チアキ編 2
「えっ!?兄妹で結婚したんですか!?」
「そう驚かないで欲しいな。確かに元奴隷だった事を考えると、珍しい事かも知れないけど」
「い、いや、そういう事ではなくて」
「チアキさん?わたし達の国では養子をとった際に、異性の子供が居たら、許婚とまではいかなくても、結婚相手の第一候補となるのですわ」
そう言ったのは彼の義妹兼妻であるシアンさんだった。
歳はわたしと同じか少し下のように見えるが、育ちがいいからか落ち着いて見える。
お淑やかで、深窓の令嬢という言葉がピッタリだった。
「そ、そうなんですか?それなら、それでロマンチックな感じが薄れるなぁ」
「君は文句がつけたいのか?」
「あ、いや!少し驚いただけです!」
「……繰り返しなるけど、僕が奴隷だった事を除けばそう珍しい事じゃない」
「そうなんですね。わたしのほうでは、血の繋がりがなければ兄弟間でも結婚出来ますけど、そういうケース自体が少ない分、やっぱり珍しいんで、驚いたんです」
「その辺りは文化の違いなのでしょう。国が違えば、文化の違いが現れます。ましてや世界が違えば、より一層の事ですわ」
「だろうね。ふむ……」
彼はお茶を口にすると考える姿勢のまま固まってしまった。
「どうしました、兄様?」
夫婦であっても、元は兄妹だからだろうか。
シアンさんと彼の距離感は兄妹のほうが近いように感じる。
「いや、だとすると少し困るかも知れないね」
「どういう事ですか?」
「チアキにはここで暮らす間は店員として働いて貰おうと思っていたんだ」
「えっと……わたしは構いませんよ?」
ただで住まわせてもらおうとは思ってはいない、むしろそれぐらいは当たり前だと思った。
「いや、ゆくゆくはそうなるにしても、ある程度此方に慣れてからだろう。店頭に立つ以上最低限の礼儀作法は必要だけど、チアキ自身がどうであれ、文化の違いは礼儀の違いも生みかねない」
確かに、よくよく考えると仮に英語が話せても、アメリカやどこか外国の店の店員をやれと言われて全う出来る自信はない。
それは、ましてや異世界だと尚更だ。
「じ、じゃあ、わたしは何をしたらいいですか?」
「そうだね……アイリス、チアキが行える仕事はあるかい?」
「……メイドの仕事となると、料理は食材や道具の違いなどを考えるのは困難かもしれません。清掃や洗濯は道具の使い方さえ覚えれば、本人の適正次第でなんとかなると思います」
「成る程、ではそれでいこう。チアキは店内と居住部分の掃除と洗濯をしながら、店内の接客を覚えて欲しい。それで手が空くようなら、僕の雑用も任せると思うけど……とりあえずはそういう形でどうだい?」
「は、はい!頑張ります」
「アイリスにはチアキに教えながら、店にも出て欲しいが……それだと仕事量が多くなるね」
「構いません」
「いや……やはり、駄目だ。シアンの事もある。他に店員を雇おう」
「兄様、シアンの事はお気になさらないで下さい」
「……駄目だ」
「兄様?」
「シアンがいいと言っても、僕が認められない。それは、夫としても、兄としても、ブルー家の当主としてもの意思だ」
「……兄様」
「シアンの体調が第一だ。その為には君の世話をする人間が必要だ。それに……僕の決定に従ってくれるんだろう?」
「ええ……そうでしたわ」
「気に病まないでほしい。シアンが体調を整えていれば、その分特効薬完成までの猶予が出来るという事だ。僕を助けると思って欲しい」
「兄様がそう仰るのでしたら」
「ありがとう」
と、そこで彼はやり取りを見ていたわたしに気づいて、一瞬照れくさそうにした。
「と、まぁ、そういう訳だ。明日には営業許可が下りる予定になっている。街に降りるからついでに求人を出すつもりだ」
「街、ですか……」
そう言えば、此方の世界に来てそういった都会の風景を見ていない。
「チアキ、興味があるのかい?」
興味があると言えば、あった。
「少し……」
「なら、着いてきて欲しい。まだ店はオープンしていないのだし、仕事自体は明後日から覚えるといい。アイリスも明後日から頼む」
「はい」
「畏まりました」
「あら、チアキさんだけですの?」
「……此方の世界を知らないチアキに街を見せておきたいし、チアキの制服は此方ではそれなりの学校の物に見える、弟子のように振舞ってもらえば、多少ハクがつく」
「それはハッタリでしょう?」
「そうだけど、ハッタリも必要だ。教会に行くんだからね」
「ハッタリなら、シアンも同行しますわ。シアンが兄様を正式な当主として人前で扱えば、正式なブルー家の血筋ではないと騒ぐ人達も排除できましょう」
「それは……そうだろうけど、君を街に連れていく訳には」
「いくら病弱とはいえ、部屋に閉じこもりきりでは不健康ですわ。それに気も滅入ってしまいます。病は気からとも言いましょう?」
そういう慣用句のような言い回しは此方にもあるらしい。
「それが目的か……」
「はい!」
シアンさんは悪戯っぽく笑ったがそれがとても美人に見えた。
「やれやれ……馬車の手配をしないといけないか」
「街まででしたら、歩いていけますわ」
「ハッタリだと言ったろう?流石に四人で街に出るというのに徒歩では格好がつかないさ」
「そう、ですか……」
シアンさんは彼の真意を測りかねているようだった。
「じゃあ、そういう訳だし、折角だから明日は買い出しも兼ねよう、チアキの服も用立てないといけないしね」
「あ……」
服がないのは地味に問題だ。
いつまでも制服という訳にもいかない。
「ああ……そうか、今日の寝間着がないんだったね、シアンかアイリスの服を貸せるかい?」
そう言われ、シアンさんを見る。
小柄で華奢な彼女の服をわたしが着られるとは思えない。
かと言って、アイリスさんのほうを見ると体型が違い過ぎる……特に胸が。
「……あ、だ、大丈夫です。とりあえずはもう一着ありますから!」
鞄の中にジャージがあった事を思い出した、雨で体育が保険の授業になったので、汗の臭いを気にする事はない。
「そうかい?じゃあ……アイリス。とりあえずチアキの部屋は今のゲストルームで問題ないかい?」
「そうですね……他の部屋の整理も終わってませんし、他に寝る事の出来る部屋がゲストルームしかありませんので、そうせざるを得ないとも言えます」
「わかった……明日の出発は馬車の手配もあるので、昼前の十一時にしようと思う。異論はないかな?」
「畏まりました」
「は、はい」
「ありませんわ」
「よし……じゃあ、アイリス。チアキに部屋割と物の使い方を教えておいてくれ、それが終われば今日は終わりでいい」
「畏まりました」
「シアンは眠くなるまででいいから、一緒に来てくれ」
「ええ」
食卓に出ていた食べ物は、パンのようなものをスープにつけたお粥のような物、恐らくは山でとれたのであろう山菜のサラダ、山を流れる川で捕ったのであろう魚を焼いた物という内容だった。見た事のない食材ばかりだったけど、異世界の食べ物とはいえ特に毒になる物もなく、子供の頃の好き嫌いは克服した方なので問題なく食べる事が出来た。
話し合いの中で文化の違いが問題に上がったが、少なくとも生活に必要な事は対応出来る範囲にあると思う。
ふと疑問に思ったのは、わたし自身、異世界に来て戸惑っていたはずなのに、自分の中でそれを切り替えて、冷静にこれからの生活に慣れる事を考えている事だった。
何故、そういう考えになったのかと考えてみると彼らに受け入れてもらえた時には、切り替える事が出来たと思う。
そして、その原因は彼だと感じている。
その理由は彼が称くんに似ているからだと思う。
と言っても、顔が似ている訳ではない。
空気というか、雰囲気が似ているように感じる。
自分でもどうしてそう思ったのか理由はわからない。
でも、確かにそう感じた事が自分の中で心の支えとなって、冷静に考える事が出来たと思う。
これからの事はわからない。でも、彼についていれば、悪いようにはならないと予感がしていた。
「おはようございます」
「――――」
「えっ」
揺れる馬車の中、わたしはぐったりとしていた。
「確かに説明してなかったのは悪かったね、でも他に色々あって忘れてたんだ」
「は、はい……」
あの地獄こと翻訳丸(正式名称は知らない)の効果は一日程、眠気を感じ眠ってしまうと効果はリセットされる(最初のように気絶は大丈夫)らしい。
「とは言え、毎日飲むのは辛いだろう。此方の言葉を勉強するかい?」
「そうですね……」
「兄様、言葉を教えるには両方の言葉を知っていないと難しいのではないですか?」
「あっ」
「……確かに、失念していた」
両方の言葉を知っている人、そんな人いるのだろうか?
「方法は何かありましょう。ですが、今はそのような余裕がないのではないですか?」
「そうだね。チアキも」
「はい?」
「薬に慣れるほうが早いかも知れないね」
「……」
アレに慣れる?
そんな日が来るのだろうか?
街の名はサングレアと言うそうでこの国の首都らしい。
ちなみに国の名はグレアシス王国だそうだ。
王国と言う名の通り、王宮制によって政治が行われている。
ただ、彼曰く実質的な実権は王宮の意見役として政治に組み込まれている教会が握っているそうだ。
教会とは勿論、神を信仰するアレの集団・団体・拠点的な意味を持つあの教会の事だ。
神を信仰すると言っても異世界にイエス=キリストやアッラーも釈迦も存在する訳もなく、全く別の神なのだが、此方の世界では一番ポピュラーな信仰なのだそうだ。
裏を返せば、それだけ指示されているという事でもあり、宗教団体でありながら、一番指示されている政治派閥という事になる。
わたし達の世界でも名目上の権力者は傀儡で、実権は別のところにあるというのは陰謀論から公然の秘密までよく聞く話だが、そういったところは此方でも変わらないらしい。
勿論、公の場ではそんな話は出来ないが、今から営業許可を貰いに行く役所も教会の手が入っているらしい。
「あれだ。あの建物だよ」
彼が指差した先の建物はレンガ(?)で出来た、城からは外れているのに、城の一部のような建物だった。
建物の中の造りはわたしのよく知る、役所に似ていた。
ただ、使われている材質が木だったり、職員の服装が聖職者のものだったりと若干の違和感は残ったが。
そして、中に入って気付いたのは彼らのように猫人間ばかりでもなく、わたしのよく知る普通の人間や明らかに猫ではない別の動物に似た獣人間(?)や、天使のように背中に羽根が生えた人種までいた事だった。
「スカイ=ブルーだ。営業許可証の受け取り日なので来た」
彼は空いていた窓口に証明書のような物を出した。
わたしやシアンさんもその後ろに着いていった。
弟子のように振る舞えと言われたが、弟子の演技ってなんだ?と今更ながら思った。
「はい。担当の者を呼びますのでお掛けになってお待ちください」
「わかった」
彼が前の椅子に座ったのでわたし達もそれに座った。
彼の隣にはシアンさんが座り、その後ろにアイリスさんが座ったのでわたしはその隣に座った。
「アイリスさん」
わたしは小声で話しかけた。
「はい」
「あの……さっきのスカイさんのやり取りって、いいんですか?」
「いい、とは?」
「わたしのイメージだとこういう役所でああいう……態度?ですか?横柄に取られて余りよくないという印象を与えませんか?」
「ええ……それは此方でも同じでしょうね」
「なら、何故?」
「そうですね……スカイ様は此方に来る前にハッタリでもハクをつけようとしましたよね?」
「はい」
「それはここでも同じです。折角ハクをつけたのにここで下手に出れば効果は薄れます」
「それは……そうかも知れませんけど」
「印象は多少悪くても構いません。元から余りよろしくないんですよ。魔導士の稼業は」
「えっ……!?」
「……もう少し、声を抑えて下さい。本来ならこの様な所で話すような内容ではありません」
「あ……すみません」
わたしは周囲に気を配ってから、アイリスさんに向き直った。
「この国の実権は教会が握ってるという話は聞きましたよね?」
「はい」
「教会は元々、魔法・魔術の類いをよく思っていません。勿論、そこから派生する魔導や魔術生成も」
「それって……」
「魔法の基本原理は自然の中にある法則に手を加えて、一時的に変質させる事です。教会にとってそれは不自然なものなんです。神が作った自然の法則を変えるモノ、故に忌まわしいと」
「……」
「とは言え、教会は好き勝手出来る訳ではなく、名目上とはいえ、王宮に政権がある以上、蔑ろには出来ません。王宮に直属の魔術師や薬師、王族にも魔法に精通する者もいるので」
「じゃあ?」
「現状として、無名の魔導士が営業許可を持つのは難しいでしょう。ですが、それなりの影響力があると判断されれば、教会としても許可を下ろさない訳にはいかないという訳です」
「それが、ハクの理由ですか……」
「ええ。幸いブルー家自体は魔導の名門。スカイ様さえ正統な後継者だと証明出来れば……」
「お待たせしました。スカイ=ブルー様、此方へどうぞ」
奥から案内役に女性が出てきた事でわたし達の会話はそこで中断となった。




