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青春病。  作者: 翠吉
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83/105

積み重ねてきた数多の「一本」


八対七。

神谷はゆっくりと息を吐いた。

点差は四点あっても、一点しかなくても変わらない。

見ているのはスコアじゃない。

相手の目。

助走。

踏み切り。

レシーバーの肩。

ブロッカーの重心。

全部が次の一本へ繋がる情報だった。

白鷹は強い。

高さだけじゃない。

全員が同じ景色を見ている。

だから判断が速い。

少しでも迷えば、その一瞬で流れを持っていかれる。

だから神谷も迷わない。

「ナイス。」

守屋へ短く声を掛ける。

守屋は軽く親指を立てた。

もう何も説明はいらない。

どの高さへ返せば神谷が一番使いやすいか。

どの位置なら攻撃の選択肢が増えるか。

守屋は理解している。

一年の頃は違った。

レシーブは上がる。

でも攻撃に繋がらない。

何度も言った。

「あと半歩。」

「あと少し前。」

「そこじゃない。」

何百本も繰り返した。

今では神谷が動き出したい場所へ、自然とボールが返ってくる。

「一本。」

守屋が笑う。

「ああ。」

それだけで十分だった。

白鷹のサーブ。

レシーブがわずかに乱れる。

神谷は迷わず落下点へ走る。

ライト。

蓮。

ドンッ!!

真正面には三枚。

それでも蓮は強引に振り抜く。

バシッ!!

ブロックの指先を弾き、ボールはコートの外へ飛んだ。

ピーーーッ!!

九対七。

神谷は静かに相手コートを見る。

やはり蓮には三枚付く。

それでいい。

蓮は止められないから使うんじゃない。

三枚引き寄せられるから使う。

相手が一歩寄れば、どこかが空く。

その一歩を作るために蓮はいる。

怪我をする前なら、無理に打ち抜こうとしていた。

今は違う。

ブロックを利用することも覚えた。

決め切れなくても焦らない。

一本で終わらなくても、次へ繋げる。

あの苦しかった時間は、蓮を確実に強くした。

白鷹の攻撃。

レフトから打ち込まれる。

水谷が一枚で飛ぶ。

完全には止められない。

ボールは大きく弾かれた。

「ある!」

守屋が滑り込む。

パシッ!!

低い返球。

神谷が間に合わせる。

「水谷。」

速いトス。

ドンッ!!

ブロックアウト。

十対七。

水谷はガッツポーズをしない。

静かに拳を握るだけだった。

苦しい時ほど、一番最初に声を出す。

流れが悪い時ほど、一番最初に笑う。

そんな背中を三年間見てきた。

だから誰も下を向かない。

「もう一本。」

「ああ。」

神谷は白鷹ベンチへ目を向ける。

まだタイムアウトはない。

向こうも分かっている。

この程度では流れは変わらない。

だから神谷も焦らない。

相手セッターを見る。

右足。

肩。

目線。

速攻を使う時だけ、ほんの少しだけ癖が出る。

「杉山。」

「はい。」

「真ん中。」

杉山は頷く。

それだけで伝わる。

サーブ。

レシーブ。

セッターがボールへ入る。

右足が開く。

肩が少しだけ前を向いた。

来る。

「真ん中!」

杉山が飛ぶ。

神谷も横へ並ぶ。

バシィッ!!

二枚のブロックが完全に重なった。

ボールは真下へ叩き落とされる。

ピーーーッ!!

十一対七。

会場が揺れるような歓声に包まれる。

守屋が拳を突き上げる。

蓮が静かに拳を合わせる。

水谷が全員を集める。

神谷は一度だけスコアボードを見上げた。

十一対七。

四点リード。

まだ序盤だ。

王者・白鷹相手に四点差など、一度のサーブで消える。

だから油断はない。

その時だった。

相手コートで月島が静かに手を叩く。

「いいブロックだ。」

その一言だけだった。

それだけで白鷹の空気が変わる。

誰一人焦っていない。

誰一人下を向いていない。

神谷は小さく笑った。

「そう来るよな。」

王者は簡単には折れない。

だからこそ、この試合は面白い。


十一対七。

蓮はゆっくりと息を吐いた。

膝の痛みはない。

踏み切りも問題ない。

それでも、あの日だけは忘れられない。

新人戦。

跳ぼうとした瞬間、右膝が抜けた感覚。

床へ倒れ込んだ自分。

体育館が静まり返ったあの音。

あの頃なら、この大歓声を聞くだけで胸が締め付けられていた。

だけど今は違う。

「蓮。」

神谷の声が聞こえる。

その一言だけで体が動く。

神谷が上げる。

そう信じられる。

それだけで十分だった。

白鷹のサーブ。

守屋が綺麗に返す。

神谷がネット際へ走る。

相手ブロッカーが一歩、蓮へ寄った。

上がる。

そう思った。

しかし。

「水谷。」

レフトへの速いトス。

ドンッ!!

水谷が打ち抜く。

十二対七。

蓮は思わず笑う。

(やっぱそうするか。)

神谷は相手の視線まで使う。

自分が助走へ入るだけで、一枚、二枚とブロックが寄る。

それを利用して味方を空ける。

自分は囮でもいい。

その一本で点が入るなら、それが一番強い。

「ナイス。」

水谷が軽く拳を合わせる。

「ああ。」

短く返す。

次の一本。

白鷹は高さで押してくる。

ドンッ!!

強打。

守屋が反応する。

パシッ!!

低い。

神谷が滑り込む。

トスは少しだけネットから離れた。

(届く。)

蓮は迷わず助走へ入る。

ブロックは三枚。

真正面。

普通ならコースを変える。

フェイントもある。

でも。

(抜く。)

ドンッ!!

右腕を振り抜く。

ボールはブロックの指先を強引に弾き飛ばした。

外へ弾かれる。

ピーーーッ!!

十三対七。

歓声が響く。

白鷹のブロッカーが思わず顔を見合わせる。

蓮は何も言わない。

ただ神谷を見る。

神谷も何も言わない。

小さく頷くだけ。

それだけで伝わる。

次も来る。

そういう合図だった。

白鷹はすぐに一点を返す。

十三対八。

そして次のラリー。

サーブレシーブが少し乱れた。

神谷が体を伸ばして何とか触る。

高いボール。

「蓮!」

ネットから離れている。

助走も合わない。

それでも跳ぶ。

空中でブロックを見る。

三枚。

レフトは空いている。

(水谷。)

あえて強く打たない。

ブロックの手へ当てる。

ポンッ。

狙い通り真上へ浮いた。

「ナイス!」

神谷がすぐ下へ入る。

「水谷!」

今度こそレフト。

ドンッ!!

誰もいないコースへ突き刺さる。

十四対八。

蓮は着地すると、小さく息を吐いた。

以前の自分なら、あの一本も無理やり打ち抜いていた。

決めることしか考えていなかった。

でも今は違う。

一本で決まらないなら、二本目でいい。

自分が決めなくてもいい。

勝てばいい。

それを教えてくれたのは、神谷だった。

「ナイス。」

神谷が横を通る。

「次も使う。」

「ああ。」

その一言で十分だった。


十四対八。

水谷は深く息を吸った。

肺が熱い。

足も重い。

それでも不思議と苦しくはなかった。

この景色を何度も夢見てきた。

インターハイ。

全国ベスト八。

春高王者を相手に最終セット。

こんな舞台でバレーができることが、ただ嬉しかった。

一年の頃は追い掛けるだけだった。

二年では支えることを覚えた。

そして三年。

今は、このチームを勝たせることだけを考えている。

神谷がボールを持つ。

守屋が拾う。

蓮が跳ぶ。

みんなが自分の役割を全うしている。

だから自分も迷わない。

「瞬。」

神谷の声。

短い。

でも、それだけで分かる。

上がる。

助走へ入る。

相手ブロックは二枚。

蓮へ一枚寄った。

(空いた。)

ドンッ!!

ストレートへ叩き込む。

パシッ!!

拾かれた。

「返る!」

白鷹も簡単には終わらない。

速い展開。

レフト。

ライト。

時間差。

神谷がブロックへ飛ぶ。

ワンタッチ。

守屋が拾う。

岡田が繋ぐ。

もう一度神谷。

「瞬。」

二本続けて自分。

ブロックは三枚。

(十分だ。)

手首だけを返す。

ドンッ!!

ブロックアウト。

ピーーーッ!!

十五対八。

「ナイス!」

守屋が真っ先に駆け寄る。

「いいぞ!」

蓮も拳を合わせる。

水谷は小さく笑った。

みんな、本当に強くなった。

一年の頃。

神谷は誰より厳しかった。

「遅い。」

「低い。」

「甘い。」

何度言われたか分からない。

正直、腹が立ったこともある。

でも神谷は、自分にも同じだけ厳しかった。

誰より練習して。

誰より残って。

誰より早く体育館へ来る。

そんな姿を見ていたから、誰も文句は言えなかった。

「もう一本。」

神谷が言う。

「ああ。」

それだけ返す。

白鷹も意地を見せる。

鋭いサーブ。

岡田が崩される。

神谷が走る。

トスは少し乱れた。

(ここだ。)

水谷は助走を止めない。

完璧なトスじゃない。

だからこそ、自分が合わせる。

ドンッ!!

ブロックの腕を吹き飛ばす。

しかし。

パシィッ!!

白鷹のリベロ。

また拾いた。

(本当にしぶとい。)

攻撃が返ってくる。

高い打点。

杉山が飛ぶ。

ワンタッチ。

守屋。

神谷。

「蓮。」

ドンッ!!

今度は蓮が決める。

十六対八。

「ナイス。」

水谷は蓮と拳を合わせた。

エースがいる。

日本一のセッターがいる。

日本一のリベロになれる守屋がいる。

派手じゃない。

でも誰より繋ぐ岡田がいる。

杉山も小林も体を張り続ける。

(このチームで良かった。)

そう思った。

ふとベンチを見る。

結衣が両手を強く握り締めながら、誰より大きな声で応援していた。

入学したばかりで右も左も分からなかったあの子が、今では誰よりこのチームを見ている。

マネージャーも含めて、このチームだった。

水谷は静かに前を向く。

あと九点。

いや。

あと九本。

一本ずつ。

それだけでいい。

主将として、最後まで誰より前を向いて戦い続ける。

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