新潟県十日町市。へぎ蕎麦と天ぷらの盛り合わせ。
見知らぬお店にふらりと入るのも好きだったが、タクシーの運転手さんとか宿の人とか、地元のおいしいものについて熟知している人から聞いた情報を頼りにそのお店に足を運ぶのも好きだった。
小雨のパラつくこの日、タスッタさんはこのうちの後者、宿の人に聞いたお店へとむかっている。
国道沿いにあるそのお店は、外から見た感じでは、郊外型のお蕎麦屋さんによくあるような外観をしていた。
たが、実際に近くまで寄ってよく見てみると、入り口の脇に見慣れた、かなり大きな人形が起立している。
そうした方面に疎いタスッタさんでさえ名前くらいは知っている、変身して巨大化する特撮ドラマのヒーローだった。
その手の番組であるからキャラクター商品自体は珍しくはないはずだが、これほどの大きさのものとなると流石にそんなに出回ってはいないのではないか。
大人の背丈ほどより少し低い程度の大きさであり、オブジェとしてはともかく、子どもの玩具にするのには大きすぎる。
値段も、きっとそれなりには高いはずだ。
「なんで、ウルトラ?」
とか心の中で疑問に思いつつ、タスッタさんはお店の中に入った。
広めの店内はかなり落ち着いた様子だった。
かなり人気のお店であるというから、混雑するであろうお昼の時間帯を外したのがよかったらしい。
お客さんの入りは七割ほどで、当然、タスッタさんが入店する余地も十分にある。
テーブル席と座敷席とがあり、テーブル席は障子のような和風のパーティションで簡単に区切られていた。
タスッタさんの入店に気づいた店員さんがすぐにやって来て、タスッタさんを空いている席へと案内し、一度引き返してからメニューとお冷を持ってすぐに戻ってくる。
なんというか、動作がいちいちキビキビとしていて、無駄や遅滞がない。
きっとこの仕事についてから、長いんでしょうね。
とか思いつつ、タスッタさんはメニューを開いた。
へぎ蕎麦は盛りがいいから、一人でいくのならば最初は小さいのを頼むくらいでちょうどいい、とは、このお店について教えてくれた宿の人の言葉である。
他のお客さんたちを見ると、確かに二人と三人以上のお客さんがほとんどであり、なおかつ、へぎと呼ばれる木製の底が浅く四角い器の上に、ひらがなの「つ」の字のような独特な形が連なるように盛られたへぎ蕎麦が次々とそれぞれのテーブルへと運ばれていく。
確かに、あの量を一人で食べきるのは無理ですかねえ、と、タスッタさんはそう思い、やはりへぎ蕎麦の小を注文することにした。
いや、でも、お蕎麦だけでは物足りないかな、と、そう思い、いっしょに天ぷらの盛り合わせも注文することにする。
たまたま通りかかった店員さんに声をかけて注文を通すと、いくらもしないうちに、まずへぎ蕎麦が出て来た。
調理時間の都合でバラバラに出てきたのだろうとタスッタさんは推測するわけだが、それよりもまず出て来たへぎ蕎麦の量に少し驚く。
へぎ蕎麦は三人前から四人前以上で出てくるんですよ、と昨夜宿の人から注意されていたのだが、小ならばなんとか食べ切れるだろうと予測していた。
その予測は、あっさりと裏切られたことになる。
「思っていたよりも、かなり量が多い」
と、タスッタさんは心のなかで戦慄した。
これでは、このへぎ蕎麦だけでも食べ切れるのかどうか、かなり微妙なところであった。
タスッタさんは店員さんに声をかけ、せめて天ぷらの盛り合わせだけでも注文をキャンセルしようとしたが、そう思って店員さんを呼び止めようとしたところ、その天ぷらの盛り合わせがタスッタさんのところに運ばれてくる。
もともとタスッタさんは蕎麦屋さんの天ぷらは好物の方なのだが、ここのお店の天ぷらも実においしそうだった。
それはいいのだが、量が。
「これも、結構大盛り」
と、タスッタさんは思う。
東京とかの蕎麦屋さんとでは、少し量に関する感覚が異なるらしい。
ええい、ままよ。
と、タスッタさんは箸を取り、まずはメインのへぎ蕎麦に挑むことにする。
薬味は、刻みネギと、なぜか練り辛子だった。
「山葵ではないのですか」、と落胆をしつつも、すぐに「これはこれでおいしいのかも知れない」と思い直し、麺つゆに薬味を入れて軽くかき混ぜてからへぎ蕎麦をつけて、啜る。
あ、啜る感触と、それに喉越しがいい。
と、タスッタさんはまずそこに感心した。
タスッタさんが馴染んでいる蕎麦よりもずっと滑りがよくなめらかで、つるつると食べやすい。
これでは、量が多くなるのも仕方がないかな、と、タスッタさんは思った。
聞くところによると、このへぎ蕎麦には固めに「ふのり」という海藻が練り込まれており、普通の蕎麦とはやはり違うのだという。
練り辛子の薬味も、最初こそ少し噎せそうになったが、慣れればこれもまた味わいがあるように思える。
次もまたへぎ蕎麦に箸を伸ばしかけ、あわててそれを思いとどまり、タスッタさんは天ぷらの盛り合わせに箸を伸ばす。
こんな立派な海老が二本も、とか思いつつ、揚げたてのそれを麺つゆに浸してからいただく。
サクッとした衣とプリッとした海老の歯応えが対照的であり、かなりおいしかった。
うん、これならば。
なんとか、全部食べきれるかな、と、タスッタさんは思い、またへぎ蕎麦に箸を伸ばす。
ざっとつゆにつけて啜ると、あっという間に喉を通ってタスッタさんの胃の中に消えていく。
そのつるりとした喉越しが、またいい。
いや、これは、箸が止まらないかも。
そんなことを考えつつ、タスッタさんは熱々の天ぷらと冷たいへぎ蕎麦を交互に食べていく。
このへぎ蕎麦は、極端にうまいというわけではないのだが、一度箸をつけると止まらなくなる、魔性のような魅力を持った料理だった。
どうにか二品の料理を完食し、店員さんが持ってきてくれた熱いお茶を啜るタスッタさんは、満ち足りすぎた気分だった。
平たくいえば、明らかに食べ過ぎていたのである。
いつもの昼食の、二食分以上は食べているのではないか。
それもこれも、へぎ蕎麦が食べやすいからいけないんだ。
などと、タスッタさんは心のなかで勝手な責任転嫁をする。
ここでの食事は満足するべき内容だったが、料理を注文する前に、今度からもう少し考えて注文しようと、そんなことを思った。




