神殿からの遣い
翌朝ひどい二日酔いで目が覚めた。
この体がそもそも虚弱だと言うことを改めて思い知らせてくれる。
吐き気と頭痛でどこからどこまでが夢なのかもわからない。
支度をするために入ってきたメイドの中にアンの姿がない。
気まずいようなほっとしたような気持ちでメイドの一人に尋ねる。
「アンはどうしたの?」
「昨夜から外へ出ておりますよ」
むしろ何故主人である私がそれを把握していないのか、と不思議そうに首をかしげるメイドが、何を思ったのか部屋を出て行って、不思議そうな顔をしているメアリを連れてきた。
館から連れてきたなじみのメイドが必要だと判断されたらしい。
何が何だかわからないという顔をしているメアリが、とりあえず渡されるまま身支度を調えるのを手伝う。
「メアリ、オディールはどうしているかしら」
「ゆっくりお休みです~。もう、なんかすごく寝てますぅ」
「そう……道中はしゃいでいたものね」
旅行が楽しみすぎて眠れなかったのかもしれない。
今日は用事もないしゆっくり寝かせてあげよう。
身支度を済ませると、商会のスタッフがドアをノックした。
「ジゼル様、失礼いたします。神殿からの使者が、香木と聖水を届けに参りました。いかがいたしましょう」
「直接会ってお礼を伝えたいわ。少しお待ちいただいて」
「かしこまりました」
「え、っとぉ、私どうしましょう……? なんか今日アンいないんでしたっけぇ」
「そうなのよ。少しの間で良いから、部屋の世話を頼めるかしら」
「はぁい! がんばりますっ」
にっこり笑ったメアリが、精一杯つんとすました顔をして後ろをついてくる。アンの真似のつもりらしい。
簡素だけれど清潔な応接室へ足を踏み入れると、二人の神殿騎士がソファに座っていた。
銀の刺繍で縁取られた白い衣装が目にまぶしい。日の光の下で見ると、少しくたびれも見えた。
私は思わず足を止める。
来客のうち一人が、ルネその人だったからだ。
神殿の薄闇の下とは違う、光に満ちた商会の部屋の中でさえ、やはり彼の目は間違いなく敵意をはらんでいる。
「パウルス神官様の使いで参りました」
もう一人の神殿騎士は背の高い青年で、彼が頭を下げると薄いグレーの髪が透けて銀色に光るようだった。色素の薄さからして、貴族の血でも入っているんだろうか。
差し出された簡素な盆の上には、銀の器皿に盛られた香木と、ガラスの器に満たされた聖水が乗っていた。メアリが受け取ってサイドテーブルに置くと、乳香の香りと、どこかエキゾチックなお香の香りが鼻先をくすぐった。
「ご足労、えっとぉ。ありがとうございまーす! 神官様にはこのとおり是非お礼を~」
今度はメアリが進み出て、用意されていた硬貨の入った袋を手渡す。
受け取った騎士は口元の笑みを隠そうともせず袋を受け取り、遠慮なく出されたお茶と茶菓子に手を出す。
ルネは何かをこらえるようにそれらをにらみつけ、じっと黙っている。
「わ、これすっごく美味しいですね!」
「その、よろしければお土産に少しいかが? ダルマスのお菓子なのだけど、このあたりだときっと珍しいだろうし。修行の邪魔にならなければだけど」
「よろしいのですか!?」
ぱっと、もう一人の騎士が顔を輝かせる。
(年上だと思うけど、なんだか人なつっこい人だな)
微動だにしないルネに視線をやると、隣の騎士がルネの脇腹を肘で小突いた。
「おい、ルネ! お前も黙ってないでお礼くらい言えって。ああ、どうかご無礼をお許し下さい。あまり貴族の方にお会いすることがなくて。こいつ緊張してるんです。人見知りで」(ルネ、って呼んだ)
「お気になさらないで。あなたは、ルネというのね?」
「……はい」
しぶしぶ、といった様子でルネが短く返答する。
「あ、私はマルクと申します」
愛想良く、マルクが身を乗り出す。
対照的な二人を前に、私は笑顔を保てただろうか。
口の端が引きつるのが自分でもわかる。
(あーやっぱり人違いじゃないよねぇ何回も何回も見た立ち絵だもんねなんで一度も会ったことがないはずなのに敵意向けられてるのもしかして貴族が全般嫌いとかそういうこと!?)
ぐるぐると回る思考の海に沈んでいたら、突然目の前の騎士がルネの頭をつかんで下げさせた。
「えっ?」
「も、申し訳ありません! こいつも悪気はないんです、どうか罰を与えるようなことは……!」
「は!? そ、そんなことしないわよ!?」
思わずメアリを振り返ると、三つ編みがぶんぶんと揺れた。横に。
自分の顔を指さすと、メアリがこくこくと頷く。
(やっちゃった、また、この顔!)
何かこの世の終わりのような不幸面をしていたに違いない。無愛想な騎士に無礼な態度を取られるだけで不幸だなんて思っていたらオディールの姉なんてやっていられないというのに。
「どうか顔を上げて……神にお仕えするあなた方に対して何か思うところがあるとかそんなことではないの、本当に」
重ねて顔を上げてほしいとお願いすると、二人はようやく顔を上げてくれた。
これから神殿騎士をスカウトさせてほしいというタイミングで、モンスター雇用主だという噂を立てられてはたまったものではない。
「その、ええと、そう、この街のことを考えていて」
「アグナヴァルの?」
マルクが首をかしげる。
「あまり領地から遠くへ離れることがないから、せっかくだから色々見て回りたいと思っていただけなのよ」
苦し紛れに言い訳をすると、マルクがぱっと顔を明るくした。
「それでしたら、私たちがご案内しますよ!」
「えっ」
「は、」
ほとんど同時に私とルネの口からほぼ同じトーンの声が漏れた。
私たちの戸惑いをものともしない明るさで、マルクは身を乗り出す。
「私もルネもアグナヴァルの育ちなんです! この通り護衛もできますし」
「おい、マルク」
「雪と岩しかないような街ですけど、なんせ巡礼地ですし! 細工物や剣のいい店があるんですよ。きっと貴族の方にもご満足いただけると思います!」
「ええと、修行のお邪魔にならないかしら?」
「大丈夫ですよ。パウルス神官様からは、お嬢様方にご不便のないようよく取り計らうようにと言われていますから」
「だから、おい! 言うことかよそれ」
明らかに止めようとするルネが目に入らない様子でマルクはにこにこと笑ったままびくともしない。
パウルス神官には、昨日渡した金貨がずいぶんと効果的だったようだ。
俗世に染まりすぎではなかろうか。
(彼らにとっては、チャンスなのかもしれない)
騎士を探している貴族。
傭兵も同然の神殿騎士から、金満な伯爵家へ転職できるチャンス。
(それに、私にとってもチャンスかも。王都に現れなかったルネが、どういう人生をたどったのか。どうしてダルマスの名前にあんな顔をしたのか)
眉間のしわを隠しきれないルネを見て、姿勢を正した。
(誰であれ、オディールを傷つける可能性があるものを、放置はできない)
脳裏に浮かぶ血まみれの光景が、現実になるようなことは避けたい。
(ちょうど良いわ)
「それじゃあ、お願いしようかしら」
「お任せ下さい! 神の御名において、必ずお嬢様をお守りします! な、ルネ!」
「……はぁ。承りました」
ため息を隠す気もないルネに、マルクがばしりと音がするほど背中を叩いた。
兄弟のようなやりとりに、思わず笑いが漏れる。
視線を感じて顔を上げると、ルネと目が合った。
怒りとも、寂しさともつかない、不思議な色をした目を見つめていると、ルネが目をそらす。
「それじゃあさっそく出かけましょう!」
元気よく立ち上がったマルクの言葉に後ろを振り返ると、メアリがきらきらした目をしてコートを持って待っていた。
(お散歩にいく犬じゃないんだから……)
全身で連れて行ってほしいと訴えるメアリに、私は数秒アンの登場を待ってみたのだけれど、開く様子のないドアに諦めて頷くのだった。




