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青春病。  作者: 翠吉
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青春病。 私が患った病。

15歳の春。入学式の日に出会ったのは、温度のない声をした背の高い先輩だった。

誰もいない体育館に響く、鋭いシューズの音と、空気を切り裂くサーブの音。

その一瞬で、私は心臓を射抜かれてしまった。

――これは、私が患った「青春病」の記録。

青春病。


それはきっと、誰もが夢見て、

誰もが思い返すもの。

私にもあった。


あの、熱くて、苦しくて、

でもどうしようもなく好きだった時間。

——きっとあれが、私の青春。


15歳の4月。

校庭の桜が、春の風に揺れていたあの時。


私が患った、ひとつの病だ。


入学式を終え、中学からの親友、葵と一緒に帰ろうとしていた。

 

「ねえねえ、なんかいい人いないかなー」

「急だね」

「だってさせっかく頑張って勉強して聖明学校に入学したんだよ?!青春しないとじゃん」

「どーせすぐ飽きるじゃん」

「え、ひっど!今回は違うし」

「はーいはい毎回聞いてますそれ」


体育館の脇道から校庭の桜が見えた。

「うわあ、桜綺麗だね」

思わず足を止めた瞬間

 ドン!

何かが頭にあたって視界が揺れた。

「え、いったぁ」

「大丈夫?」

「すみません」

温度の無い声が聞こえた。

その声がする方を見ると背の高い男の人がいた。

ワイシャツの裾を無造作に捲り上げ、ボールを片手で持ったまま真っ直ぐにこっちを見ている。

「……大丈夫?」

さっきより近くで聞いたその声はやっぱりどこか冷たかった。

「あ、はい、大丈夫……です。」

そう言いながら彼から目を逸らせなかった。

「ごめんね」

呼び止める間なく体育館の中へ戻っていく。

(……なにそれ)

普通もうちょっとなんかあるでしょ

「何あの人、感じ悪」

「って言いながらめっちゃ見てるけど大丈夫そう?」

「見てないし!」

――なのにあの声と後ろ姿が頭から離れなかった。

「ねえ、ちょっとだけ見てかない?」

「はい?」

「えだって気になるじゃん」

「はいでたでたいつものね」

体育館の入口から、そっと中を覗いた。

次の瞬間――――

ボールを叩く音が空気を切り裂いた。

(え、なに)

誰もいないコートにさっきの先輩がいた。

誰もいないコートにひとりで。

キュッ、キュッと、床と擦れるシューズの音だけが

不気味なくらいはっきりと聞こえる。

ボールを高く上に放る。

無駄のない動きで踏み込み

――打つ

乾いた音が体育館に響き渡った。

ネットを超えたボールがコートの奥角に突き刺さった。

すごい……そんな言葉じゃあ足りないくらいに。

もう一度ボールが上がる。

同じ高さ

同じ音

まるで機械みたいに性格で、

――なのにそのすべてが、美しく見えた。

「え、すごい」

気がついたら声が漏れていた。

「あれがさっきの感じ悪い人?」

「……そう」

さっきまで感じ悪いって思ってたのに

目が、話せなかった。

ボールを打つたび、少し乱れる前髪も

無表情のまま打ち続けるその姿も。

「なに……それ」

さっきとは違う意味でそう思った。


「え……なにあれ」

「さっきの人?」

「うん」

「あー多分私見たことあるかも」

「知り合い?」

「いやほら兄ちゃんバレーしてたじゃん?」

「うん」

「たしか、神谷 凛太郎って名前」

「有名らしいよ」

「そうなんだ」

神谷 凛太郎

頭の中でその名前が何度も繰り返された。

さっきの無表情もサーブも

全部まとめて、その名前に似合ってる気がした。

「ねね、もうちょっとだけ見てこ」

「はい出た」


――この時はまだ、

この瞬間に病を患ったと気づくことはなかった。



次の日、帰りのHRが終わった私は自然と体育館に足が向いていた。

(なんでだろ)

自分でもよく分からないまま体育館のドアを開けた。

「あれ……?」

中には誰もいないように見えた。

「見学?」

後ろから声がした。

振り返るとジャージ姿の先輩が立っていた。

「え、あ……はい、ちょっと」

「今日はねまだ誰も来てないと思うよ。」

「あ、そうなんですね……」

そう言いながら、少しだけホッとした。

 ――でも同時に

(なんだ……)

どこか物足りない気もしていた。

「あ、俺、水谷。部長やってる。」

軽く笑いながらそう言った。

「よろしくね」

「昨日さ、ここ来てなかった?」

「え?」

「もう一人女の子と一緒に見てたでしょ、あいつのこと」

ドクッ、と心臓が跳ね上がる。

「……神谷先輩ですよね?」

「そうそう」

水谷先輩は少しだけ笑った。

「あいつ、ああやって部活ない日に一人で打ってること多いんだよ」

「……そうなんですか?」

「まぁちょっと変わっててさ」

「……バレーのことになると、周り見えなくなるタイプ」

ガチャ、と

その時体育館の部室が開く音がした。

反射的に、そっちを見る。

理由もなく、わかってしまった。

(……来た)

足音が静かな体育館に響く。

現れたのは――

昨日とは違う姿だった。

紺色の練習着。

ワイシャツの面影なんて、どこにもなくて。

無造作に整えられた髪も、そのまま。

 ――神谷 凛太郎。

その名前が、また頭の中に浮かぶ。

「……おつ」

低くて、少しだけ乾いた声。

 ――それだけで、空気が変わった気がした。

その時、後ろから陽気で元気な声が聞こえてきた。

「部長ー!凛太郎さん!お疲れっす!」

「今日早いですね」

振り向くと、2年らしき男子が数人入ってきた。

一気に、さっきまでの静けさが崩れていく。

「あれ?」

その中の一人が首を傾げてこっちを見た。

「え、マネージャーっすか?」

 ――え。

一瞬言葉が出なかった。

「……いや、まだ……」

自分でもよくわならないまま、そう答える。

「じゃあついにマネージャー爆誕!?」

「いや……まだ入るとは――」

「あーここにいたの」

後ろから、聞きなれた声

振り向くと、少し呆れ顔の葵がいた。

「探したんだけど?」

「あ……ごめん、ちょっとだけ」

「はいはい 、ちょっとだけね」

ため息混じりに笑う。

「この子、気になることがあるとすぐ突っ走るから、見つけるの大変なんだよね」

「ちょっと、やめて」

「ほら〜図星」

「えっと……君たちは?」

部長が聞く。

「白石葵です。」

「で――」

こっちを軽く見る。

「橘結衣」

「さっき言った通り、勝手にどっか行くやつ」

「ちょっと!」

「守屋」

「はい!」

凛太郎がボールを軽く、回す。

「1本、レシーブ」

「は!?今からっすか!?」

「無理っすよ、まだアップも――」

「いいから」

……短い一言。

でもそれ以上言えなくなる。

「……はい。」

守屋は一度だけ息を吐いて構えた。

空気が変わった。

それだけで、守屋の実力感じ取れた。

トスが、静かに上がる。

床とシューズが擦れる音。

そのすぐ後。

バンッ、と音が弾けた。

空気を裂く一撃。

「……っ」

衝撃で、体が一瞬浮く。

次の瞬間、バランスを崩して後ろに倒れた。

「今のやば」

「守屋でも取れねえのか」

2年の先輩たちが苦笑いしながら言う。

「今のは守屋でも難しいね……」

水谷が誇らしげに言う。

(……なに、今の)

心臓が、速くなるのを感じる。

 ――気づけば目で追っていた。

視線の先で、

凛太郎は、もう次のボールを何事も無かったように拾っている。

「もう1本」

(うわ、この人鬼だ。)

「はいはい、部活始めるよー」

水谷の一言。

「部長助かりましたあ」

守屋から安堵の声。

水谷の声で、体育館の空気が少し緩む。

ボールの音がまた響き始めた。

「でさ」

軽く振り返ってこっちを見る。

「マネージャー、どう?」

一瞬、言葉に詰まる。

「え……」

「別に今すぐじゃなくていいよ」

「見てから決めても」

軽い口調。

でも、どこか真剣だった。

「全国、目指してるし」

その言葉でまた、空気が少し変わる。

「忙しいし、大変だけど」

「やるならちゃんとやっ欲しい」

さっきまでの柔らかさが、少しだけ消える。

(全国……)

さっきのサーブが頭に浮かぶ。

あの音。

あの速さ。

あの空気。

「……」

気づけば、もう一度視線が向く。

凛太郎は、何も言わずボールを上げていた。

変わらない無表情のまま。

でも――

(あそこに、立ちたい)

「……やります」

気づいたら、口が動いていた。

「お、即決?」

水谷が、少しだけ笑う。

「まぁ途中で辞めるのは無しな」

「はい」

「よろしくな、マネージャー」

心臓の音が、まだ少し速かった。

「あ、白石はどう?」

「え、うち?無理無理」

「結衣に任せるよ」

「じゃあ明日から、待ってるね」

水谷がニコッと笑った。

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― 新着の感想 ―
「乾いた音」と「無機質な視線」。 神谷凛太郎の圧倒的なカリスマ性に惹かれました。 「青春病」という表現が、甘酸っぱいだけじゃない、ヒリつくような15歳の衝動を完璧に表していますね。 あの鋭いサー…
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