第31話 最後は綺麗な思い出のように
「......」
ヒメとラズ。2人の間に沈黙が続く。
「「ねぇ」」
耐えきれなくなった2人は、自分から話題を切り出そうとするが、全く同じことを考えていた相手と声が重なってしまう。少しの気まずさが走った後、お互いに微笑む。
「ごめん......」
「ううん。私も。それで、ラズは何を喋ろうとしたの?」
「あぁ、うん。いや、謝りたくてさ。ヒメに、刃を向けたことを。操られてたとはいえ、あんなこと、許されることじゃないし」
ラズはムギンに操られ、我を忘れて暴走していた。ヒメを思う気持ちは変わらなかったが、その強い思いを向ける先と方法を間違えた。ムギンに利用されていたとはいえ、ラズはヒメを傷つける手前まで行ったのだ。
「謝ることなんてないわ。私怒ってないし。あれはしょうがなかったでしょ? それに私、死なないから」
「......やっぱり謝る。あの時、ヒメを守れてたら、きっとこんなことにはなってなかった。ヒメにそんな辛そうな顔はさせなかった」
「ラズ......」
あの時。ガルダが2人の前にやってきた時。ラズはヒメを残して死んでしまった。
もしあの時、それこそ今のように聖剣があったのなら、ラズはヒメを守れていたんじゃないか。ラズの心に、今になって後悔が込み上げてくる。
「私、夢を見たって言ったでしょ? あれね、あの日だったの。ガルダがやってこなくて、ラズとずっと一緒にいる夢」
ムギンは本人が最も幸福だと感じる夢を見せる。ヒメが見た夢は、ラズが死ぬことなく、ひたすらに日常が続いていく夢。
「ずっと、か。いいな、それは......。夢の中の自分に、嫉妬しそうだよ」
「ふふっ、なにそれ! 私はラズと一緒にいたいのよ? ねぇ、だから、これからも私達と一緒に......」
ヒメが頬を赤らめて、ラズを上目遣いしながら見る。失って気付いたこと。もう一度出会って知ったこと。あの日の続きを今から始めようと誘う。
ラズは微笑む。優しさのある微笑み。しかし彼の口から出た言葉は、ヒメにとって優しいものではなかった。
「ごめん。それは出来そうにない。俺もそうしたいのは山々だけど、この体はもうすぐ消える」
「消える? どういうこと?」
「ムギンによって蘇った体だからね。ムギンが消えれば、この体も消える。なんとなくだけど分かるんだ」
「そんな......」
「もう1人の方、ブライだっけ? 彼も多分もうすぐ消えると思うよ」
「なんとかならないの?」
「無理だよ。俺もこんなのは嫌だけど、どうにもならないって、感覚で分かるんだ」
ヒメの顔から笑顔が消えた。ラズも諦めた顔をして、それでも変わらない優しい微笑みを浮かべている。
少しの静寂。
それを壊すように、騒がしい声が辺りに響く。
「クルル! クルル! 戦いは終わり! 戦いは終わり! ガルダの勝利!」
やってきた声の主は、鳩のような巨大な鳥。マハラカンとの戦いが終わった時にもやってきた、あの鳥だ。また、誰かに伝えるかのように騒々しく鳴く。
「遅かったではないか。とっくに終わっているぞ」
「いやぁ、思っていたよりも早く決着がついたものですから。準備に手間取ってしまいまして。これでも急いで来たのですよ?」
「間に合わなければ意味がないだろう」
「予定より早く事を進める方が問題でしょう。もう少し時間がかかると思って、それに合わせてたっていうのに、崩されちゃったら、また予定を立て直さないといけません」
「どうせ暇だろう。それぐらい働いたらどうだ」
「もぉー、鳥使いが荒いんですよぉ。後でどうなっても知りませんからね」
「ふん」
後で、というのが何なのかは、人間達には分からなかったが、鳥達は共通で理解しているようだった。何か恐ろしいことなのだろうか。しかしそれが何にせよ、ガルダは一笑に付すというような態度で真面目には受け取っていなかった。
「ごめんなさいね、オリーブ。彼ったらこういう時、素直になれないのよ」
「おやマリアではないですか。お久しぶりですねぇ。あなたは相変わらずガルダのもとにいるのですね。疲れません?」
「もちろん疲れるわ。でもそれがいいのよ。あと今の私はマリアじゃなくてオコナって言うの」
「改名したのですか。まぁ確かに、そちらの方が理に適っていますし、筋も通っている。なんだか寂しいような気もしますが、あなたがそのようでしたら、このオリーブもそちらに合わせましょう」
「ありがとう。細かいことなのに申し訳ないわ」
「なにを言いますか! 名前はとても大事なもの。それ1つに計り知れないほどの意味が込められているのですから、決して細かいものではございません。なので遠慮なくお申し付けください」
鳩のような巨鳥オリーブは、オコナに対して頭を下げながら、そのように言う。
「そうかしら」
「えぇ、そうですよ。全く、あなたはそこらへんの意識が......おや、あの3羽は見たことのない顔ですね。新しく生まれた子達ですか?」
「そうよ。せっかくだから連れてきたの」
「ホー。それはそれは。では私はこれで。あ、そうだ。ムギンの支配が解けたハゲワシ達がこっちに向かってきてますよ。あなた達も早く移動した方が良いかと」
「間違いないのだろうな?」
「えぇ、間違いありません。なんせ来る途中に見てきましたから。いやぁ凄いですね。さすが神鳥という感じですか。あれだけの数のハゲワシ達を支配してしまうなんてのは。辺り一面にびーっしり! 地面が見えないほどに埋め尽くされていましたね。あれじゃ窮屈ですよ。少しだけ目が合いましてね、その後しばらく見つめられてから背後で羽ばたく音が」
「彼らはあなたを追いかけてきてるんじゃないの?」
「そうかもしれません。では改めて、面倒事になる前に私は帰ります」
そう言ってオリーブはその場から飛び去った。自分だけ一足先に早く、この厄介なことから立ち去ったのだ。
そしてそれはすぐにやってきた。大量のハゲワシ達が秩序もなく押しかけてくる。
「ギャッハッハッハッハッ! 翼が自由になったから羽ばたいてみりゃあよぉ! 御一行様がいるじゃねぇか!」
「オーオーオー! こんなの持て成さないと失礼じゃねぇのぉ!?」
ガラの悪いハゲワシ達があまり綺麗ではない声で叫んでいる。しかし聞いてみれば言っていることはそう乱暴なことでもない。
「雰囲気と言ってることが真逆じゃねぇか。ありゃどうなってんだ」
ゴウマが不思議に思い、呟く。
「惑わされるな。あのような死肉を食らう鳥共が、あの言葉通りの行いをするはずがないだろう」
「彼ら、私達と同じ、最後の運び手だもの。荒っぽいことが好きなのよ。このままじゃ大方、食べられちゃうかも」
「駄目じゃないの! 逃げなきゃ!」
焦るヒメ達。ナビとミュソス、ゴウマとシイト、そしてヒメは急いでトビ達の背中へと乗る。
「ラズも早く!」
「どうしたの!? ブライもだよ!」
ヒメとナビがラズとブライに向かって叫ぶ。しかし2人はその場から動かない。
「言っただろ、ヒメ。この体はもうすぐ消えるって。だからちょうどいいよ」
「あぁ、俺達にお誂え向きだ。最後に皆の役に立てるなら、これ以上の場所はない」
ラズとブライは、ここに残り迫り来るハゲワシ達と戦うつもりだ。数の量から結果は見えている。それでも行く。
言いたいことは言った。しかし名残惜しく。されど戦士達は剣をその手に握り、戦いへと身を投じたのであった。
羽ばたく鳥が大地から遠のいていく。その背中から、かつて愛した人が、かつて慕った人が戦場へと赴く様を見送る。やがて、流れる風が蜃気楼のようなベールで目の前を覆い、いつしかその人の姿は見えなくなった。




