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オルネフォルの軌跡  作者: はづき愛依
祝福の園 Ⅲ
102/106

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「……でも、わからないんです。もう信じられなくなってるんです。自分も、何もかも。なのに、どうしたら……」

「そうだよな。悠仁が突き付けられた現実は、簡単に受け入れられるものじゃないよな。こんな私が何を言っても、君を勇気づけることはできないかもしれない……でもどうか、自分のことは信じてあげてほしい。信じることは自信となって、自信は必ず君を助けてくれるから。それが、君にとって一番の希望となるから」

「ルシファー……」


 不安がる悠仁が眼差しを向けると、「大丈夫」だと微笑みながらルシファーは頷いた。

 悠仁の不信の対象は、ルシファーも含まれている。ルシファーには極めて重要なことを隠され、意図して自分が使われたことは簡単には許せない。さっき面責した言葉も本心だ。

 けれど知っている。本当は、隠しごとができる人ではないのだ。悠仁に黙っていたのは必要なことで、きっとルシファーも不本意な真実の明かされ方をしたのだ。

 ルシファーは決して、悪ではない。悪なら、こうして隣にいない。

 心が、柔らかく温かい光のように大きな両手で包み込まれた。その手は凝固した塊も包み込み、溶解させていく。


「……俺、大切なものを傷付けられたくないです……どうしたら、守れますか」

「……考える」

「何を、考えるんですか」


 ルシファーは悠仁の隣に立った。敬愛されていた頃と変わらない哀れみ深さを持ちながら、悠仁の為に寄り添おうとする。

 永い時間を人間として生き、初めから物質界で生きていたように、自分の世界のように物質界のことを考えてきた。人間ではないから正しい捉え方ではないかもしれないけれど、希望は未来と繋がっていることを知ってほしかった。


「物質界で生き続けて、わかったことがあるんだ。対立が生まれるのは、様々な理由で擦れ違ってしまうからだ。けれどそれは、個々に貫きたい強い思いがあるからだと思うんだ。見た目の差別や価値観が違うからと言って、否定し合うのは間違っている。だが、それぞれに異なる理想を持つのは否定するものじゃない」

「そうしたら、お互いを受け入れることはできないです。誰かがどっちも違うと言えば、間違いに気付いて和解はできませんか」

「それは違う。理想を否定してしまったら、その人間そのものを否定することになるし、新たな火種を生みかねない」

「じゃあ、どうしたら?」

「悠仁。私はね、人間が対立するのは、きっと進化を望む向上心を育て続けているからだと感じるんだ。原始を捨て、よりよい社会を築こうと。仲間の為に、家族の為に、そして民の為に。数々の失敗を繰り返しながら、良い意味での欲望を求めたが故の対立と衝突なんだ」

「それじゃあルシファーは、進化の為なら、対立もその末の争いも仕方がないと思ってるんですか?」


 悠仁の疑問に、ルシファーは首を横に振る。


「そう言う訳じゃない。争うことは絶対に肯定しないし、犠牲が出るのは仕方がないとも言わない。対立を生むのは、相互理解の不足だ。私も、アブディエルへの理解の必要性に気付いていればもっと会話もしたし、思考の深層もわかってやれたかもしれない。そうすれば彼の方からも会話を求められ、共に道を歩めたかもしれない。人間もそういったことに気付いて補えれば、“間違い”は生まれないと思う」


 ルシファーの所感には頷けると思う。けれど悠仁は、実際にそうはできなかった。


「……でも。悪化し続ける状況で、相互理解ができるようになると思いますか」

「それは、人間次第だ。相互理解は、違いから始まる。しかしその違いには、可能性が包まれている。でも、中身が不明の包みを開くのが怖いんだ。『相容れない』という先入観が、先走っているからなのかもしれない」

「先入観が、相互理解を妨げてる……?」

「そう。だから先入観を取り払い、互いの向上心が向かう真の方向が明白になれば、やがて相互理解が得られる気がする」


 ルシファーは、導いた可能性を説いた。しかし悠仁の心には、まだ少し希望の光が足りていない。


「悪に目覚めた人たちに、それはできるんですか?一方的に悪を振りかざす人と、和解できるんですか?」

「それを考えるんだ。どうしたら武器を下ろすのか。どうしたら真摯に向き合うのか。どうしたら同じ答えを導けるのか。どうしたら握手ができるのか。そうすれば、何をするべきか、どうすれば大切なものが守れるかがわかる筈だ」

「……相互理解への道を、考える……」

「世界はこのまま進む。と言うことは、時間は止まらず進み続けると言うことだ。否応なしに進み続ける時間は無限だ。だが、悠仁の時間は無限じゃない。その限られた時間で、一生懸命考えるんだ」


 それは、一番確実で、一番難しい方法。しかも、完全な相互理解は不可能。しかし、真摯に向き合うことでしか相互理解は成し得ない。

 悠仁はこれから、変わってしまった世界と向き合い、理解しなければならない。だが理解は、“すぐに受け入れる”ことではない。その為の“準備”だ。


「……いつか本当に、望む未来に辿り着けるんですかね……」

「誰にもわからない未来は怖いか?」

「当たり前です。未来が見えたらどんなにいいか」

「でも見えたら、人生の醍醐味がなくなる。未来がわからないから、そこに向かって生きるんじゃないのか?」

「そうかもしれないですけど……」

「超難問に挑むと思えば、生き甲斐も出てこないか。謎解きは好きだろ?」

「こんなの謎解きじゃないですよ。そうやって、また俺一人に背負わす気ですか」

「悪い。冗談だ」


 和ませようとしたルシファーは、一笑した。つられて、悠仁の表情が少し和らいだ。さっきまで気分はどん底だったが、悠仁の心が落ち着くようにルシファーが雰囲気や話し方を合わせてくれたおかげで、だいぶ安定してきた。


「……俺、自分のことしか考えてませんでした。自分だけが不幸だと思ってた……逃げられないんですよね。自分が繋がってる場所からは、絶対に」


 悠仁がどこに逃げようとしても、きっと運命の赤い糸のように世界と繋がっていた。例え魂だけとなっても転生は望まず、ルシファーのように気掛かりになったり、メタトロンのように怨念を抱き、この世を彷徨ったことだろう。それは、悠仁自身が一番望んでいない。

 テロに巻き込まれた悠仁にとって、今世界で起きていることは「自分事」となった。ならば、逃げる足を止め、震える身体に力を入れ、毅然と生きる道しかない。

 悠仁に、覚悟する準備ができた。


「ルシファー。俺、考えます。自分の未来のことも含めて、これからの世界と向き合います」

「悠仁……」

「あーでも。期待しないで下さいね。自分の選択を後悔して、また挫折したりするかもしれないし」

「大丈夫だよ。物質界へ帰ったら、辛かったことも全部忘れる筈だから」

「………え?」

「え?」


 どうやら擦れ違いの疑いがあるようで、クエスチョンマークを頭上に浮べて二人は目を合わせる。


「全部忘れるって、何ですかそれ」

「あれ。記憶は消えることを聞いていないのか?」

「聞いてないです……え。うそ。そうなんですか?何でもっと早く言ってくれないんですか!」

「いや。てっきり、ミカエルあたりから聞いているかと思ったんだが」

「全然知らなかったですよ!ええーっ!そうなのかよ!そうならそうって言ってくれれば、死にたくなるくらい悩まなかったのに!」


 苦悶くもんから開放されたばかりなのに、今度は無駄に精神を削られた何とも言えない悔しさにもだえる悠仁。何故こんな悶えることになったのか、経緯を辿ると原因の一人が浮上する。


「じゃあ、メルキゼデクが言ってたことは?」

「何か言われたのか?」

「記憶が消えても、世界がこのまま継続されれば、刺激で記憶が蘇ることもあるって言われたんですよ」

「そんなことを言われたのか……それは何の確証もないデタラメだ」

「デタラメ!?」


 メルキゼデクは口が達者で、話術で相手の心を掌握する。中級天使にも関わらず議員になれたのも、アブディエルを上手く乗せたからだ。悠仁も同じように掌握され、そう思い込まされたのだった。


「嘘なんですか!?マジかよあいつ……!」


 悠仁は一発殴りたくなり、密かに拳を作った。勿論、本当に手を挙げることはしないが、あの時、誘惑された薄弱な自分も殴ってやりたかった。


「大事なことなのに、すまない」

「ルシファーって、本当に抜けてますよね」


 昔のベリアルと同じことを言うと、彼にチクチク言われていたルシファーを思い出した。

 ルシファーがちょっと抜けていたのは昔だけに限らず、同居していた時もそうだった。海外出張から帰って来たら部屋の鍵がないと授業中やバイト中に連絡があったり、料理は上手いのに何故かたまに調味料を間違っていたり、電源を入れないまま掃除機をかけていたこともあった。

 色々思い出した悠仁は、笑いを漏らした。


「数千年て生きてても、変わらないんですね」

「それはディスってるのか?」

「一応褒めてるんです」


 それがルシファーのいいところだからそのままでいてほしいと、悠仁は言った。変わる必要がないのなら、変わらなくていい。不変も守るものの一つだ。

 守るものと、変わるもの変えるもの。何を選ぶのが“正しい”のかは、考えながら答えに進んで行くしかない。その為に時間がある。命がある。


「悠仁。私の願いを、再び託していいか。自分の願望の為じゃなく、純粋な願いを」

「いいですよ。猫の姿じゃないんで」


 イジられたルシファーは苦笑いした。ささやかなお返しをした悠仁も、一緒に笑った。


「願いは何ですか?」

「……諦めるな」

「……ほんとに、ずるいなぁ」


 新しい願いを託された悠仁は、困ったように溜め息混じりに微笑した。

 溶けずに残っていた塊は、いつの間にか殆どなくなっていた。




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