1.男子高校生へのおまじない
あれから私は、誰かにおまじないを渡すでもなく、中学、そして高校へと進んだ。けれど杏里お姉ちゃんの願いを叶えられなかったとき、私は私を、信じることが出来なくなった。授業で先生の質問に答えないし、話したこともないクラスメイトに話しかけようなんてこともしなかった。だから放課後は、特に予定もないし、学校が終わるとそのまま、店の手伝いをするだけの何も変わらない毎日を過ごした。
「今日も来てくれて、ありがとうございます」
「いえいえ。ところで千里さんは今日いないの?」
「そうですね。お母さんは、ちょっとした用事があると言って、店には今私一人です。」
「そうか、もう一人でこなせるようになったんだな」
「いえいえ、まだまだですよ」
茶葉を蒸している間に雑談をしていたら、アラーム音がなった。いつもお世話になっているタイマーを止め、仕上げに入る。ポットの蓋を開けて、ポットの中を軽く混ぜる。そして、茶ガラをこす。……これでよし。うまく出来たんじゃないかな。
「お待たせしました。アールグレイですね」
「ありがとうございます」
今日も、仕事終わりに来てくれた数少ない常連さんが、私の注いだ紅茶を、大事そうに受け取った。やっぱり嬉しいなあ、人の喜ぶ顔。
常連さんを微笑みながら見ていたら、私の作った紅茶の香りを、鼻先で感じ、すずめの涙程度に口に入れた。
「んー、まだまだお母さんの味には届かないなー」
「そ、そうですか?」
今回は上手くいったと思ったんだけどなー。
「だが、すこーしだけ上手くなってる」
「そ、そうなんですか?」
上手くはなってるらしいので良しとしよう。そしてたかしさんは、もう一度紅茶を口にした。
「うん、やっぱり上手くはなってるよ。俺も説明するのは難しいけど、なんか爽やかさが増したような感じ。すごく飲みやすいな」
「あ、ありがとうございます……」
褒められ慣れてない私は、ついはにかんで、下を向いてしまった。こう真面目に褒められると、なんか照れくさい。
「もっとうまく作れるように頑張りますね」
「おー、それは楽しみだな。そしたら、雨宮喫茶店を継ぐ日も近いかもしれないな」
「全然遠いですよ」
嬉しそうに笑ってる。この人と話していると、和気藹々とした雰囲気になる。お母さんとはまた違った雰囲気を作り出す能力者なのかもしれない。
「じゃあ帰ろうかな。早く帰らないと、うちの猫ちゃんが拗ねちゃうからな」
手首に巻かれた高そうな腕時計を見た。ああ、帰るのか、と私は悟った。少し寂しいような、もう少し話をしていたかったような気がするけど、仕方ない、か。
「めっちゃ顔にでてるな」
「へ?」
顔に出てたなんて、すごく恥ずかしいんだけど! 慌てて、手で顔を隠す。
「……ま、まあ、またそのうち来るから」
「お、お待ちしてます……」
スーツ姿の常連さんが、軽く会釈をし、この場を去った。私ってそんなに顔に出るのかな。意味もなく、顔の頬を指先で押し上げる。気をつけないと。
弾んだたかしさんとの会話。その余韻に浸っていると、太陽は自身の輝きを空全体に赤く、主張していた。もうお客さんは来ないだろうし、キッチンでも片付けておこうかな。
「あの、すいません!」
「は、はい!」




