第16話 アツく、騒がしい街 4
大の男二人が、夢中になってエレナへの贈り物を考え、それが纏まった頃には窓から赤みがかった光が差し込んでいた。どうやら随分と長いこと顔を突き合わせていたようである。二人は苦笑し、凝り固まった体をほぐす。
「……それでは、お願いしますね」
「おう、まかしとけ。句動二輪コイツを直すときに渡してやる」
やがて、エレナとアンナが大きな袋を両手に抱えて帰ってくる。中には新鮮な野菜や果物、肉や魚が入っていた。机に置くと、ドズンという重みを感じさせる音が響く。
「戻りました、アナタ。これからお食事にしますから、少し待っていてくださいね」
重かっただろう荷物を置き、休む間もなくアンナは奥へと入っていく。取り残されたエレナは出ていく前の空気を思い出し、オロオロしていたが微笑んでいるメイクを見ると安心したかのように「ただいま」と、はにかんだ。
「おかえりなさい、エレナ。街は楽しかったですか?」
「うん、とても。そうだ、アンナさんから服を貰ったのよ」
嬉しそうなエレナだったが、逆にメイクの笑顔は凍り付く。しかし、それに気づかないエレナは嬉々として街で起きた出来事を語る。それは奥から彼女を呼ぶアンナの声が聞こえるまで続いた。エレナが買ってきた袋を持って奥へと姿を消した後、固まっていたメイクに近づいたメイビスは、その肩を叩きニヤニヤとしながらメイクに話かける。
「先、越されちまったみたいだな?」
「その……ようですね」
「まぁ、なんだ。メシ食ってけよ。アンナのメシは美味いぞ」
「……お言葉に甘えて」
あからさまに肩を落としているメイクを前に遠慮したのか、それでも笑いを堪えて肩を震わせているメイビスの配慮に甘えることにしたメイクだった。
それからはあっという間だった。句動二輪の修理に勤しむメイクとメイビスが卓に着いたのは窓から光が差し込まなくなり、いくつかの明かりが部屋の中を照らしだしたころだった。机には出来立てを示す湯気を立たせた料理が、所狭しと並べられている。
「たいしたものが出せなくてごめんなさい」
アンナは恥ずかし気に言ったが、旅の間は簡易的な食事しか出来ないエレナとメイクにとって、久々のまともな食事であり、ご馳走と言っても過言ではない。現に、二人とも下品ではない程度に次々と料理を口に運んでいるのが証拠だ。
「ガハハハ! いい食いっぷりだなぁオイ!」
「ええ、こんなに美味しい食事は久しぶりですから」
酒を喉に流し込みながら二人をからかうメイビスだったが、メイクの本音によってサラリと受け流されている。そんな姿を、アンナはにこやかに見ている。
「エレナさん、どうかしら。お口に合う?」
「はい、とっても美味しいです!」
「そう、良かった」
満面の笑みで答えたエレナに満足したのか、アンナはかいがいしくメイビスの世話を始める。そうして皿の上から全ての料理が消えたのは、昼間の明るい光が完全に消え、代わりに夜の暗めの光が差し込んでからだった。
「さて、ではそろそろ宿を探しますので、今日はこの辺りで。とても美味しい食事をありがとうございました」
「ありがとうございます、アンナさん、メイビスさん」
「なに、良いってことよ」
「そうですよ。こんなに喜んでいただけてこちらも嬉しかったですから」
食事が終わっても、しばらく他愛のない話をしていた四人だったがメイクの言葉を機に解散とした。
句動二輪について話しておくことがあるからと、メイクとメイビスが離れていったのを見て、アンナがエレナに近づき小声で囁く。
「昼間の服、メイクさんに着て見せてあげなさい」
「えっ、でも」
「大丈夫、きっと似合うわ」
言いたいことは言ったとばかりにウインクを残して片づけを初めてしまうアンナに、エレナは「そういう目的で欲しがったわけではない」と慌てて弁明しようとしたが、男二人が戻ってくるのを見て諦める。
「では後日、引き取りに来ますので。行きましょうエレナ」
「う、うん」
「……どうかしましたか? 顔が赤いようですが」
「なんでもない! それじゃあアンナさん、メイビスさん、また!」
そう言って慌てて出て行ったエレナの行動に首を傾げていたメイクだったが、二人に頭を下げるとそれに続いて出ていく。
「アンナ、嬢ちゃんに何を言った?」
「私は少し背中を押しただけですよ」
胡乱気にアンナを見やるメイビスだったが、アンナはいつものように微笑みながら小首を傾げ、片づけに戻った。その姿にガシガシと頭を掻いたメイビスは「かなわねぇなぁ」と呟き、バラバラになった句動二輪へと近づいていくのだった。
宿を見つけ、いつも通り二人部屋を借り、そして交代でメイクが風呂へ向かったあとエレナは袋から取り出した服を胸に抱いて独り言を呟いていた。
「どうしよう、こんな肌見せる服なんて着たことないし、でも着なきゃアンナさんに申し訳ないし、下品だって言われたらどうしよう」
ブツブツと自問自答を繰り返していたエレナだったが、やがて覚悟を決めたのか着ていた服を脱いで着替え始める。
「やはりお湯に浸かるのは良いものです……ね……?」
何も知らないメイクが部屋に戻ってきて最初に目にしたのは、首元と肩が大胆に露出し、裾が太腿まである服を着たエレナがクルクル回っている姿だった。
視線を合わせた二人は、しばしの硬直ののち、メイクが口火を切る。
「それが買っていただいたという服ですか」
「そ、そうだけど……やっぱり、似合わない……かな……」
恥ずかしそうに俯くエレナにメイクは微笑む。
「いえ、とてもよくお似合いですよ」
「ほ、ほんと?」
「ええ」
褒められたのが意外だったのか、喜んでいたエレナだったが、「しかし……」と続けるメイクに顔を強張らせる。
「露出が多すぎます。聖紋をむやみに見せてはいけませんので、普段着としては使えませんね」
「……そっか、そうだよね」
目に見えて落ち込んだエレナに、メイクは苦笑する。そしてエレナに近づくと、優し気に頭を撫で、言葉を続けた。
「ですので、それを着てもいいのは二人だけの時、ということで」
頭を撫でるという行為に慣れていないのか、ビクビクしていたエレナだったが、その言葉に顔を上げると、その言葉が嘘ではないと言わんばかりに微笑むメイクの顔を見て、釣られたように微笑んだ。
「さて、明日は少し街を歩きます。早いところ寝ましょうか」
「……そうね」
メイクの言葉を聞いて、少し名残惜しそうにしていたエレナだったが、やがて納得したかのように頷くとベッドへと向かう。
「おやすみ、エレナ」
「おやすみなさい、メイク」
夜になり、だいぶ静かになったとはいえ昼間の活気とは違う人々の声は、微睡まどろみ始めたエレナの耳に心地よく、その内規則正しい寝息を立て始めるには十分な子守歌となった。




