第33話 海へ
そうしてヒメ達は、ようやく元いた場所まで帰ってきたのだった。ようやく、といっても、あまり時間は経っていない。あれほど激しい戦いであったのにも関わらず、時間は無慈悲にもそうではないと伝えてきているようだ。
さて、「元いた場所」だが、そこは既に見る影もないほどに変貌してしまっていた。残っていた僅かな人も消え、崩れかけの廃墟と化してしまっている。風の吹く音が、傷口に塩を塗るように寂しさをより一層際立たせる。
「嘘......」
ヒメは愕然とする。もちろん、立派な街があったわけでもなければ、荘厳な建物があったわけでもない。しかしそれでも、人の住む場所と、まだ小さくとも未完成の宮殿は、形としてあったのだ。今はそれすらない。
「こんな、どうして......?」
「巫女がいなくなったからだ。簡単なことだろう。巫女は私達の力を、その身体を通じて周囲の環境や人間に力を与える。それゆえに巫女は人々の拠り所となるのだ。逆に、巫女のいない場所が栄えることなどない」
ショックを受けているヒメにガルダは容赦なく言う。巫女は鳥と魂のレベルまで繋がり、それを巫女以外の人間に分け与える。例外はない。
「じゃあ、ここがこうなったのも、私のせいってこと!?」
「そうだ」
「納得できない!」
「では確かめるか?」
「どうやって?」
「記憶の海ね」
「なんだそれ?」
「遠いの?」
「遠くはないわ。記憶の海へ行けば、過去を全て見ることが出来るのよ」
「全て、ですか? しかしそれはどうやって?」
「フフ、行けば分かるわ」
「......行くのか?」
ガルダが顔色をうかがうようにして聞く。ヒメに聞いているようだ。ヒメはそのことに少し戸惑う。
しかし、過去を見ることが出来るという記憶の海へと行けば、今自分が知りたいと思っていることを知ることが出来る。
「えぇ、行くわ」
そのように決断したヒメに文句を言う者も異議を唱える者もいなかった。
ヒメ達は再びオコナ達の背に乗り、記憶の海へと向かった。
しばらくして、記憶の海という場所の近くまで来た。
「見て。あれが私達が海と呼んでいるものよ」
オコナがそう言った先にあったものは、宙に浮いている球体となった大きな水だった。
海まではまだ距離がある。しかしそれでも、周囲の殺風景な景色の中で圧倒的な存在感を放っていた。
「あそこに行けば、私達がいない間に何があったのか分かるの?」
「えぇ、そうよ。具体的には、海を泳いでいる魚を食べると頭の中に過去のことが流れ込んでくるのよ」
「どういうことだ、そりゃあ?」
ゴウマを初めとして、ヒメやナビ、シイトはオコナの言っている意味が分からなかった。
「つまりそれは、魚が過去の情報を持っている、ということですか?」
「その通りだ。私も理屈までは分からないが、あそこで泳いでいる魚を食らうと望んでいる、あるいは必要な情報が自分の中に入ってくる。まるで天啓のようにな」
ミュソスの推測はどうやら正しいようだが、ガルダやオコナもミュソスの推測以上の答えを持ってはいないようだ。この世界の支配者のように振る舞う鳥達にすら未知の存在に、その場にいた多くの者は心の中で二の足を踏む。しかしその中であってもヒメは立ち止まらなかった。
「なら早く行きましょう。あの気持ち悪い、魚? ってやつを食べなきゃいけないのは気が進まないけど、そうしないといけないらしいし......」
「そうねぇ。私達もあなた達を早く運んであげたいのだけれど......」
オコナが何か渋い顔をしている。言い方も何か気になる。
「行けない理由でもあるの?」
ナビが聞く。その瞬間、ヒメ達の上空を大きな影が覆った。
「行けない理由はない。ただ面倒な理由があってな。ちょうど、向こうから来てくれたようだが」
「何をしに来たガルダ! ここが俺達の縄張りだってことは分かってるんだろうなぁ!?」
大きな影の正体、それはヒメ達の見たことがない新たな鳥だ。
「カモメよ。彼らはずっと海にいて、色々な記憶や過去の情報を独占しているの」
目の前にやってきた1羽のカモメの後ろから続々と他のカモメ達もやってきている。さらに海の方を見れば、それ以上の数のカモメ達が海の周囲を飛び回っている。
「障害物ってことか。厄介だな」
ゴウマとシイトが剣を抜き、戦闘の体勢に入る。
「お前達が倒せない相手ではない。しかしあの数がな。私もあれを全て相手にするのは面倒だ。しかし」
ガルダが翼の炎の火力を上げる。そしてそのまま前へ飛び立ち、通りすがりに目の前のカモメを火に包んだ。
「やるしかない。どうやら必要なことのようだ」
「本当にやりやがった!」
「大人しく帰ればいいものを!」
他のカモメ達が仲間がやられたことに怒り、一斉に攻勢をかけてきた。巨大なカモメの大群が空を覆い、周囲が暗くなってしまう。
カモメ達はある程度の高度をゆっくりと飛び、狙いを定める。そしてそこから一気に翼を折りたたみ、対象へ向けてダイブする。とんでもない勢いだ。もしぶつかりでもしたら、ただでは済まない。
しかしカモメ達もその勢いのまま地面にぶつかっては死ぬ危険がある。そのため、地面スレスレのところで体勢を取り直し、再び上空へと上がるのだが、その時に発生する空気の衝撃がとてつもないことになっていた。気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうな強風に対処することで精一杯で、ゴウマもシイトも中々その場から動けない。
「クソっ!」
その場に屈んで、吹き飛ばされないようにするだけで足を踏み出すことさえ出来ない。2人の後ろには、ヒメやナビ、ミュソスがいる。ヒメ達は戦うことが出来ないが、同じように吹き飛ばされないように必死に耐えている。
「あの風さえどうにか出来りゃあいいんだが」
「耐えるってのもなさそうだね」
カモメ達が強風を発生させるのは一瞬である。一対一であれば、すぐにでも剣を振りかざし倒していただろう。しかし今ここで問題なのは、カモメ達の数である。空を覆い尽くすほどの群れが、次から次へと上空からダイブし続け、絶え間なく強風を発生させ続けているのである。これをなんとかしない限り、攻撃さえまともに出来ない。
「どうする......」
ゴウマは考える。ガルダに頼る、という手もあることにはある。しかしそれは癪だ。それにガルダも戦っているが、距離の離れた場所でカモメの大群を相手取っている。数を減らし続けているが、倒しても倒してもキリがなく、ゴウマとシイトの助けに入ることは無理だ。同じような理由でオコナ達にも無理。なんとかして自分達の力だけで切り抜けるしかないようだ。
「......吹き飛ばされないようにしているから、駄目なのかもね」
「どういうことだ」
「別に、ずっと地に足付けてるのにも飽きたなって」
「! なるほどな。俺もたった今飽きたところだぜ!」
なにか策を思いついたシイトと、それを理解したゴウマ。2人はその場に立ち上がり、剣を構えた。
「ちょ、ちょっと! 2人ともどうするつもり!? そんなんじゃ吹き飛ばされるわよ!?」
「そのつもりだぜ! ちょっと吹き飛ばされてくるからよぉ!」
「はぁ!?」
「まぁ見てなって」
そう言ってゴウマとシイトは、カモメが強風を発生させると同時にその場で地面を蹴った。彼らはそのまま風に流され、空高く吹き飛ばされる。そこには悠長に滞空しているカモメ達。
「ム!?」
2人は剣を振り下ろした。
「おりゃああああああ!!」




