどういうものかは聞いているでしょ? 妖力を吸い取るのが七尾の力、だから戦いから離れている限り、その力は何の意味もない。ただの普通の人なの。もちろん七尾の一族としての妖力は持っていたけどね。でも、基本は普通の人なの。会ってみればわかるわ」

 あやのの説明を聞きながら、大きな疑問が湧き上がってきていた。

「そこまで知っていて、どうしてあやのさんが七尾の説得をしないんですか?」

「え? 私? 私は一条家とは関係ないもの」

「でも、美月の一族としてーー」

「美月は『八神家』を抜けた立場だからね。それに、そういうことはやっぱり和彩の一族のお仕事じゃないかしら」

「私は二宮です。和彩ではありません」

 咄嗟に瑠樺は言い返していた。

「固いなぁ。どうしてそんなに和彩の名を嫌うの?」

「嫌っているわけじゃありません。でも、私が今、和彩を名乗るのは違う気がするんです」

「頑固ねぇ、そういうとこは辰巳さんに似てるのかも」

 あやのはカラカラとわざとらしく笑ってみせた。

「それに私よりあやのさんや矢塚さんのほうが上手くやれるんじゃないかって気がするんです」

「そうかもしれないね。私、こう見えても、一応、大人だからね」

「だったらどうして私たちが?」

「そんなこと私は知らないよ」

 だが、彼女の『知らない』はただの口癖にしか思えない。

「何か事情があるんですか?」

「そうだね。大人の事情だよ。私たちには私達の、あなた達にはあなた達の仕事がある」

 茶化すようにあやのは言った。その言葉に瑠樺は違和感を覚えた。一見、ヘラヘラといい加減に振る舞っているように見えるが、彼女の言動には筋が通っている。そして、『八神家』から離れたとは言っていても、彼女が一族のためを思って動いているのは間違いない。そのあやのが今回七尾の説得に当たらないということは、それにはそれなりの意味があるのだ。

「皆は動けない事情があるということですか?」

 すると、あやのはニヤリと笑った。

「そうねぇ。大人は忙しいのよ」

「あやのさんたちは誰と戦っているんですか?」

 その言葉を聞き、あやのの笑みが少し変わった。

「戦っている? どうしてそんなふうに思うの?」

「なんとなくです。違うんですか?」

「さすがだねぇ。鋭いねぇ。やっぱり瑠樺ちゃんは和彩の一族だよ」

「からかわないでください。私は真面目に聞いているんです」

「じゃあ、真面目に答えようね」

 そう言うと、あやのは考え込むような素振りをして、一呼吸置いてからーー

「知らない」

「あやのさんーー」

「これは冗談で言ってるわけじゃないよ。真面目に答えてるんだ。本当に知らないんだ。誰と戦っているのかわからない。いつも誰かと戦っているし、誰かに見張られている。私がこうして密かに動いているのも、その誰かに見られるのを避けているというのが本音かしら」

「誰かって? 西ノ宮ですか?」

「それはわからない。本当に私にもわからないのよ。西ノ宮かもしれないし、そうじゃないかもしれない。いや、西ノ宮が相手だったら話は簡単かもしれない。でも、ハッキリ言ってわからない。それがわかればきっと苦労もしない。私たちが戦っているのはそういう相手だってことだよ。瑠樺さん、私はね本当にあなたたち若い世代に期待しているんだよ。だからね、今回もあなたたちになんとかして欲しいんだよ」

 そう言って、あやのは一枚のメモを瑠樺に向かって差し出した。瑠樺はそのメモを受け取りながらーー

「あやのさん、あなたは何を考えているんですか?」

「知りたいかい?」

 怪しげな光を放つ瞳で瑠樺を見る。

「それは……もちろん」

「そうだろうね。瑠樺ちゃん、あなたは既に私たちの世界に足を踏み入れた。さっき、あなたは和彩の名を名乗らないと言った。でも、それは本心なのかな? あなたは迷っているんじゃないのかな? その名で誰かを助けることが出来るならと考えているんじゃないのかな? もちろん和彩の名を名乗るかどうかはあなたの自由だ。でも、既にあなたの言動は大きな影響力を持っている。そして、それをあなたは知っている」

「そんな……」

 戸惑う瑠樺にあやのはさらに言った。

「六花を捜しなさい」

「六花って『六花の一族』ですか?」

「そうだよ。六花は道を示してくれる。あなたのための真実を捜しなさい」


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