第2話 巫女
ラズは火の鳥に焼かれ、消えた。
「他にも不満のある者は顔を上げるといい」
そうは言うが、上げれば最後、ラズのように焼かれる。分かりきったことだ。しかしそれでも、愛する人を失ったヒメは、そんなことが考えられない程に泣き、自分の感情が抑えられなくなるほど怒った。
「どうしてこんなことをするの!?」
「ん?」
周囲が怯えて何も言い出せず、頭を下げ続ける中、ヒメはただひたすら火の鳥に怒りをぶつけた。泣きじゃくりながら、自分の受けた不条理を嘆き、火の鳥を罵倒する。
「この悪魔が!」
しかしそれを見ながら周囲の人々は何もしない。加勢することもなければ止めることもない。ただただ平伏しているだけである。薄情だと思うだろうし、言われても彼らは否定しないだろう。しょうがないのだ。仕方のないことなのだ。
ヒメが自分の感情に身を任せ、火の鳥への憎しみをぶつけ続ける。その様を見て、火の鳥は何かを思い付いた。
「随分と生意気な女じゃないか。気に入った。お前を巫女にしよう!」
そして火の鳥は、その鋭利な足でヒメを捕らえ、動けないようにする。
「口を開けろ。俺の血を分けてやる」
火の鳥はヒメを掴んだ足から血を流す。流れる血は、ヒメの口へと入る。ヒメ自ら口を開けたわけではないが、ずっと耐え続けることも出来ない。息をしようとわずかでも口を開けた時、息や唾を飲み込んだ時、どうやっても流れてくる血は彼女の体の中に入り込む。
「血を飲んだな? ハハハ! これでお前は俺の巫女となった! いついかなる時も、私に仕えるのだ!」
ヒメは火の鳥の巫女となった。しかしそれが何を意味しているのかをヒメは知らない。戸惑うヒメを尻目に、火の鳥は人々の方を向く。
「さぁ次だ! ここに俺の宮殿を建てる! 全員今すぐに取り掛かれ!」
火の鳥の言葉通りに、人々は手を動かし、足を動かし、宮殿の建設に取り掛かった。焦土と化した、住み慣れた場所の復興に手を付けることも出来ず、ただ言われた通りに作業をする。
しかし宮殿は、そう簡単に完成しない。短気な火の鳥はすぐさま怒り出し、働かされている人々に強く当たり始めた。
「こんなにも待っているのに、何故宮殿の完成が一向に見えない!? 役立たずの人間共!」
理不尽なことこの上ない。しかし誰も言い返すことが出来ない。言い返したら何をされるか。恐怖が人々を支配している。だがその中にあって、ヒメだけは違った。彼女は真っ向から火の鳥に言い返したのだ。
「バッカじゃないの!? たったこれっぽっちの人数で、宮殿なんか建てれるわけないじゃない! そもそもどんな宮殿を造るかだって決めてないのに!」
「……そうか。足りないか。では新しく人間共を連れてこよう。どのようなものを建てるのかも、それまでに決めておこうか」
火の鳥はヒメの言葉に納得し、どこかへと飛び去っていった。ヒメは半ばやけっぱちだった。あの巨大な鳥に、自分の心の中にある怒りをぶつけられたのなら、死んでもいいと思っていた。そのつもりで言い放ったのにも関わらず、結果はご覧の通り。予想外のことにあっけらかんとするしかなかった。
火の鳥がこの場から姿を消した直後、人々がヒメの元へと集まってきた。
「さっきはありがとう。あなたがあの鳥に言い返してくれたおかげで、私達は救われた!」
「別に、お礼をされる程のことじゃ……。私はラズの敵でも打つつもりで言っただけで……」
「大切なものを奪われたのは皆、同じです。感謝はしても、あなたを責めるような人なんていませんよ」
「てかそれよりも! 今のうちに早く逃げましょう! またあの鳥がここに来る前に、ここから出ていかないと!」
「それは出来ません」
「どうして!?」
「亡くなった者達の弔いをしなければならないからです。いくらあなたが私達を救ってくれたとしても、これだけは譲れません」
ヒメにそう告げた者の目は、この絶望の中にあってなお、強く微かな光を宿していた。他の者達も皆、弔いの準備をしている。宮殿の建設の時とは違う、手早い動き。慣れているかのように、迷いなく進めていく。
死体を集め、火を焚き、現世に迷える魂を天へと導く。そのために煙は昇り、鳥は飛び、人は祈る。
簡単な葬儀だった。
「すまない、今はこれぐらいしか出来ない」
祈っていた者達の誰かが呟く。
そうこうしているうちに、火の鳥が彼方より帰ってきた。足には獣の顔をした、小さい人間が掴まれている。火の鳥はその小さい獣人を、人々の側に投げ飛ばした。
「1人だけ? こんなんじゃ力になるわけないでしょ」
「いや、そんなことはない。こういう畜生のような顔をしている者達は、不思議な力を持っている。なぁ? 見せてやれ」
「は、はい」
怯えた様子の獣人は、それなりの大きさの瓦礫に手をかざした。大の男達が複数人でようやく持ち上げる程の大きさの瓦礫だ。次の瞬間、その瓦礫は宙に浮く。そして獣人は、かざした手を右へ左へと動かし、それまで散らばっていた瓦礫を一箇所に積み上げたのだった。
不思議な力。火の鳥の言うように、この獣人には魔法とも言えるような力があった。人々は自分の目を疑うように、それを見ていた。
「宮殿の形は、そうだな……。俺の威光が地上の全てに届くような形にしろ。大きく、美しい。そんな宮殿を造れ。さぁ、仕事をしろ」
火の鳥に言われ、人々は仕事にかかる。
「俺がいない間に何をしていた」
火の鳥はヒメに近付き、自分がいなかった間のことを聞く。
「何って、弔いだけど。あなたが殺した私達の仲間のね」
「……そうか」
火の鳥は黙った。てっきり仕事をサボっていたことを怒るのかと予想していたヒメにとっては、それは意外だった。
「もしかして罪悪感でもあるの? なら謝ってほしいんだけど」
「人間ごときをいくら葬り去ろうともそんなことは思わない。それよりも弔いの間、お前は何をしていた?」
「何って、何よ。そんなこと聞いてなんだっていうのよ」
「巫女というものは、我らに代わって人々をまとめ、導く役目を持つ。私がいない間、お前達がいなくなった者達の弔いをしていたというのなら、お前はその中心に立たなければならない。あらゆる儀式の司祭者、それが巫女だ。役目を果たせ」
そう言うと火の鳥は再びどこかへ飛び去ってしまった。
しばらくして、作業場から声が聞こえてくる。ヒメがそちらの方を見ると、人々が何やら言い争いをしていた。2組に分かれてお互いに叫んでいる。中には罵倒とも言えるような言葉も聞こえてきた。
「俺に指図をするな!」
「お前がちんたらしてるからだろ! これで俺まであの鳥に目を付けられたらどうするんだ!」
「知るか! そんなこと! 第一、お前はいつも偉そうなんだ! 口を開けばあれをやれ、これをやれだのと……」
ここにいる人々は、元々喧嘩をするような人々ではなかった。火の鳥という不条理によって、不満が溜まっているのだろう。しかし元凶である火の鳥に言うことが出来ないから、こうして誰かに怒りをぶつけるしかない。
集団のどこかで諍いが起きれば、それにつられて他の者達も争い始める。止める者はいない。そんな奴はとっくに火の鳥にやられた。笑う奴ならいる。気でも触れたか。
ヒメはそれを、1人離れた場所から見ていた。火の鳥の言葉が頭に響く。役目を果たせ、と。




