10非情
この世界には言い伝えがあった。
国に沈黙の時が訪れる時、聖なる乙女が天に遣わされ地上に君臨するであろう。
聖女の目覚めと共に、女神様に力を与えられたもう一人の使い。
勇者が君臨する。
勇者は聖剣の力を持ち選ばれし戦士と共に地上に蔓延る悪を滅すると。
聖女と対になる存在、勇者。
その存在は五百年に一度現れると言われており。
聖女は祈りで世界を清め、勇者は聖女を守り悪を滅することができる唯一の存在。
この二人が絶対だった。
「聖女様は降臨されました。ですが勇者なる存在が未だ確定されていません」
「勇者など必要ない。聖女さえいればいい」
「ですが…」
「必要ない」
この国の王太子殿下、アドニスは聞く耳を持たなかった。
聖女を守るのは王族の役目で後見人を務める自分だけが傍にいればいいという傲慢な考え方だった。
「困りましたわね」
事情を説明した侍従に対して神官は困り果てる。
「聖女様も塞ぎ込んでおられる以上どうにもならない」
「そうですか…」
「お食事もあまり召し上がってくださらない状況だ」
常に侍女がお世話をしているが言葉を交わすことはほとんどなく聖女の力にも目覚めていない状況だ。
「魔を封じるには勇者の聖剣が必要不可欠だと言うのに」
「聖剣も未だに見つからない状況では手出しができません」
刻一刻と迫る闇に対抗する術がない彼等は恐怖と戦っていた。
「そういえばあれはどうしている?」
「聖女と一緒に召喚された者ですか?」
「一応宮廷内で死なれては厄介だ」
聖女召喚さえできればどうでもよかった。
「はっ…はぁ、侍女に食事を運ばせ日に一度監視をさせております」
「必要ない。無駄なことだ。捨ておけ」
「ですが…もうじき冬になります。離宮では凍え死んでしまいます」
あんまりな言い草に侍従は従えなかったが、神官は言い放つ。
「聖女様さえ召喚できれば不要だ。平民の娘など」
冷たく凍りついた。
まるで人を人とも見ないような言い方に侍従は恐ろしくなった。
「良いな…」
「はい」
人を脅かす魔物以上に人間の方が魔物ではないか。
そう思えてならなかった。