魔物の襲撃
「敵襲! 敵襲!」
真夜中の城に兵士の叫び声が響き渡った。シヴァのいる東の塔で仮眠をとっていたハイネは跳ねるように飛び起き、塔の最上階へ掛け登った。
眼下に広がる城下町。その大通りの先にある巨大な門は無惨にも壊され、あらゆる種類の大量の数の魔物が次々に侵入する。城の正面からは帝国軍の騎士団が慌てて飛び出す。商店街の中央で魔物と帝国軍騎士が衝突した。
「敵襲だって! 一体どうして!」
『戦わなければこの城は墜ちる。小僧、つべこべ言わずに行け!』
ハイネがシヴァに魘され城下町に降りたとき、城下町は既に魔物と騎士団の殺し合いが始まっていた。逃げ惑う人々は叫び、魔物は唸り声を上げる。倒された松明が建物を燃やし、赤く燃える。昼間のように明るい城下町にハイネは唖然とした。
「ぼうっとするな、ハイネ!」
先に着いていたレイドールは魔物を切り刻みながら叫んだ。眉間に皺をよせ、腰の剣を引き抜き、雄叫びを上げながら魔物の群れに突っ込んだ。
凪ぎ払った剣を更に振る。けたたましい叫び声と共に魔物の血肉が吹き飛ぶ。次々と群がる魔物を凪ぎ払いながらハイネは大空いっぱいに叫んだ。
「シヴァッ!」
耳を襲う巨大な咆哮。東の塔から飛び降りたシヴァが魔物を踏み潰した。群がる魔物を巨大な尾で凪ぎ払うと、更に巨大な咆哮を上げた。
燃え上がる城下町。壊された門から湧き出る無数の魔物。まるで悪夢だ。先陣をきる騎士隊もさすがに焦っている。これ程までの数の魔物が何故城まで辿り着くことができたのか。しかし、今はそれどころではない。巨大な鎌を振り回しながらレイドールは必死に指示を叫ぶ。
「女、子供は城の中へ! 騎士団は全力で魔物の進行を食い止めろ!」
シヴァの口からは火球が放たれる。爆音と共に魔物が宙を舞う。衝撃波が城を揺らした。
『これも全てユンフラングスの魔物、共和軍の魔物なのか!』
「一体どうなっている!」
鎌が魔物の首を撥ね飛ばした。
「騎士団長の留守を狙われたかもしれない!」
「でも何で!」
そんなこと知るか、とジュリアールは力任せに鎌を振る。血飛沫を浴びるジュリアールの顔は必死だ。
遠くで戦うアゼザルは楽しそうに大剣を振り回している。そのすぐ横で、アイムは不気味に笑いながら巨大なランスを突き刺す。左腕に構えたこれまた巨大な楯で魔物を突き飛ばすと悲鳴にも似た叫び声を上げながらまた、突き刺した。
「死ね、死ね、死ねぇぇぇっ!」
帝国軍の必死の抵抗をももろともせず、魔物は次々と押し寄せる。
騎士団の消耗も激しい。血を吐き出した騎士がそこらじゅうに倒れている。魔物の爪に切り裂かれた者。魔物の牙に引き裂かれた者。城が陥落するのも時間の問題だった。
「ハイネ! 竜と共に魔物を操る魔女を探せ!」
「魔女を? この魔物は魔女の仕業なのか!」
「魔物を操れるのは魔女だけだ! 魔女を探せ、急げ!」
シヴァ、と叫ぶ。魔物を口で持ち上げ放り投げると、シヴァは軽く羽ばたきハイネの元へ。首を下げ、ハイネを乗せると今度は大きく羽ばたいた。群がる魔物が風圧に吹き飛ばされる。巨大な竜が地面を蹴り、宙に浮いた。背中に股がったハイネは必死に魔女を探す。
「魔女は何処だ!」
『魔物の群れを辿るぞ。手掛かり位はあるはずだ』
シヴァの翼が羽ばたいた。城下町を眼下に捉え、シヴァは滑空する。魔物の群れは森の中から続いていた。進行を食い止める防衛線は崩れていた。
「防衛線が・・・。一体どうして?」
『おかしいな、人の気配がしない。魔物の単独行動か?』
「そんな筈はないだろう。魔物が集団で行動するのも、魔女の仕業としか考えられない」
魔物を操る事のできるのは魔女だけだ。あらゆる種類の魔物が一ヶ所に集まっているとなれば魔女を疑う他にないだろう。それに加え・・・
「共和軍の兵士が見当たらない」
前回の襲撃の時、共和軍の兵士と共に魔物は訪れた。今回のヴァリシュリア城襲撃に共和軍の兵士が見当たらない。魔物が魔物だけで集団行動をするとは考えにくく、何かしろ「人」が関わっている事は確実なのだ。
『では魔女の単独行動か? ユンフラングスの魔女ナタリアはあの女戦士と共にいる。ならば他の魔女か』
「とにかく急ごう。あの森の中へ」
シヴァば滑空し、森の中の森林に消えていった。
シヴァの背から飛び降りると、ハイネは直ぐに走り出した。森の中にいる魔物の群れの中心に飛び込むと、腰の鞘から抜き様に剣を凪ぎ払う。そのまますぐに両手で構え、目の前の魔物を叩き切る。
吹き出した血を全身に浴びながら駆け出した。飛び掛かってきた魔物を殴り付ける。人型の魔物の拳を転がり、避ける。直ぐに立ち上がり頭部に突き刺すと魔物は奇声を上げてのたうち回った。
『人の臭いだ、走れ小僧!』
ハイネの目の前に立ちはだかる魔物を自らの火球で吹き飛ばしながらシヴァは叫んだ。焼ける肉の生臭い臭いの中、ハイネは更に奥へと突き進む。
燃え盛る火の海の中、駆けるハイネの目の前に黒いマントの女が突然現れた。女は光弾を投げるようにハイネに撃ち出す。剣で弾くとそれは地面で爆炎を上げた。剣を大きく振り上げ、女に斬りかかった。ぐっ、という女の圧し殺した声と共に女は後ろへと下がる。僅かにかすった剣は女のマントの下まで到達しており、だらだらと赤黒い血が女の右肩から垂れ流れていた。
「魔物を操っているのは貴様か!」
息を荒げながら、女は小さな笑みを浮かべる。
「他に誰がいるって言うんだい? こんな森の中の奥深くで」
ハイネは剣に付いた血を振り飛ばし、鋭い眼光でまた構えた。何時でも斬りつける距離までゆっくりと歩み寄る。
「何故城を襲う! 共和軍に荷担しているのか!」
「共和軍? はっ、聞いて呆れる。私達魔女が共和軍の味方をするとでも? ユンフラングスの魔女とは違うんだよ! 魔物を放った理由はただ一つ、帝国軍を潰すためさ」
魔女は更に光弾を放つ。身を翻しそれを交わす。その僅かな隙を見て、女は木の枝に飛び乗った。
「魔女! やはり貴様は魔女なのか!」
「そうさ。ユンフラングスの弱腰魔女とは違う、ガタラマストスの魔女さ!」
ガタラマストスの魔女は両手で光弾を放つ。次々と放たれる光弾を避けながら、ハイネは僅かに退く。先程までとは大違いな笑い声を上げたガタラマストスの魔女は木から木へと飛び写って、更に森の奥へ進んでいく。逃がすまいとハイネは魔女の後を追った。
「シヴァ、城に戻って魔物を!」
『貴様は!』
「ガタラマストスの魔女を追う!」
『死ぬなよ! その命、我のモノでもあるのだ!』
シヴァはそう言い残し、飛び立った。焼け尽く火の光も届かない森の奥深くに、ハイネは一人飛び込んだ。
「ガタラマストスの魔女、答えろ! ユンフラングスの魔物を操ったのも貴様か!」
「だから言ってるだろう? 共和軍も、帝国軍の味方もしないって!」
走り続けて更に森の深くへ。シヴァが燃やした焔の光すら届かない、真っ暗な奥地に辿り着くと、ガタラマストスの魔女は枝から飛び降りた。少し遅れてやってきたハイネ。
「何処まで逃げるつもりだ?」
「こうもしぶといとは思わなかったさ。忌まわしき竜の子め」
吐き捨てる魔女の言葉にハイネ眉一つ動かさない。
「この状況下での魔物の襲撃。貴様、城の状態を知っているな!」
「ガナムと騎士団の不在の今、狙うしかないだろう?」
「何故それを!」
そんなことどうでもいい、と魔女は振り払うように幾つもの光弾を放つ。剣で受け流し、魔女との距離を詰める。
魔女の懐に入ると、剣を大きく凪ぎ払った。魔女は腰から引き抜いた短剣でそれを受けると、身を翻した。宙で一転すると直ぐに距離を空ける。
「お前を殺す!」
「さすが紅い悪魔だ。口から出るの言葉は殺すと復讐か? 忌まわしい男だ」
飛び上がった魔女は光弾を雨のように放つ。地面を転がり、木々の影に身を隠す。衝撃が辺りを吹き飛ばす。木々の破片やらが舞い散り、ハイネは頭を庇うように地面に伏せた。魔女は宙に浮いたまま光弾を次々と放ち続けている。
「此処までこれたお前に良いことを教えてやる。私に騎士団の不在を教えたのは・・・」
ーー帝国軍内部の人間だ。
「何だって!」
「お前達の中に裏切り者がいるって事だよ。さぁーて、一体誰かな?」
魔女はそう言い残すと、煙となって夜の空に消えていった。身体中に乗った塵やら破片を払い落としながらハイネは立ち上がる。既に魔女の姿はない。剣を腰の鞘に納めると、ハイネは辺りを見回した。
「裏切り者は誰だ?」
ハイネの問いに答える者などいなかった。静寂がハイネを包み込む。




