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第三話 水鏡

『そっちの首尾はどうですか?』


「いや、首尾っていわれてもなぁ…学校忙しすぎて動けないし。やっぱり夏休み入ってからでないと無理っぽいよ」



学校帰りに小さな小物屋によって朝約束したプレゼントを買い、食事を終わってくつろいでいるとちょうど母親から電話があった。

虫の音が響くベランダで凛が携帯電話を片手に唸っている。

ちなみに沙夜花はお風呂である。



『わたしたちもめぼしい所を探しているのですが…やはり上位の退魔師ですら防げなかった呪いを持つものです一筋縄ではいきませんね』



はぁ…

 重苦しい空気が辺りを支配する。



『ところで沙夜花さんは?こうやって電話をしていると不審がられませんか?』


「いや、大丈夫。いまお風呂」



 凛は携帯を持っているがそれでも一応電話を引いている。しかしこんな話をするのに居間にある電話を使いのは危険だ。



『…一緒に入ったりしないのですか?』

「か、母さん…」



 思いもよらぬ言葉に顔を真っ赤にして抗議する。



『それぐらいの冗談ぐらい受け流しなさい。それだからいままで彼女ができなかったのですよ』


「…」



 母親の正論に思わず押し黙る。



『では貴方が夏休みに入る前になんとかめぼしいところを見付けておきます。それからもうひとつ』



 急に瑞穂の声が真剣になる。



『調伏する場合は絶対に彼女を連れて行かないこと。万が一問題の悪霊に遭った場合呪いが活性化する場合があります。そうなれば…』


「うん…そうなったらあの娘は…」



 沙夜花の呪いに対して瑞穂たちが出した結論は『消滅したはずの悪霊は生きている』ということだった。

沙夜花の呪いはあまりにも強すぎる。死ぬ間際にかける悪霊の呪いではここまで強い呪いを維持することは不可能だ。

つまり、今も存在する悪霊を祓うまたは調伏すれば恐らく沙夜花の呪いは解ける。

そう考えたのだ。

 しかし二人も述べているように沙夜花が万が一その悪霊に接触すれば一気に呪いが活性化し、死に至る場合も考えられる。



『それに関しては貴方にお任せします。というよりも貴方以外に彼女を説得することは出来ないでしょうから』


「そうかな?僕が言っても押し切られそうな気がするけど…」


『女の子一人護れないのですか?貴方は』


「…」



ピッ、

 電話を切り溜息をつく。

昨日からことあるごとに溜息をついている自分に気付く。

彼女に対して特別な感情を抱き始めた自分。

今思う気持ちはただひとつ。


『彼女を失いたくない』



「はぁ…しかしなんて言うべきか」



 ここで急に現実世界に戻される。

それというのも彼女が付いて来ないようにする口実がなにも思い浮かばないのだ。

昨日からのやり取りを考えるととても穏便にすませられるとは思えない



「もっともらしく、しかも彼女が付いてくることを諦めてくれそうな理由…そんなんあるか?」



 自問自答した挙句頭を抱える。

リメディーに所属している以上学校の行事で締め出すことは不可能。

となると男友達の約束で締め出すしか方法がなくなるのだが、



「あいつらが協力してくれるとは思えんのよなぁ…」



厳密にいうならば『沙夜花を連れてこないことを…』である。おそらく連れて来るいうのであれば大手を振って協力してくれるだろうが。



「どうかしたんですか?風邪引いちゃいますよ」


「ん?あっごめんごめん」



 不意に声を掛けられ考えを中断させる。



「友達と電話。部屋の中電波悪いから」


「そうだったんですか。お風呂空きましたから」


「う、うん、ありがとう」



 咄嗟についた嘘にもなんの躊躇いもなく信じる沙夜花。

そんな純粋な彼女に(相手を傷つけないためとはいえ)嘘をついてしまった自分に罪悪感をおぼえる。


『相手を傷つけないためなんて単なるいいわけにすぎんな・・・』


 心の中で苦笑いをして部屋に入る。



「ほら、こんなに手が冷たくなってるじゃないですか。ホントに風邪引いちゃいますよ」



 不意に手を握られ顔を赤くする凛。

そんな彼の心情も察することなく赤くなった顔に気付きさらに額に手のひらを当てる。



「顔赤いですよ!ホントに大丈夫ですか!」


「大丈夫!沙夜花ちゃんの方が風邪引くよ。その、タオル姿だったら…」



 そういって視線をそらす。



「ふふふ、じゃあわたしももう一回お風呂にはいって暖まりましょうか?凛さんと一緒に…」



ボッ!

 その言葉にさらに凛の顔が真っ赤になる。



「沙夜花ちゃん…それはその…」



 母親にいわれたこともすっかり忘れ再び冗談を真に受ける。



「凛さん。ですからこれぐらいの冗談真に受けないで下さい。ですから…」



 そういって頬にフレンチキスをする。



「…!」


「今はこれで我慢しますね」


 そういって沙夜花は荷物の置いてある部屋に姿を消した。


「…はぁ」



 口腔に溜まった息を吐き出しタオルに手を伸ばす。



「それにしても」



 窓越しに空を見上げる。

そこには煌々と輝く満月があった。



「いい月だ」



 そう月に微笑んだ。





「明日から沙夜花ちゃんは休みなんだね?」


「はい、部活動があるので午前中はいませんが…あっ、でもちゃんとお弁当は持って行きますから」



ぶっ!



「も、持って行くって、そんな休みの日ぐらいゆっくりしとき」



 実際は持ってこられると学校でえらい目に遭うためにいっているのだが、



「大丈夫です!部活動は十時半からなのでゆっくりできます。ですから明日からは一緒にお弁当食べましょうね♪」


「…」



 恐れていたことが現実となった。



「いや、あの…や、やっぱあんまり無関係な人が学校に入ったらマズイと思うんやけど…」



『我ながら正論だ』などと自我自賛する。

しかし、



「でも凛さんが通っている学校ですよ?伴侶であるわたしがは入っても問題ないと思います。それに、」



 沙夜花はにっこり笑ってこういった。



「あの助手の先生から『いつでも会いに来ていいからね』って言われましたから大丈夫です」



 その一言は、凛にとって死刑宣告だった…



『これも母さんたちの策略か?いや、そこまでするとは考えん。しかし…』



 いろいろと思いを巡らせるが完全に脳が思考容量を超えてしまっていて考えがまとまらない。



『ここでやはりちゃんと迷惑だってことを言うべきか、いやしかしそんなコトしたら更にこっちが窮地に陥るのは目に見えてるし、だからといってこれを容認したらもう戻れんところまでいってしまう気がする、しかし…』



 完全に思考モードに入る。彼と長年付き合っている人物ならばすぐに続かなくなることを知っているのだが、いかんせん沙夜花はそこまでの知識はない。



「り、凛さん?」



 心配そうに凛に声を掛ける。もっとも、それぐらいで我にかえることはないが、

チーン、

 頭の中で計算が終了した音がした。



「沙夜花ちゃん!」


「は、はい!」



 急に名前を呼ばれ飛び跳ねる。



「いや、いつも友達と学食で食べてるからその友達を裏切るわけにはいかんのよ。だから…」


「あっ!わかりました。そのひとに悪いというわけですね」


「おう!そういうこと!」



 あそこまで脳をフル回転させてだした対策がこれである。

はっきりいって稚拙以外の何物でもない。

しかし沙夜花には意図は伝わったらしく、



「わたしがその人のお弁当も作っていけばいいんですね」



 さらに状況が泥沼化した。



「うがぁ!そうじゃなくて!」



 思わず地団太を踏み(迷惑)頭を抱える凛。

しかしすでに彼の思考能力はデッドゾーンを越えていた…

結果、



「本当に明日凛さんの分だけでいいんですか?」


「うん、アイツも彼女いるからな。さすがに噂になるようなことはせんほうがいい」


「はい、ではお昼にお伺いしますね♪」



 燃え尽きた凛とは裏腹に沙夜花の顔は満面の笑みを浮かべていた。

それを見ると凛はこう呟いていた。



「まっ、いいか」



 苦笑いを浮かべて。





ピチャン…

 一滴の雫がみなもに落ちる。そう、それはまるで水面の上に立っている様。逆さまに映る自分の姿は恐ろしいほど鮮明だ。

ピチャン…

 さらに一滴、広がる波紋が凛の姿を歪め通りすぎていく。



『いらっしゃい、凛』


「誰?」



 自分と自分を映し出す水面以外何も見うけられない



『視覚に頼らないで。視覚は思い込みを生み、さらに錯覚を生みます』


「…」



 その言葉に凛は瞳を閉じた。

そこには…一人の少女がいた。



「僕に、なにか用か?」



 口に出したのではなく心の中で思っただけ、ここではそれだけで伝わる…凛はそれがわかっていた。



『わたしを、忘れないでくださいね』


「えっ…どういうこと?」



 急にそんなことを言われ戸惑う凛。

全く意味が分からず問い返すが彼女は微笑みかけたまま何も答えない。

透き通った体はまるで水を彷彿させる。



『彼女にとって頼ることができるのは貴方だけなのですから…』


「えっ!まっ…」



 霞のように消えていこうとする彼女に手を伸ばし…





ぴぴぴ…ぴぴぴ…

 目覚ましの電子音が凛をうつつへ引き戻した。



「…夢か」



 ソファーから上半身を起こし、床においてあった目覚し時計をOFFにする。



「…」



 自分の置かれている性質上現実離れし、しかも何となくリアリティーのある夢を見る事は少なくない。

その場合のほとんどは今直面している問題に対する打開策である。

今直面している問題…

つまり、



「おはようございます。凛さん」


「…あっ、おはよう沙夜花ちゃん」



 思考を停止して声をかけてきた沙夜花に挨拶を交わす。



「今日から夏休みやろ?もうちょっと寝とったらいいのに」



 休みの日はここぞとばかりに惰眠を貪る。こんな時間に起きるのは凛としてはなんとも違和感があった。


「はい、ですが凛さんの朝御飯を作らないといけないじゃないですか。あっ、それからちゃんと今日もお弁当作りますから♪」



 おたま片手に得意げに言う。



「うん…確かに昨日のお弁当は美味しかったなぁ…」



 お世辞でもなんでもなく沙夜花に告げる。

この手の嘘など凛がつけるはずがないのだ、



「腕によりをかけて作りますから期待しててください。お昼にはそちらに伺いますね」


「…はい」



 覚悟していたとはいえ最後の言葉に頭痛を覚える

しかし当の本人は全く関係ない




「部活動が十時半からお昼までなのでそれが終ってから一緒に食べましょうね」


「…」



 さも当然といわんばかりの顔で答える。



「あの…迷惑、ですか?」



 凛の反応に沙夜花がおそるおそる訊き返す。

もちろん凛の本音を言えば迷惑なことこの上ないのだが、



「い、いや!全然そんなことないよ」



 この男のお人好しは筋金入りだった…






「はぁ…」



 今の時刻は午前十二時。

二時間目の授業がちょうど終わったところだ。

しかし、



「凛、さっきから溜息ばっかりやぞ」


「…気のせい」



 そういって視線をそらす。



「…全然説得力ないぞ」



 ちなみに彼女は今頃こちらに向かっているであろう時間である。



「…」



 昨日のことからして彼女は恐らくこの部屋に入ってくるはずである。

しかも助手の先生も嬉々として彼女を迎えてくれるだろう…

まったくもって凛にとっては悲劇としかいいようがない(はたからみれば喜劇だろうが)



「・・・ん?」



 携帯のバイブに気付きディスプレイを確認する。



「紗雪・・・」



 一番下の妹の顔がディスプレイに映し出されている。



「もしもし」


「あっ、もしもしおにいちゃん?」


「ああ、どうしたん。こんな時間に」



 もう夏休みに入っているはずにもかかわらずかかってきた電話に少し怪訝とする。



「ごめんなさい、じつはれんしゅうちゅうにあしをへんにしちゃって・・・きょうおかあさんもおとうさんもいえにいないから・・・」



 今にも泣きそうな声に凛の表情が曇る。



「そっか、お前は部活入ってたな。でも美沙は?」



 同じ学校、同じ部活に入っている姉のことを訪ねる。



「おねえちゃんきょうからじっしゅうだからここにいないの」


『そういえばもう病院実習の時期か・・・』



 前家に帰ったときに真新しい白衣があったことを思い出した。



「分かった。放課後迎えに行けばいいんだね?お兄ちゃんの授業が終わってからになるから四時半ぐらいになるけどいいか?」


「うん、まってるね。ありがとうおにいちゃん」


「OK、じゃあ迎えにいくまで学校から出るなよ」


「うん」



ピッ、

 終話を押して携帯をバッグに放り込む。



「妹さんに何かあったんですか?」


「ん?いや、ちょっと足をくじいただけ」


「そうですか、よかったです」



 そういって沙夜花が机の上に弁当を広げる。



「・・・いつのまに!」



 動揺する凛とそれをニヤニヤと楽しそうに見ている雄介。



『お前の策略か?』



そう目で送るが当の本人はまったく気にしていない。



「じゃあ俺はちょっと用があるから職員室に行ってくるわ」



 バンバンッ!と肩を叩き雄介が姿を消す。



「凛さん。お昼休みなくなっちゃいますよ」


「う、うん・・・」


『あのやろう・・・』



心の中で毒づきながら覚悟を決めて弁当のふたを開けた。




バタン!

 白衣をロッカーにしまい、携帯に目を落とす。

時間は午後四時十五分



「さてと、迎えにいきますか」



気の弱い妹を考えるとなるべく早く迎えに行きたいと思っている。珍しく時間どうりに終わった実習に凛は感謝した。



「じゃあ妹さんをお迎えに行きましょうか」


「・・・うん」



 すでに突っ込む気力すらない。



「よく考えたら・・・わたしが迎えに行ってもよかったんですよね?」


「いや紗雪、沙夜花ちゃんの顔知らないはずやし。それに人見知り激しいから・・・」


「それなのにチアリーディング部に入ってるんですか!すごいですね」


「ま、まぁそれを克服するために入ったんだけどね」




 車に乗り、リメディー学園の初等部に向かう。

一応凛も妹の送り迎えはしているので、学園の入校許可書は持っている。

もっとも、隣に沙夜花が乗っているので止められることはないだろうが、



「じゃあ迎えに行ってくるよ。ここで待っててもらえる?」


「場所分かりますか?着いて行ったほうが・・・」



 その申し出に頭を振り、



「いや、何度か来たことがあるから大丈夫だよ。それに部外者だからまずは職員室に行って先生の許可もらわないと」


「・・・そうですね。ではここで待ってます」



 本当はこれ以上話をややこしくされたくなかったのが本音である。

女子高生(見た目は中学生だが)と社会人らしき男が一緒に歩いていれば確実に怪しまれる。



コンコン



「失礼します」



 ノックをして職員室の扉を開ける。



「あら、いらっしゃい」



 声に反応して一人の教師が凛に歩み寄る。

沙雪の学年主任で、何度か顔をあわせたこともある先生である。



「お久しぶりね、妹さんのお迎えでしょ?」


「はい、今日は両親が不在なもので」



 1学年のクラスが少ないため、学年主任が個々の生徒を覚えているのは決して珍しいことではない。

特に透影家の人間となるとおのずと目立ってくる物である。



「保健室の場所は分かるわよね?先に連絡入れとくから迎えに行ってあげて」


「分かりました、お手数おかけします」



 受話器を持って手で合図をする先生を確認して、職員室を出る。



「・・・」



 この学園は初等部から高等部まで存在し、未来の医療技術者を養成している。

専属の病院もあるが実は医学部、看護部はまた別に存在している。

これは初等部からエスカレーター式に大学まで存在すれば、結果的に視野の狭い、医療のことのみの知識しかない人材しか育たないためである。

今日の医療においてそれは致命的であり、QOLが叫ばれている中で医療以外の知識(学問から雑学まで)は必須なのである



「・・・医療と科学技術が進化し、退魔の力が必要なくなる日が来るのだろうか」


 

 退魔の家系に生まれながら、医療の道を進んだ自分。

相反すると思われるものを志す自分。

しかし凛の考えているものはそのまた向こう側。



「人を助けたいという共通の意思があるなら、いつか双方が相容れる関係になればいいのに・・・」



 幼稚な考えだと凛は思っている。

しかし理想なくして現実などありえない。

人はそうやっていつも前に進んできたのだ。

いままでも、そしてこれからも







ああ、もっとほのぼのしてるの書きたいなぁ・・・w


案を練っておこうw

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