東京都大田区。和食レストランの玉子かけ丼。
その日、タスッタさんは朝早くから羽田空港の第一ターミナル内を散策していた。
もちろん、羽田空港に来たのはここからまた別の場所へと航空便で移動していくためである。
まだ早朝のうちに船橋市にあるマンションを出て今に至っているタスッタさんは朝からなにも口にしておらず、空腹を感じていた。
幸い、いつもの時間的には癖でかなり余裕を持って出てきたので、飛行機の登場時刻まではまだかなり間がある。
それでは、と、タスッタさんは航空ターミナルの内部を散策することにしたのだった。
当然、どこかよさそうな飲食店を見つけて、そこに入ろうと思っていた。
さて、いろいろなお店があるものですが。
と、タスッタさんは思う。
正直、どれもあまりピンと来ませんね。
このような場所であるからテナントとして入っている飲食店は多かったが、夕食や昼食ならばともかく、朝食として軽く済ませたいタスッタさんの状況には重すぎる料理屋ばかりが目についた。
朝からお寿司とかラーメンを食べたいとも思わない。
比較的ましというか入ってもいいかな、と思われるのが、カフェ系のお店になりますかね、とか思いながら、タスッタさんは丁寧に飲食店のテナントが入っている棟を一階から三階まで歩いていく。
飛行機搭乗時刻までにはまだ小一時間ほどあるのだが、空腹には耐え難くもうどこでもいいから開いているお店に入ってしまおうかな、とか思い始めたとき、ふと視界の中にあるお店が入って来た。
「牛タン」
思わず呟いてしまってから、流石に朝から牛タンはないな、と思い直す。
そしてその直後に、
「パンとコーヒーよりはマシかな」
などとさらに思い直し、タスッタさんは結局ふらふらとした足取りでそのお店に入り、たまたま入り口にいた店員さんに声をかけ、
「こちらでは、朝食用の軽いメニューとかはありますか?」
と訊ねていた。
こういう立地のお店ではこの時間帯にはあまりお客さんが望めないのか、店内は予想外に空いている。
店員さんから、
「どれでも空いている席をご利用ください」
といわれたタスッタさんは、窓際のテーブル席に腰掛けることにした。
一度荷物をおいてからセルフサービスのお冷をいれて席に戻るとすぐに店員さんが注文したセットを持って来てタスッタさんのテーブルにおいていく。
確かに、準備するのにあまり時間が必要ではないお料理ですものね、と、タスッタさんは内心で頷く。
丼に入ったご飯と漬物、テールスープに、ふたつの玉子が籠に入れられて、ひとつのトレイの上に置かれていた。
うん、シンプルだ。
いかにも「朝食」という感じがする。
玉子はひとつで十分なのではないか、テールスープではなく味噌汁の方が、などといいたいことがないわけではないが、これはこれで。
基本、ここは牛タンのお店みたいですしね、と、タスッタさんは思い、箸を取った。
玉子をひとつ空の器に割り入れて、箸でよくかき混ぜる。
ある程度攪拌してから卓上にあった醤油、なぜか二種類あったがそのうちの濃口の方の醤油を選んで攪拌した玉子の上にさっとひと回し入れてから、さらにかき混ぜた。
それから丼の中に玉子を入れて、よくかき混ぜる。
丼というだけあって器もご飯の量も少し多めであったので、もしかすると二つ目の玉子も投入する必要があったのかもしれないとか思っていたのだが、玉子の量はひとつ分だけで必要にして十分に思えた。
それから、まず一口、玉子液にまみれたご飯を箸で掬うようにして口の中に入れてその味を確かめる。
口の中に広がるる、玉子の黄身特有の濃厚な甘みと醤油の塩分、そしてご飯。
玉子の方はともかく、このご飯は結構いいお米を使っているのかもしれない。
そう思えるほど、ご飯がおいしく感じた。
こういう場所にあるお店だからか、内容に比べて少し高めの値段設定であったが、その値段にふさわしく食材の方にも拘っているお店なのかもしれないな、と、そう思う。
小皿に盛ってあった漬物を箸で摘まんで口の中に入れて噛み砕き、テールスープを啜る。
漬物とテールスープは、なんというか普通。
決してまずくはないのだが、その代わり突出した特徴があるわけでもない、というか。
特にこの漬物は、どこかで買って来たものをそのまま出しているんだろうな、と、タスッタさんは思った。
それから再び丼を手にして、今度は玉子液にまみれて流動性が高くなったご飯を勢いよく啜る。
行儀は悪いのかもしれないが、玉子かけご飯はこういう食べ方が一番おいしく感じる、ような気がするのだ。
なるべく音を立てないように気をつけながら啜ったあと、よく咀嚼をしてその味と風味を確認する。
うん、やはり。
と、タスッタさんは思う。
このお店、ご飯にはかなり拘っていると思う。
正直、かなりおいしい。
卵かけご飯のようにシンプルな料理ほど、素材の良し悪しで出来が違ってきますからねえ。
その意味では、このお店はかなりいい線いっているのではないでしょうか、ご飯だけなら。
などということを考えながらタスッタさんは漬物とテールスープを合間に楽しみながら、かなりのハイペースで玉子かけ丼を平らげた。
作るの同様に、食べるのにもあまり時間を要さない料理でもある。
食べ終えたタスッタさんは一度席を立ってセルフサービスの熱いお茶をいれてテーブルに戻り、そこでゆっくりとお茶を喫した。
念のため、時間を確認して飛行機の搭乗時間にまだ余裕があることを確認してから、湯呑みを傾ける。
窓の外には、このお店が入っているターミナルの一階部分が見下ろせるようになっていて、タスッタさんの席からは早足に移動する人たちの挙動を一望することができた。
今日も、暑くなりそうだな、と、タスッタさんは思う。
暦の上では残暑になるはずであったが、実際の日射は真夏日のそれと変わらない。
まだまだ、暑い日が続きそうだった。




