埼玉県さいたま市。喫茶店のナポリタンとコーヒー。
大宮も、少なくとも駅前の近辺はビルばかりが立ち並ぶ、日本中どこにいっても見ることがでる都会になっていた。
この近くの写真を撮って新宿や池袋の写真と比較しても、たいした違いは見つからないはずであり、つまりそれだけ没個性的な風景がタスッタさんの目の前に広がっている。
都内の繁華街との大きな違いといえば、今は、人通りがほとんどないことだろうか。
無理もない。
夜中の、というか、そろそろ夜明け近い時間帯なのだ。
空いているお店もほとんど見当たらず、周囲は閑散としている。
「さて、どうしましょうか」
と、タスッタさんは思う。
ようやく手が空いたのはいいのだが、なにせこの時間である。
チェーン展開をしている二十四時間営業のコンビニや牛丼屋以外に、開いているお店がない。
タスッタさんはスマホを取り出して現在の時刻を確認した。
午前四時前、ですか。
始発が出るまでは、まだもう少し間があるな、と、タスッタさんは思う。
どこか、時間を潰せるところがあるといいんですが。
しばらく周囲をうろついて、タスッタさんはどうにか開いているお店を発見することができた。
スナック?
いや、喫茶店か。
いずれにせよ、看板もお店の中も煌々と明かりが灯っているのであるから、営業中であるのは間違いない。
と、思う。
おそるおそる、タスッタさんはそのお店に足を踏み入れた。
すぐさま、
「いらっしゃいまーせー」
と、どこかアクセントに違和感がある挨拶の声に出迎えられる。
見ると、店員さんは明らかに日本人ではなく、詳しい国籍まではわからないが、外見で判断する限りどこか中東出身の人らしかった。
飲食店で外国の人が働いていることも、最近では決して珍しくはない。
タスッタさんは人数を確認されてから、その場で、
「どこでも空いている席をお使いください」
と案内される。
アクセントに少し難があるものの、なかなかしっかりとした日本語だった。
この時間帯だから無理もないことだが、お客さんはポツンポツンとしか見当たらず、それぞれ勝手に飲食をしたり机の上に突っ伏したりしている。
後者は、タスッタさんと同じように始発待ちの人なのだろうな、と、タスッタさんは思った。
テーブル席に座ってからタスッタさんはまずメニューを手に取り、それを開く前にざっと店内の様子を見渡してみる。
内装のセンスが、どことなく古いような気がする。
掃除はいきとどいているようであったが、壁際の棚の上にはなんに使うのかわからないような道具類が無秩序に突っ込まれていて、このお店の来歴と歴史を感じさせた。
きっと、古くからここで営業をしてきたお店なのでしょうね、と、タスッタさんは勝手に想像をする。
店内は、この手のお店としてはかなり広い方だと思うのだが、テーブルや椅子などの調度類もそことはなく年季が入っているような気がした。
それはともかく。
タスッタさんはメニューを開いて、本格的にその内容を吟味しようとする。
そしてすぐに、その品数の多さに驚いた。
食べ物関連だけでも、二百、いや、三百以上はあるのではないか。
ここ、喫茶店ですよね?
と、タスッタさんは頭を捻りながらメニューの文字を追う。
生姜焼きなどの、いわゆる定番の定食類はもとより、かなり本格的なタイとかインドの料理も写真つきでメニューに記載されていた。
なんとカオスな。
でも、時間が時間だし、あまり凝った料理は調理できない可能性が高い。
第一、あまり刺激が強かったり重たかったりする料理は、タスッタさん的にも避けたいところだった。
ここはやはり、無難な軽食を選択、ということで。
頼む物を決めたタスッタさんは、片手をあげて店員さんを呼ぶ。
タスッタさんが注文したのは、ナポリタンとコーヒーだった。
古手の喫茶店は、ナポリタンがメニューの中にある確率が大きいということを、タスッタさんはこれまでの経験から学んでいる。
そしてナポリタンは、よほどこのことがなければ不味く作りようがない料理でもあった。
セットメニューはないようで別個に頼み、しかも深夜料金まで加算されるので軽食というのには少し大きな金額になってしまったが、これはまあ仕方がない。
頼んだもののうち、コーヒーの方は待つまでもなく、すぐに来た。
店員さんがテーブルの上においたカップを手に取り、タスッタさんはまず一口啜ってみる。
あれ?
と、タスッタさんはすぐに心の中で首を捻った。
ここ、喫茶店でしたよね。
その割には、このコーヒーは、ちょっと。
酸味が強すぎて、味も香りもぼんやりとしている。
かろうじて、熱いことだけが救いだった。
これはきっと、いれてからかなり時間がたったものを、温め直したものだな、と、タスッタさんは悟った。
お客さんが大量に来るような時間帯なら、大量に作って出すのもいいんでしょうけど、こんな数えるほどしかお客さんが来ないような時間帯に作り置きをするのは、ないんじゃないか。
コーヒーにミルクと砂糖を入れて掻き回しながら、タスッタさんはそんなことを思う。
これでこのコーヒー、結構いい値段設定になっているのだ。
注文を通してから十分ほど経っただろうか。
今度はナポリタンが、タスッタさんのテーブルに運ばれてくる。
「これ、ナポリタンですよね?」
テーブルの上に置かれた皿の上をみて、タスッタさんは思わず訊ねていた。
「はい、ナポリタンです」
浅黒い肌色の店員さんが、真面目な表情でそういって頷いた。
まず、タスッタさんの予想を超えて大盛りだった。
いや、それはいい。
たまたまそういうお店に遭遇したことは、タスッタさんにしてもこれまでに何度か経験している。
問題は、煮詰めたケチャップで赤く染まった麺の合間に、白いイカらしき物体やどうみても薄切り肉にしか見えない物体が垣間見えていることだった。
こういうナポリタンも、ありなのか。
タスッタさんは、軽く衝撃を受ける。
確かに、タスッタさんが知る限り、ナポリタンの定義に具の内容までは指定されているわけでもないのだが。
これはこれで、あまりにも「なんでもあり」にし過ぎなのではなかろうか。
気を取り直してタスッタさんはフォークを手にとって、皿の中の麺を巻きつけ、一口、口の中に入れてみる。
うん。
ナポリタン、ですね。
タスッタさんは、心の中でひとり頷く。
煮詰めて酸味が少しきつくなった、ケチャップの味。
麺も、まあ普通だった。
普通に、おいしい。
少なくとも、まずくはない。
コーヒーの件で危惧していたのだが、どうやらこのお店はまるきりはずれというわけでもないようだ。
一度コーヒーで口をすすいでから、タスッタさんはまたお皿の中にフォークを突き刺し、今度はお肉やイカらしき物体もろともぐるぐると巻きつけて、くちのなかに 入れる。
しばらく咀嚼をしてみて、お肉はどうやら豚の薄切り肉に塩味を効かせたもの、イカらしき物体は見た目のままイカであることを確認する。
麺といっしょに噛みしめてみると、うん、それぞれの食材の食感がいいアクセントになって、かなりおいしく感じた。
あれ?
と、タスッタさんは虚を突かれたような気分になる。
このナポリタン、実はかなりおいしいのではなかろうか。
少なくとも、これまでにタスッタさんが食べてきた、ソーセージとか野菜も麺も引っくるめてケチャップの味しかしないナポリタンとは、一線を画しているような気がした。
普通のナポリタンはあまり手間をかけない、お手軽な軽食といったイメージだが、このナポリタンにはなんだかポリシーらしきものを感じる。
少なくとも、ナポリタンという料理を改良して少しでも、もっとおいしい料理にしようとする情熱は感じることができた。
最初に出てきたコーヒーがアレだったので、タスッタさんはこのお店に対してあまりいい印象を持っていなかったのだが、予想外に奥行きの深い、いいお店なのかも知れませんね。
ナポリタンを噛みしめながら、タスッタさんはそんなことを思う。
こんな時間帯に来たからいきとどかない部分もあるのでしょうけど、これなら、昼間の、もっとお店の人が多い時間帯に来てみてもいいかも知れない。
昼間の時間帯は、このお店はどんな雰囲気なのでしょうか?
などと、タスッタさんはそんなことを想像しはじめる。




