千葉県船橋市。栗ご飯と豚汁、お茶、梨。
「梨ですか?」
「栗ですか?」
滅多にないことだが、おとなりの和田さんとエレベーターでいっしょになり、お互いの荷物を確認しあってしまう。
「会社の懇親会で梨狩りにいって来まして。
近場にいい梨農園が多いのはいいことだと思いますが、独り身でキロ単位の梨を持ち帰ってどうしろと」
「こちらも出先で購入したものですが、ついつい買い過ぎてしまいまして。
これから栗ご飯にでもしようかと」
和田さんとタスッタさんは早口に情報交換をはじめる。
「いいですね、梨」
「栗ご飯、いいですね」
「旬ですもんね」
「お互い、食べきれないほどありますもんね」
エレベーターが二人の居住する階に止まったときには、どちらからともなく今夜は料理を持ち寄って食べようということになった。
「冷蔵庫にある食材で、なにか適当に汁物を作ってお邪魔します」
といい残して、和田さんは自室の中へと姿を消す。
こうして二人は、一時間後を目安にタスッタさんの自室で夕食を摂ることになった。
「さて、と」
自室に入ったタスッタさんは、急ぎ旅装を解いて荷物を片付け、スマホを取り出して「栗ご飯」のレシピを確認する。
特に難しい調理でもなく、調味料の量さえ間違えなければ大きく失敗することもない料理だった。
「問題は」
大量の栗をどれほど短時間で剥くことができるか、という点だ。
蒸す時間も含めると、やはり鍋を火にかけてから一時間位は欲しい。
栗の皮むきを早く済ませれば済ますほど、栗ご飯が仕上がる時間も早くなるはずであった。
考えても仕方がないか、と、タスッタさんは思い、まずは米を研いで土鍋の中で水につけてから、包丁を手に取って栗の皮を剥きはじめる。
「これくらいでいいかな」
ボールの中にかなり多めの剥き栗で小さな山を築いてから、タスッタさんは小さく呟く。
二人前だったら、こんな量で十分なはずだ。
いや、現状でも少し多めかも知れない。
酒や醤油などをいちいち計量してから土鍋の中に入れて、剥いたばかりの栗をその上に乗せて蓋をして、火にかける。
どうにか土鍋の蓋が閉まるくらいに、剥き栗の量は多かった。
少し多すぎたかな、と思わないでもなかったが、まあ、火さえ通れば食べられるでしょ、とか、タスッタさんはかなり大雑把なことを考える。
流しで手を洗い、電気ケトルに水を入れてから湯を沸かす。
急須とか湯呑みとかを用意しているうちに土鍋が吹きこぼれそうになったので慌てて火を止めて、自分でお茶をいれて飲んだ。
日中、外を歩いているとそこそこ暑くも感じるのだが、朝晩はすっかり涼しくなったな、などとタスッタさんは思う。
こうして日々の生活を過ごしている間にも、季節は確かに移ろっている。
しばらくすると、鍋とビニール袋に入れた梨を抱えた和田さんがタスッタさんの部屋を訪ねてきた。
「そっちはどんな調子ですか?」
「今、蒸らしているところですね。
もう少し置いておいた方がいいと思います」
「そうですか。
では先に、こっちを食べていた方がいいかな。
たっぷりと作ってきたので」
「そちらはなにを作って来たのですか?」
「豚汁。
冷蔵庫に余っていた食材を片っ端からぶち込んできました」
「ああいうのは多少大雑把な作り方をした方がかえっておいしいんですよね」
などといいながら、タスッタさんは梨の袋を受け取って冷蔵庫の中に入れ、二人分の椀を出す。
すぐに豚汁の鍋をテーブルの上において、まずは二人で試食をしてみた。
「ちょっと味が濃すぎたかな?」
「これだけだと、ちょっと。
でも、他のものと食べるとしょうどいい加減になると思いますよ」
「そうかな?」
「味がよく染みていて、おいしいです」
じゃがいも、人参、タマネギ、こんにゃくなどが入った、かなり標準的な豚汁だった。
いやむしろ、甘味が強い栗ご飯といっしょに食べる汁物としては、これくらい濃い目の味つけの方がかえって都合がいいのではないか、などとタスッタさんは思う。
「どれ、栗ご飯の方もそろそろいいですかね」
タスッタさんは立ちあがり、IHコンロの上にあった栗ご飯の土鍋をテーブルの方にまで持ってくる。
土鍋をテーブルの上に置いて蓋を開けると、わっと湯気がたった。
「あ、栗の香り」
と、和田さんが小さく呟く。
「それに、こんなにいっぱい」
「試しに蓋が閉まるギリギリまで入れてみました」
タスッタさんはそういって、土鍋から栗が転がり落ちないように気をつけながら、しゃもじでご飯をかき混ぜる。
「あ、一度上の栗を除けてからやった方が」
和田さんが助言をしてくれたので、途中からは別のお皿を出してその上に栗だけを一度除けて、ご飯をかき混ぜた。
それのご飯を茶碗によそい、そのご飯の上にごろっとした栗を乗せる。
「ああ、いい感じにおこげの匂いがする」
茶碗を受け取りながら和田さんがいった。
「そうか、土鍋だといい感じにおこげができるんだな」
「今回のように味がついていると、おこげもできやすくなりますね」
いいながら、タスッタさんは自分の分もご飯をよそう。
「では、本格的にいただきましょう」
「いただきましょう」
二人はそういいあって、食事をはじめる。
「栗がホクホクですね。
しかも、量が多い」
「豚汁、やはりいい感じです。
栗ご飯といっしょにいただくと」
「ときおり混ざるこのおこげの感触が」
ときおり料理の感想をつぶやきながら、二人は食べ続けた。
「なんというかあれ、食べたーって感じがしますね、二人で食べていると」
「なんですかそれは。
なんとなくわかるような気もしますが」
「しかし栗かあ。
ひとり暮らしだとなかなか食べる機会ないんですよね。
それこそ、お菓子くらいかな」
「そうかもしれませんね」
「こんなに甘いものだったんだ。
かなり大粒だし、食べごたえがあります」
「よく考えてみると、栗ご飯って炭水化物と炭水化物の組み合わせですね。
その分、この豚汁が具だくさんなので、それで釣り合いが取れるような気もしますが」
「満足感は、すごくありますね。
この組み合わせ」
栗ご飯も豚汁も特に凝った調理法をしているわけではなく、いわゆる家庭料理の範疇を超えるものではないのだが、だからこそその素朴なおいしさが染み渡ってくるというか。
タスッタさんはしみじみとそんなことを思いながら、二人分のお茶をいれる。
そして湯呑みのお茶を注いでから一度席を立ち、冷蔵庫の中から冷えた梨と果物ナイフ、小皿を持ってテーブルへと戻った。
「あー。
ひさびさに、いいお食事でした」
お茶を啜りながら、和田さんがそんなふうに感嘆した。
「いいお食事でした」
それに唱和するようにいいながら、タスッタさんは梨の皮を果物ナイフで剥いて櫛形に切り分け、小皿の上に置く。
そして、その切り分けた梨を口にしながら、
「水気が多くて、この梨もおいしいですね」
と、感想を述べる。
「結構有名ですからね、千葉県の梨。
例の、あのやかましいゆるキャラも梨のマスコットだし」
「ああ、そういえば」
「しかし、独身でキロ単位の梨を持ち帰ってもなあ。
タスッタさんの方で引き受けてくれて助かりました」
「いえいえ。
栗の方もまだ余っているので帰りに持っていってください」
栗と梨。
なんか今夜は、秋らしいものばかりを堪能してしまったな、と、タスッタさんはそんなことを考える。




