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やさしい子  作者: こめい
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慈雲寺

風向きが変わった。


境内を覆っていた煙が、ゆっくりと流れていった。


慎太郎の視界に、焼け落ちた慈雲寺の全景が現れた。


三重塔は崩れ、本堂の屋根はほとんど残っていなかった。


白い避難旗は黒く焼け、柱に絡みついている。


そして境内には、避難していた市民たちの遺体があった。


最初、慎太郎にはそれが何なのか分からなかった。


黒く焼けた木材が、いくつも重なっているように見えた。


だが、その一つに人間の指があった。


別のものには、顔があった。


老人。


女。


赤ん坊を抱いた母親。


互いに身体を寄せ合い、炎から子供を守ろうとした家族。


本堂の入口では、幼い子供がうつ伏せに倒れていた。


着ていた服は焼け落ち、背中は黒く焦げている。


小さな手だけが、外へ向かって伸ばされていた。


逃げようとしたのだ。


助けを求めたのかもしれない。


その子供の身体は、小春と同じくらいの大きさだった。


慎太郎の腕が下がった。


周囲では、まだ兵士たちが万歳を続けていた。


「万歳!」


勝利を告げるラッパ。


笑い声。


燃える木の音。


慎太郎には、それらが急に遠くから聞こえるようになった。


焼け焦げた子供の手が、あの山間の村で乾パンへ伸ばされた手と重なった。


背嚢へ乾パンを戻したときの、自分の手を思い出した。


清江で殺した青年。


見捨てた負傷兵。


火をつけた村。


大仏の手のひらで死んだ明遠。


そのすべてが、一度に慎太郎の中へ戻ってきた。


慎太郎は自分の右手を見た。


引き金を引いた手。


松明を投げた手。


銃剣を突き刺した手。


その手には、明遠の血がついていた。


頭の中に、母の声がよみがえった。


まだ戦争を知らなかったころ。


傷ついた雀を手の中に包み、生きてほしいと願うことができたころ。


母は慎太郎の手を握り、笑っていた。


「慎太郎は、やさしい子だからね」


「違う」


慎太郎の口から声が漏れた。


「俺は……」


その先を言うことができなかった。


喉の奥から、獣のような声が出た。


慎太郎は地面へ膝をついた。


両手をつき、焼けた土へ額を押しつけた。


「ごめんなさい」


誰に謝ったのか、自分でも分からなかった。


焼け死んだ子供に。


明遠に。


村の住民に。


死んだ源次に。


母に。


それとも、やさしい子だったころの自分に。


「ごめんなさい」


慎太郎は頭を上げ、もう一度地面へ額をつけた。


「ごめんなさい」


焼けた土が額に張りついた。


涙と鼻水で呼吸ができなかった。


それでも、何度も頭を下げた。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」


仲間たちは勝利を祝っている。


日東国の旗は、燃える慈雲寺の上で風になびいている。


大仏の手のひらでは、明遠が「帰」の活字をそばに残したまま、静かに横たわっている。


慎太郎は声が出なくなっても、焼け焦げた子供たちの前で土下座を続けた。


返事のない灰に向かって、いつまでも、ごめんなさいと繰り返した。

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