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悠仁とルシファーは、裁判所の裏口から外へ出た。
来た時も裏口から入っていた。トラブルなど軽度の問題を起こした者は表から出入りするが、大抵の罪人は人目に触れないよう裏口から裁判所内に入ることになっている。
ルシファーは法廷内に残された時、ミカエルからちゃんと裏口から出てくれと言われていた。もしも彼の“うっかり”が発動していたら、ばっちり目撃されてあっと言う間に大混乱だった。
人気のない裏の扉を開けると、ミカエルが一人で待っていた。アブディエルたちや警備の姿はない。
「ゆっくり話せたか?」
「話したいことは話せた。我儘を言うなら、もう少し時間がほしかったが」
「罪人が我儘を言うな」
ミカエルが待っていたのは、ルシファーを処刑場のミグダル・ケラへ連れて行く為だった。
「今回もミカエルが処刑人か」
「いや。今回は見届け人だ。翼がないお前を追放するだけだからな」
「世話をかける」
「そう思うなら、バカな行動は最初から謹んでくれ」
ミカエルは腕を組み、冗談混じりに言った。
ルシファーには、その返しが酷く懐かしかった。思い出の中の台詞は冗談なんて微塵も含まれていなくて、棘がありまくりで刺されば身体中が穴だらけになりそうな口調だが、何だかとても罵詈讒謗されたくなってしまった。再会することができたら、そのくらいの言葉は浴びさせてくれる筈だ。
「ユージンも、大丈夫か?」
「うん。気を遣ってくれてありがとう、ミカエル。俺はもう大丈夫」
悠仁の表情を見て、ミカエルは安堵の首肯をする。
ミカエルは、色々あり過ぎて精神的にボロボロだった悠仁が心配だった。自身の秘密を知り追い打ちをかけられた姿を見て、そのまま物質界へ返すのも心痛から憚られ、誰かが救わなければと思った。悠仁を追いやった張本人のルシファーを当てたのは一か八かだったが、彼以外に適任者になり得る者がいなかった。
ミグダル・ケラに行く前に、思い出したルシファーが言う。
「そうだ悠仁。ブレスレットを返してくれないか」
「えっ。でもこれは……」
本当に外していいのかと、悠仁は躊躇する。さっきの説明では、呪いをかけたこのブレスレットを外してしまったら大変なことになってしまう。悠仁は実際には惨状を見ていないが、その所為で方舟が造られたことは覚えている。しかし、もうその心配はないらしい。
「私の血族が始まって何千年と経っているから、遺伝的な力はもう残っていないだろう。外しても大丈夫だ」
呪いの効力も切れているだろうとルシファーは不安な余韻を残すが、危険はないと信じて悠仁はブレスレットを外そうとする。
ところが、普段アクセサリーをしないので片手で外すのに慣れておらず、手こずってしまう。それを見兼ねて、ルシファーが手伝ってくれた。
ミカエルはその光景を微笑ましく見ていた。その時ふと、物質界にいる時にたまたま知った「縁は異なもの味なもの」という言葉を思い出す。特に男女間の例えで使われることわざだが、この二人の縁も常識では考えられない不思議な縁だ。例え必然性が伴っていたとしても、出会う確率が七十八億分の一ととてつもなく低かったのに、二人は出会うべくして出会い、血縁関係とは違う縁が現れたように思えた。
悠仁とルシファーの縁は、この二人にしか作れない唯一の繋がりで結ばれたのだと。
無事ブレスレットは外れ、悠仁にも異変はなかった。それはよかったが、悠仁は返すのが惜しかった。色々あり、記憶もなくなってしまうのかもしれないが、ルシファーとの繋がりを示す唯一のものだから、できれば持っていたかった。
そんな悠仁の物惜しげな気持ちが表情に出ていたのか、ルシファーは機転を効かせた。
「それじゃあ、ブレスレットの代わりにはならないかもしれないが……」
一房の髪を束ねていたリボンを解いた。
「今度はこれを、お守り代わりにしてくれ」
そしてそれを、ブレスレットを付けていた左手首に巻いてくれた。絹のような上質な繊維で作られているリボンは、日が当たると上品に控えめに艶めいた。
「ありがとう」
「ルシファー。時間だ」
ミカエルは、約束の時間だと告げる。
手錠をされると思っていたルシファーは、両手を差し出した。しかし、今回は使わない。ルシファーに抵抗する意志が全くないから必要はないと言う、ミカエルの温情だった。だからミカエルの他に、警備も誰もいなかったのだ。
「では、行こうか」
「待ってくれ」
ミカエルがルシファーを連れ立とうとすると、悠仁は引き止めた。別れが辛いとか、判決に納得していなくて控訴を主張したい訳でもなかった。
「これからルシファーは、また処刑場に行くんだろ」
「そうだ。またかと思うかもしれないが、そういう形式なんだ。だから悠仁は一度、公安本部に戻っていてくれ」
あとはこちらに任せてくれ、と言うつもりだったミカエルだが。
「あのさミカエル。俺も一緒に行ったらダメかな」
「ユージン……」
「頼む。一緒に行かせてくれ。巻き込まれたからとか全然関係なく、ルシファーが歩んだ運命を、最後まで見届けさせてほしいんだ」
悠仁は、その瞬間を見届けなければ終われないと感じた。ルシファーの幕引きはある意味、自身の幕引きでもあるから。
最初こそ強引だったが、途中からは自分の意志で関わり行動してきた。ルシファーが選択した運命と貫き通した思い、それを辿るように追い、覆された既成概念と固定観念。そして、自分の進む運命を選択した。ルシファーの思いを受け継いでその道へ進む為に、ちゃんとバトンをもらわなければならない。
「……わかった」
悠仁を帯同させるのは裁判の傍聴までと決めていたが、残る行程は一つ。ならばと気持ちを汲んだミカエルの一存で、悠仁も一緒に行くことが許された。
そしていよいよ、全ての終止符を打つ場所へと向かった。




