群馬県前橋市。トマト冷麺と水餃子。
数日どんよりとしたはっきりしないお天気が続いていたのだが、今日になって雲がとぎれてひさびさの真夏日となった。
初夏というよりも文字通り夏なみの気温と日差しであり、その日の日中をほぼ歩き通しで過ごしていたタスッタさんにとっても、なかなか過酷な一日となる。
ぼちぼち日が沈もうかという時刻、中央前橋駅近くを散策していたタスッタさんは、例によって美味しいお店を探していた。
特になんの下調べもせず、はじめての出先でいきあたりばったりでお店に入れば、当然のことながら外れるときもあるわけだが、その逆に想定外においしいお店に当たることもあった。
その、予想外な常に覆されがちなところに、タスッタさんは魅力を感じている。
「さて」
タスッタさんはふと足を止めて、周囲を見渡してみた。
これまで見てきたところ、この周辺も郊外の駅前にありがちな、どちらかというと没個性的な街並みが続いている。
やはりこの辺は典型的な車社会なのだからだろう。
駅前であるからといって特別に栄えているというわけでもなく、かといって、徹底的に寂れているわけでもない。
飲食店をはじめとする商店はそれなりに点在しており、人通りもそれなりにあった。
「今日は、どこに入りましょうかね」
日が完全に暮れるのとほぼ同時に、タスッタさんは白く大きな看板を掲げる中華料理店に入ることにした。
店名に四川という文字が入っているということは、やはり四川料理がメインのお店なのだろう。
お店の中にはいるとテーブル八つくらいあり、まだ時間もはやいからか、客の入りは半分にも達していなかった。
中年女性の店員さんが声をかけてきて、
「お好きな席へどうぞ」
と促された。
一人客であるタスッタさんは誰も座っていないカウンター席を選んでそこに座る。
タスッタさんがメニューを開くと、店員さんがお冷やを持ってきた。
「ここのお勧めとかはありますか?」
タスッタさんは、その店員さんに声をかけてみる。
「担々麺なんかはよく出ますね」
そうか。
やはり、四川料理だと、そっちになるわけか、と、タスッタさんはひとりで頷く。
では、これはというお料理を見つけられなかったら、その担々麺を注文するということで。
心中でそう決意をし、タスッタさんはメニューを開いて詳細に検分しはじめる。
この暑い、汗をかいた一日に担々麺というのはかなり魅力的に思えたのだが、だからといって他のお料理を検討しないで決めるほどの決定打になるわけでもない。
案外こういうお店に、あまり目立たない隠し球が潜んでいたりするんですよね。
とか思いつつ、メニューに目を走らせていると、タスッタさんはすぐに見慣れない料理名を見つけた。
「トマト、冷麺?」
冷麺は、わかる。
しかし、トマト。
中華なのに?
確か、どこかのラーメン店でトマトをメインにしたスープのラーメンがあったような。
それを真似したわけでもないのだろうが、トマトで冷麺なんですか。
まずい組み合わせではないのだろうが、それはもはや中華料理ではないような。
などという思いがタスッタさんの脳裏を駆け巡る。
よし、頼んでみよう。
タスッタさんはすぐに決断をした。
おそらく、ここで頼まなかったら、一生食べることがないはずのお料理だった。
でも、他になにか一品。
そのトマト冷麺がはずれだったときのリカバー分というか、普通の中華料理も念のため頼んでおきたい。
どれにしましょうかね、と、メニューに目を走らせているタスッタさんの視線が、ふと止まる。
「水餃子」
いいですね、これ。
と、タスッタさんは思った。
いかにも中華料理らしいお料理だし、これならば大きく踏み外すことはないでしょう。
タスッタさんは片手をあげて店員さんを呼び、トマト冷麺と水餃子を注文した。
「冷麺というか、本当に凍っている」
やがて出てきたトマト冷麺を見下ろして、タスッタさんはそう思った。
スープが、かき氷になっている。
かなり変わった、少なくともタスッタさんの既成概念からかなりはみ出した一品であった。
中華麺と、おそらくはトマトベースのかき氷がかかっていて、お肉とセロリがゴロゴロ入っている。
これから本格的に暑くなる季節、夏バテ防止によさそうなお料理だな、と、タスッタさんは思った。
タスッタさんは箸を手にして、さっそくそのトマト冷麺を食べてみる。
かき氷が思いのほか麺によく絡み、これはこれでよく考えられているんだな、と、タスッタさんは実感した。
かき氷がよく絡んだ麺を一口食べて、その味を確認する。
ああ、トマトだ、とすぐに感じた。
というか、トマトの味が強すぎて他の味がしない。
よく噛むと、麺の味もしっかり感じ取れるようになるのだが。
うん。
と、タスッタさんは思った。
決して、おいしくないわけではない。
いやむしろ、おいしいことはおいしい、と、思う。
だけどこれは、なんか全然中華っぽくないというか。
別のお店で冷製パスタかなにかだと出されても、まったく違和感がない。
おいしいことはおいしいけど。
と、タスッタさんは思う。
なんかちょっと、釈然としないものがある。
今度は具材のお肉とセロリも麺に絡めて、食べてみる。
合うなあ、トマトと。
セロリはもちろんのこと、お肉は、多分これは茹でたとりにくかなにかで。
さっぱりとしていて、いくらでも食べられそうな気がする。
中華っぽくはないけど、おいしい。
トマト冷麺の検分が終わってから、タスッタさんは一緒に出てきた水餃子を試してみた。
レンゲに水餃子を乗せて、スープといっしょくたに吸い込むように口の中に入れる。
ほどよい弾力とつるんとした感触、それに鶏ガラベースの湯とを、口の中に感じた。
こちらは、漠然と想像していた以上にちゃんとした中華料理、かなり本格的な水餃子だった。
少なくとも、これまでにタスッタさんが食べてきた水餃子の中でも一、二を争うおいしさだと思う。
もっとも。
と、タスッタさんは思う。
焼き餃子の方はともかく、水餃子を食べる機会って、そんなに頻繁にあるわけでもないんですけれどね。
それでも、この水餃子がかなり本格的なものであることは、タスッタさんにも判断ができた。
なんなんでしょうね、このギャップ。
タスッタさんは心の中で首を捻る。
本格的な水餃子と、おそらくはこのお店が独自に創作をしたトマト冷麺。
いや、どちらもおいしいから、いいですけどね。
タスッタさんとしては、このお店の方針がどうにも了解できないのだった。




