12
「やあ、また会ったね」
草薙響はニッコリと笑顔を見せた。
「どうしてあなたがここに?」
「この近くのお寺に由緒正しい像が祀られていると聞いたんですよ。そこで今夜はここに泊まって、明日見に行こうかと思ってね。こんなところでまた会えるなんて驚きだなぁ」
そう言いながらスリッパを脱ぐと、勝手に部屋の中へと入ってくる。
その顔からは驚きなどという感情は伝わってこない。初めからこうなることを知っていたかのようだ。
「お寺ってどこですか?」
「確か龍峰寺とか言ったかな」
「龍峰寺? 龍泉寺じゃないんですか?」
「ああ、そうだ。きっとそうだよ」
その間違いすらわざとらしい。
「そこ、行っても追い返されるんじゃありませんか?」
「へえ、そうなのかい。いろいろ大変らしいからね」
「大変? 何がですか?」
草薙はあえてそれを無視するようにーー
「キミたち、名前は?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「せっかく知り合ったんだ。名前くらい知っておきたいじゃないか。ボクはーー」
「草薙さんでしたね」瑠樺が答えた。
「憶えていてくれたんだね。そう、草薙響だ。嬉しいよ。キミは?」
「私は二宮です。二宮瑠樺」
草薙は少し驚いたような顔をした。それは瑠樺の名前に驚いたと言うより、名前を名乗ったことに対するもののように思えた。
「二宮瑠樺さん、確か二宮という古い家があると聞いたことがあるよ。キミのことかい?」
「そういうことにも詳しいんですね」
「歴史がある家っていうのは、それだけで興味深いじゃないか」
「では、七尾という家はご存知ですか?」
「さあ、どこの七尾だろうねぇ」
あえて惚けたような口調で答える。
「龍泉寺にいる七尾さんです。さっき大変だって言っていたじゃありませんか」
「そんなこと言ったっけ?」
「ええ、それって七尾さんのことじゃないですか?」
「ちょっと噂を耳にしてね」
「噂? どんな?」
「妹さんに何かあったらしいね」
笑みを絶やさずに響は言った。
「妹さん?」
「そう、妹さん」
「何かって?」
「何かは何かさ。何か妖しいものに取り憑かれたとかいう話だったかな」
「取り憑かれた?」
「そう。実は七尾の一族の人たちというのは普通の人間とは違うらしいんだ」
そう言って、草薙響はまるで瑠樺たちの表情を伺おうとするように見回した。
「おかしな噂ですね」
と冷静に芽衣子が反応して見せる。「それって噂というより古い伝承みたいですね」
「あれ? キミたちは信じないのかい?」
「今どき、そんな話を信じる人がいるの?」
冷たく雅緋が言う。草薙はそれに対しても笑いながら――
「まあ、あくまでも噂だからね」
「ただの旅行者のくせにずいぶん噂に詳しいのね」
「旅行者だからこそかもね。身近な人には言えないことでも他人には意外と言いやすいことってあるんじゃないかな。それに人間、秘密というものは誰かに話したいものだよ。キミたちも何か話したいことがあるなら聞かせてもらうよ。キミなんていろいろと秘密を抱えているんじゃないかい?」
草薙は雅緋の顔を見た。
「結構よ」
そう言って雅緋は顔をそむけた。
「それよりもその妹さんはどうすれば助けられるんですか?」と瑠樺が声をかける。
「そんなことボクに聞かれてもね」
「そういう噂は知らないんですか?」
「ああ噂ね」
草薙は軽く頷きニヤリと笑った。
すでにそれが『噂』などというものでないことをお互いが理解している。まるで腹の探り合いをしているようだ。
「私も少しくらいなら噂を聞きました。七尾さんには不思議な力があるらしいですね。それなら妹さんを助けることも簡単なんじゃありませんか?」
「それはどうだろうね。世の中には幾万もの薬があるにもかかわらず、全ての病に効く万能薬というのは存在しない。どんなに強い力でも、全ての状況に対処出来るものはないんじゃないかい? 彼らを助けるにはもっと違う力が必要かもしれないよ。かつて彼らの仲間だった一族の力とか。ただ、それを彼が受け入れることが出来れば……だけどね」
「彼はその助けを受け入れるでしょうか?」
「難しいかも知れないなぁ」
「なぜ彼は助けを求めようとしないんですか? あなたならそういうところも知っているんじゃありませんか?」
草薙はニコニコと笑いながら。
「そうだね。噂なら聞いたことがあるよ」
「また噂? どんな噂?」
少しイラついたように雅緋が訊く。
「彼らの一族はより人間に近い存在だ。だからこそ妖かしを呼び寄せる。それでも全ての妖かしを受け入れられるわけでもない。以前にもその一族の者に妖かしが取り付いた。いや、もちろんそれが彼ら一族の宿命なんだ。だから彼らならそれは普通のことだった。ところが一族のなかにはそれを受け入れきれない者も現れる。受け入れられなかった者は妖かしの力に負け、人間を襲うようにあった。その時、一条家はその者を処分した」
「処分って?」
「殺したんだ。七尾の者ごと妖かしをね。七尾の一族はそれで八神家の地位を捨てたんだよ」




