13
「気に入らないわね」
草薙響が部屋を出ていった後、雅緋はボソリとつぶやいた。
「草薙さんですか?」
「そうよ。何が『一陣の風』よ。やっぱりまた会ったじゃないの」
と言って雅緋は千波に手を伸ばすとその頬をつねる。
「私のせいじゃありませんよぉ」と千波が反論する。
「まったく。どこかの墓守と同じ感じがするわ。何が『噂』よ。一条家についても、八神家についても、彼は私たち以上に知っているみたいじゃないの。しかも、最後はそれを隠そうともしていなかったわ」
瑠樺は矢塚のことを思い出していた。確かにあの答えを匂わすような言い方は矢塚に似ていると言えなくもないかもしれない。
「でも、悪い人とも思えない」
瑠樺のつぶやきに雅緋は眉をひそめた。
「瑠樺さんはもう少し警戒心を持ったほうがいいわ。今がどういう状況かわかっていないわけじゃないでしょう」
「でも、あの人はきっと弥勒骨仙人じゃありませんよ」
「それは私もそう思うけど」
「それに、あの人からは妖力も霊力も感じませんでした」
「まさか本当にただの旅行者だと思っているわけじゃないわよね?」
「いえ、さすがにそんなことはないでしょうね」
ここで出会ったことも、七尾に対する知識を持っていることも、全ては出来すぎている。とても普通の旅行者なはずがないことは間違いないだろう。
(第三の存在?)
ふとそんなことが頭をよぎる。今、自分が知っている異質な力を持つ者といえば、『陸奥の神守り』と『西ノ宮』の陰陽師たちだが、それ以外の存在がいないとは限らないのだ。
「私もお嬢様はもう少し警戒したほうがいいと思います。あのような者に名乗る必要はなかったんじゃありませんか?」
芽衣子が言った。彼女もやはり草薙に対して強く警戒しているようだ。
「そうですね。でも、こんなところで会うなんてーー」
「縁があるとでも?」
「いいえ、もしあの人が私たちを追いかけてきたのだとすれば、あの人はもともと私たちのことを知っていたってことじゃありませんか? それなら隠したところで意味はありません」
「……そうですね」
芽衣子は納得したように言った。「そこまで考えていられたのであれば、私が口出しすることではありませんね」
「いえ、心配していただいてありがとうございます。今後は注意します」
「あ……いえ……それにしてもなぜ妹さんは妖かしに憑かれたんでしょうか?」
芽衣子はつぶやくように言った。
「あなた、あの男の言うことを信じるの?」
雅緋が不機嫌そうに言う。
「雅緋さんは嘘だと思いますか?」
瑠樺は雅緋に問いかけた。「それに、もしもそれが本当ならば、彼の今の状況を理解することが出来ます」
「そうは言ってないけど……でも、それって不思議なことなの?」
「どういう意味?」
「沙羅が言っていたでしょ。もともと『七尾の一族』はその身に妖かしを宿すことの力を持っていたのよ」
「それは沙羅さんが生きていた頃の話でしょ」
「一族の力が変化したというの? そうは思えないわ。妖かしの一族というのはそういうものではないわ」
「何をわかったようなことを言っているの? あなたはただ沙羅の記憶を持っているだけなのに」
芽衣子の言葉に雅緋は反論しようとはしなかった。
その代わりに瑠樺が言う。
「いずれにしても会ってみないとわからないですね。それに彼の気を変えられるとしたら、それを知らなきゃいけない気がします」
「どうやって会うの?」
芽衣子が口を挟む。
「そうですね。彼が素直に会わせてくれるとは思わないですね」
「彼は私が止めるわ」
「では私も一緒に」
「何よ。私一人じゃ負けると思っているの?」
「勝つとか負けるとかの問題じゃないでしょう。単なる勝負ならともかく、七尾の動きを止めるとなるとそれ以上に大変だと言っているのよ」
「何よーー」
とさらに雅緋が言い返そうとするよりも早く、千波が割って入った。
「私も一緒に戦いますよ。私だって強いですから」
雅緋は千波の介入に気を削がれたらしく、小さく舌打ちをしたが、それ以上言い返そうとはしなかった。反発はしているが、雅緋も七尾に対して芽衣子と同じような印象を持っているのかもしれない。




