お菓子の家に五人の子供
二話連続投稿です。
前にもう一話ありますので、ご注意下さい。
御歳四十四になるザルツゼーの国王ブルクハルトには、王妃と側妃の間で拵えた子供が合わせて五人いた。
一番上は、アロイス。王の銀の髪色に、王妃の飴色の瞳を備えた十歳の王子だ。その見た目も、そしておそらくその中身も、両親の良いところを受け継いだこの国の後継者。
二番目は、クルト。黒目黒髪の、七年前にようやく産まれた側妃の子だ。感情的なきらいはあるが情が深く、両親や王妃、異母兄に懐き、弟妹の面倒をよく見ているのだという。
三番目は、ブルーノ。彼は見事に王妃の特徴を受け継いで、ピンクベージュの髪色に、飴色の瞳を持つ。同じ年齢の兄クルトと二人で、城の中を引っ掻き回している暴れん坊。
四番目は、エルマー。こちらも王妃の子で、王妃の特徴を受け継いだ五歳の王子。人見知りで臆病な質なのか、兄たちとは違って大人しく、常に母の背後にいるような子供だ。
五番目のフリーダは、側妃が産んだこの国唯一の姫。四歳なので当然あどけなさがあるわけだが、この歳にして早くも実母に似た妖艶さが垣間見える、色々と将来が楽しみな王女だった。
見目麗しく、それぞれ個性的なロイヤルファミリーに、国民は今大注目である。そんな一家を間近で見られるのだから、イルメラは自分の幸福に感謝している。
「ごめんなさい、遅くなりました」
やいのやいの、と子供たちが騒いでいるのをアドリアーナとアロイスが落ち着かせていると、部屋の入り口から側妃コリンナが入ってきた。そろそろ四十になるというのにも関わらず、妖艶さに磨きがかかり、アドリアーナとはまた別の意味での年齢不詳の美しさを備えている。
かつては農業改革をした王妃の功績と、一領地の畑の作物を私欲で枯れさせるという父の所業の所為で、彼女の評判は一時期地に落ち掛けたのだが、美しさと勤勉に働く姿に今ではその人気も復活していた。
「コリンナ様、お疲れ様ですわね」
「お邪魔をしております」
「ようこそ、イルメラ。今年も楽しみにしていたわ」
コリンナにダニエルの紹介を終えたイルメラは、早速王妃がお茶会を開こうとしているのを見て、声をあげた。
「そういえば、陛下は?」
国王ブルクハルトも、政務の空きがあればイルメラの菓子を食べに来るのだが、今日はこの場にいないようだった。
イルメラの質問を受けたアドリアーナは、ふ、と薄く笑うと、その笑みを顔に張り付けたまま答えた。
「さあ。おおかたヴォイエンタールの使者に手を焼いているのではないかしら」
「……王妃様は手伝わなくて良いんですか?」
「いらない、とあちらから言ったのだから、知らないわ。困ったら泣きついてくるでしょう」
素っ気なくそう答え、アドリアーナは箱を何処に置いて良いか悩んでいるダニエルのために、侍女にワゴンを用意させていた。
その隙に、イルメラはこっそりとコリンナに尋ねる。
「……また喧嘩されたんですか?」
笑みこそ浮かべていたが、アドリアーナのあの表情には間違いなく怒りが垣間見えていた。
「そうなのよ。またヴォイエンタールに無茶苦茶振り掛けられてね。その対応に追われるのだけれど、陛下は自分でどうにかしてみせるって張り切ってらっしゃってね。でも、アドリアーナ様は外交は自分の仕事だからって、そんな風に仕事を取り合ってしまって……」
結果、王が勝ち取ったのだが、強引なやり方でもしたのか、アドリアーナはへそを曲げてしまったのだと言う。
「……て、そんなこと私に言っちゃって良いんですか?」
「使者が来ているのは公然の事実だもの」
交渉内容は漏らしてないから良いのだ、と素知らぬ顔でコリンナはお茶を啜った。
ブルクハルトとアドリアーナは、普段はお互いに尊重しあっているのだが、同じような仕事をしていることもあって、度々ぶつかり合うことがあるようだ。おまけに二人揃って意固地であるため、喧嘩が長続きするらしい。
一方、コリンナとは、かつて町で流行したロマンスと今でも違わぬ仲の良さを維持しているようだ。二人並び立ったときの甘い光景を、イルメラも何度か目撃している。
「そんなことより、子供たちが待ちきれないようなのだから、早く見せていただけるかしら」
内緒話のつもりが、王妃はきちんと話を聞いていたらしい。コリンナとの会話を遮ると、イルメラたちを急かし出した。ご要望に応えてイルメラは立ち上がり、箱の載ったワゴンの背後に回った。王子たちが期待に満ちた眼でイルメラに注目する。
「今年は王子様たちがたくさんいらっしゃいますので、少し趣向を凝らしてみました」
イルメラは箱に手を掛け、そっと上に持ち上げて見せた。現れたのは、褐色の壁に、雪を被った狐色の屋根を備えた小さな家だ。
まるでおとぎ話に出てくるようなお菓子の家に、子供だけでなく大人まで歓声を上げた。
「幸運にもカカオが手に入りましたので、壁はチョコレート味にしてみました。屋根はいつものシナモンですが、粉砂糖を振り掛けたんです。雪みたいでしょう?」
それから、イルメラは取り分け用の器具を使って、そっと器用にその屋根を取り外して見せた。
「それから、五人の子供たち」
上から家のなかを覗き込むと、板チョコレートの床の上に、砂糖とアーモンドをペーストにしたマジパンで作られた五つの人形が円を作って立っていた。上から見る分には頭しか見えないが、それぞれ白に、ピンクに、茶色にと髪が色付けされている。
「これ、わたし?」
茶色に着色された、一人髪の長い人形を指差して、王女フリーダがイルメラに問い掛けた。
「はい。王子様、王女様を作ってみました。さすがに綺麗なドレスは着せられなかったのですけれど……」
イルメラが慎重に取り出して見せた人形は二頭身で、大きな頭の下は、円錐形に作られた胴体があるだけだった。女の子だからとドレスを意識してこの形にしたのだが、実物の繊細さはとても表現しきれなかった。
「可愛い!」
それでもフリーダは、自分がお菓子になっているという事実が嬉しいようで、早速お皿に載せてくれ、と催促しはじめる。
「日持ちいたしますから、数日に渡ってお召し上がりくださいね」
子供たちの要望に応じながら、ダニエルと二人菓子を取り分け、楽しそうに食べ始めたのを見届けてから、イルメラたちはアドリアーナとコリンナが座る円卓に座った。
すぐさま、ヨハンナが熱いお茶を出してくれる。
「凄いわね、ああいうものまで作れるのね」
ワゴンの上の解体された家を見ながら、コリンナは言った。あまりに真剣に、そして熱心に見つめているので、イルメラは少し恐怖を覚えてしまう。
「このダニエルの発想です。お陰様で、子供のいる家庭には好評です」
ただ、大きさがある上に、繊細さが求められるので、気軽に作れないのが玉に瑕だ。
だから、コリンナに観光客用に名物にしようと言われても困るのだ。
「王妃様、コリンナ様にはこちらを用意いたしました」
そうしてもう一人の侍女エミーリアにもう一つ持ってきた菓子を出してもらう。既に皿に盛り付けられているそれは、スポンジの間にに甘酸っぱい杏のコンフィチューレを挟み、チョコレートでコーティングしたザッハトルテだ。
「陛下の分もご用意してありますから、きちんと分けて差し上げてくださいね」
「分かってるわよ」
念を押せば、口を尖らせて王妃は答えた。
それからフォークを取り上げ、側妃とイルメラたちに微笑みかけながら言った。
「さあ、いただきましょうか」
※※※
王家の人々がいただくお茶を相伴させてもらった上、ケレーアレーゼの新鮮な食材というお土産までもらったイルメラとダニエルは、ほくほく顔で城を後にし、店への帰路についていた。もう日暮れ時、しんしんと冷え込んできているため、二人は足早に城下町を抜けていく。
「驚きました。王妃様と側妃様って、あんなに仲が良いんですね」
気さくとはいえども王妃と側妃、そして王子たちに囲まれて固まっていたが、帰る頃になってようやく緊張が解けてきたらしい。いつもの気楽な口調でイルメラにそう話し掛けた。
「今はね。でも、王妃様が嫁がれてから、今のようになるまで、いろいろと紆余曲折があったのよ」
そうしてイルメラは語り出す。数年前、アドリアーナに呼ばれてイルメラの料理をふるまった席で、本人から聞いた奮闘の物語を。
「王妃様が嫁がれたのは、十七年前。その頃、陛下には五年もご寵愛されていた側妃様がいてね、それがコリンナ様なんだけど――」
かくして、かつてお飾りだった塩の国の王妃の食事改革は人々に語り継がれていくのであった。
本作で出てきた料理のいくつか(魚のゼリー寄せ、塩釜焼き)は、感想をくださった読者様のアイデアからいただきました。
事後承諾となり申し訳ございませんが、コメントいただきましてありがとうございました。
また、このお話を最後まで読んでくださった皆様に、改めて御礼申し上げます。
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