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やらかしてしまったモブ令嬢です  作者: 一番星キラリ@受賞作続刊7/1発売:商業ノベル&漫画化進行中
【応援感謝の番外編】

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 謁見の間に国王陛下の凛とした声が響き渡る。


「ネル皇女殿下、丁寧な帰国の挨拶をいただいたが……このまま貴殿を帰すわけにはいかぬ」


 ブルラベンダー色のドレス姿のネル皇女は、体調がすぐれないので帰国することのお詫びの言葉を国王陛下に伝えた。だが玉座に座り、緋色のマントを羽織った国王陛下はそれを許さないと答えたのだ。すると――。


「僭越ながら、使節団の責任者として発言させていただきます!」


 ネル皇女のそばに控えていた使節団の宮廷服姿の高官の男性が一歩前に出る。


「交易路の交渉は帰国して皇帝陛下に伝え、善処すると約束したはずです。それなのに体調がすぐれない皇女殿下の帰国を許さないのは――」

「許さないのは他でもない。先日起きた王立植物園の温室火災。火の不始末を起こした男が捕まり、自白した」


 国王陛下のこの言葉にネル皇女の体がビクッと震える。高官の男性の顔色は青ざめていく。


「その男は王都警備隊の取り調べでは罪を認めず、知らぬ存ぜぬを押し通した。そこで尋問に切り替え、少々厳しく問い詰めたところ、自白したのだ。火災は意図したものではない。目的はポメリー嬢……ラウンズベリー侯爵令嬢を攫い、物置部屋に閉じ込めること。火災の方は不慮の事故だった」


 そこで国王陛下はため息をつく。


「だがそこでまた、だんまりだ。なぜラウンズベリー侯爵令嬢を物置部屋に閉じ込める必要があったのか。誘拐をして身代金を求めるつもりだったのか? だがそんな動きはしていない。怪しいではないか。そこでかまをかけた。仲間も捕まり、そちらで自白があったと。とある高貴な身分のお方に仕える者だと名乗る男から、ジョシュア……我が息子である王太子から、侯爵令嬢を引き離すことを依頼されたのだろう……と」


 ネル皇女の顔から血の気が引き、一歩前に出ていたはずの高官は、いつの間にか二歩下がり、皇女の後ろに引っ込んでいる。


「その高貴なお方が何者であるのか――そこまではトールは知らなかった。それはそうだ。極秘事項であるからな。仲介者も伝えていない。だが当事者がうっかり口を滑らせていた」


 国王陛下の言葉を聞いたら、ネル皇女の侍女は歯ぎしりをしていただろう。だが侍女である彼女は謁見の間には入室できない。待機部屋で皇女の戻りを待ち、帰国に向け一刻も早く出国できることを願っているはずだった。


「ラウンズベリー侯爵令嬢が物置部屋に閉じ込められていたこと。これは捜査上機密情報として扱われ、関係者しか知らぬ。新聞でもあくまで『温室から王太子は婚約者を救い出した』としか書かれていない。だがネル皇女殿下は知っていた」


 鋭い一瞥を受け、ネル皇女の頬はぴくぴくと震えている。高官が耳元で何やら必死にささやきかけているが、おそらく「知りません、言っていません、と言うのです、皇女殿下!」と入れ知恵でもしているのだろう。


 だがネル皇女が「物置部屋に閉じ込められて、火災が起きて……なんでそんなに落ち着いていられるのかしら!?」と言ったのを聞いたのは私だ。そばに控えていた私の侍女も聞いていた。


(ネル皇女。あなたはしらを切るつもり? でもそこまで憔悴しているのは、こんな大事になるとは思わなかったからでしょう?)


 私は玉座に続く階段の脇で、宰相や重鎮と共に、ネル皇女のことをじっと見ていた。


 ネル皇女はジョシュのことが好きだった。今回、ローレンツィア王国に来たのもジョシュと仲良くなりたかったから。でもジョシュはネル皇女と二人きりになるのを完全に避け、彼女に一切なびかない。そこで彼女は策を弄したわけだ。


 簡単に切り捨てられる傭兵を雇い、私を攫わせ、物置部屋に閉じ込める。その間、ジョシュと二人で私を心配し、彼を励まし、距離を縮めていく。最終的に偶然を装い、私を発見。ジョシュに感謝され、恩を作り、見返りを求める――。


(私に乙女の危機があったようなことを吹聴し、王太子の婚約者に相応しくない……そんなふうに騒ぎ立てることも考えていたのかもしれないけれど……)


 あの螺旋階段で思いがけず先にジョシュに借りを作ってしまった。その上で温室で火災が起き、大騒動になったのだ。私のことは社会的には抹殺したかったのだろうけど、物理的に命までとるつもりはなかったはず。それがこんなことになり、ネル皇女はとんでもないことをしたと自覚した。


 女帝の笑みを作れても、彼女は真の女帝ではない。まだ社交界デビューしたばかりで肝が据わっているわけではなかった。わかりやすく動揺し、それは体調に影響。さらにお見舞いに来た私にうっかり本音をぶつけ、「物置部屋」という犯人と黒幕しか知らない情報をポロリと口にしてしまったのだ。


 侍女はすぐに気づき、これ以上ネル皇女がボロを出さないために帰国することを勧めた――これが今回の真相のはず。


(今、彼女は詰んだ状態。頭の中が真っ白で、何も考えられないと思うわ)


「ネル皇女殿下。お若いと言ってもこの場にいるのは、フェンブルク帝国の皇帝の名代として、であろう? ならば自らの罪、潔く認めるべきでは? すでに証言は得ている。この期に及び悪あがきをして、フェンブルク帝国の名を、皇帝の名を汚すつもりか?」


 国王陛下の言葉にネル皇女は唇を噛むしかない。


「皇女殿下! 違う、知らぬと答えればいいだけです!」


 高官が無言のネル皇女に畳み掛ける。


「勝手な発言は許さぬ。不敬であるぞ!」


 国王陛下が一喝すると、高官は「ひぃぃ」と叫び声のような言葉を口にして、だんまりとなる。


 ネル皇女は顔をあげ、その瞬間、私と目が合う。


 ここで私が鬼の形相で「許さないわよ!」となれば、ネル皇女は気持ちを立て直したかもしれない。でもそうはさせなかった。あくまで慈愛に満ちた微笑みで「あなたのしたことは許します。こんな大事にするつもりではなかったと、よく分かりますから」という表情を浮かべる。これを見たネル皇女は……。


 一度俯き、そしてゆっくり顔を上げる。


「……申し訳ございませんでした。こんな、こんなことになると思わず……。私が」

「自分が、自分が皇女殿下によかれと思い、行動しました。すべての責任は自分にあります! トールという傭兵を雇ったのは自分です!」


 高官の男が叫んだ。


 ◇


「……ということで、残りの傭兵三人は王都のはずれの宿の酒場で全員捕らえました。火災は重罪です。自分達のせいだとバレたら大変と、王都から逃げ出そうとしていたようですが……。王都から出て行く者を厳しく検問していたので、危険を察知し、その宿に潜伏していました」


 あれから二週間後の昼下がり。すっかり外で過ごすには気持ちのいい季節を迎えていた。そこで王宮の庭園のガゼボ(東屋)でティータイムをジョシュと過ごすことになった。


 執務の合間にガゼボに現れたジョシュは、白シャツに爽やかなスカイブルーのセットアップ姿。私はアイボリーに水色のリボンやフリルが飾られたドレスでジョシュを迎えた。そして紅茶をお互いに一口飲んだところで、ジョシュが先程上がって来た報告を共有してくれたのだ。


「これで実行犯は全員捕らえることが出来たのですね」

「ええ。ただ、黒幕はネル皇女殿下ではなく、使節団の責任者でもある高官のモール。真犯人はモールではないと分かっているのに……。そこは悔しいのですが……」

「ですが今回の件を踏まえ、皇帝は破格の好条件でローレンツィア王国と条約を結んでくれましたよね」

「はい。王立植物園の復興資金、お詫び金もいただけたので、最終的に国にとってはメリットしかない結果になりました」


 あくまで家臣がネル皇女の気持ちを慮って動いたこと。ネル皇女は家臣の暴走に驚き、どうしたらいいのかと悩んでいた。責任は強く感じている。だからこその体調不良。そして皇帝もこの件についてきっちりお詫びの気持ちを示す――ということになっている。


 お詫びの気持ち。


 まず交易路は無条件で解放された。ローレンツィア王国の船であれば、いくらでもこの航路沿いの港を利用できる。帝国に寄港が許されたのだ。


 さらに火災で焼け落ちた温室、王立植物園の復興にかかる全額がフェンブルク帝国持ち。さらに南国の島から取り寄せる珍しい植物も贈られることになっている。そして一連の不祥事のお詫びで、公にはなっていない大金がローレンツィア王国に贈られているが……。


「相当な額でした。モールの身柄を帝国に引き渡し、裁きも帝国で受けさせることに合意したのですから、当然と言えば当然ですが……。ここで得たお金で救済院を建てたり、医学院の研究費に充てたり、孤児院や教会に寄付しても……使い道を考えるのに時間がかかりそうなぐらいです」


 ジョシュが思わずそう漏らすぐらいの多額なお金だった。


 ちなみにネル皇女は皇帝からかなりきつく叱られた。ジョシュを諦めないなら、修道院に入れると脅されたようだ。それを受け、彼女はジョシュへの想いを断ち切った。その証で帝国の友好国の第二王子と婚約を決めたのだ。


(ネル皇女はこんな形で初恋が終わり、しかも政略結婚となる相手と婚約することになった。そこは……同じ女性として同情したくなる。だがネル皇女がしたことを思い出すと……)


 私は危うく焼死しかけたのだ。ジョシュが駆けつけ事なきを得たが、もしもが起きていたら……。それは私だけではなく、ジョシュにも何か起きていたらと思うと、恐怖しかない。


 つまりネル皇女に同情するが、彼女がやろうとしたことは許せないし、今回の結果はまさに自業自得だったと思う。皇帝はお金と国同士の利益で火消しに走ったけれど、ローレンツィア王国からは百年の歴史を持つ温室が燃え落ち、王立植物園の一部の植物が焼け落ちたのだ。その損害はお金だけでは測り切れないと思う。


 そんな感じでいろいろと思うところはあるが、ひとまずネル皇女滞在中に起きたごたごたは……ひと段落することになった。


 ◇


 この世界にモブとして転生したのに、ヒーローである王太子のジョシュと婚約。まさかのヒロインになるはずの聖女が召喚されない世界となってしまった。本来であれば聖女が召喚され、そこに悪役令嬢が現れ、悲喜こもごもがある。そして薔薇熱の撲滅、そこからのハッピーエンドというのが正しい流れ。


 その流れから逸脱してしまったからか。


 今回はネル皇女が正規の物語の悪役令嬢のように登場したが……。


(今回もジョシュの頑張りと私も微力ながら動くことで、最悪な事態を免れることができたわ!)


 だがしかし! もしかするとこの先も何かあるかもしれないが――。


(どんな困難が待ち受けていようと、私は絶対に諦めない。諦めないことの大切さを教えてくれたのは……)


「ポメリー嬢!」


 執務を終えたジョシュが私の部屋を訪ねて来てくれた。アイボリーのスーツ姿のジョシュは息を呑むカッコよさ!


「夕食までのひと時。二人で過ごしましょう……」


 ライトブルーのドレスを着た私を抱きしめ、ジョシュが耳元で甘くささやく。


(こんなに私を愛し、大切にしてくれるジョシュがいるのだから。私はこれからも絶対に諦めず、前を向いて生きて行くわ!)


 最愛の胸に包まれ、私は決意を新たにした。


(おしまい)


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