第???話『グランドエンドは、続いていく』
◆注意◆
このお話の視点が誰のものなのかは、此処まで読んでくださった方なら分かるはずです。
あえてプロローグとリンクさせている風にしているお話なので、最初と最後の話のみを読んでくださった読者様にはわけの分からない内容になっております。
もしも、最初からこの話に飛んだ方がいて、もしこの物語に付き合ってくださるならば、どうぞ見た事を忘れて彼女達との道中を、我慢の出来る限り共にしてあげてくだされば幸いです。
ジリリ、ジリリと、目覚まし時計が鳴る。スマホの目覚ましじゃ信用できない私にとって、目覚まし時計は未だに必需品だ。
とはいえ、幾つぶん投げて壊したかは数えたくないけれど。
私は眠りを妨げるやかましい時計を放り投げたい衝動を抑えて、目を擦ってベッドから起きる。
「あっぶない、今日は気合入れなきゃな」
夢に見ていた、自分の紅茶葉の店。
そのオープン初日でさえ、私は寝坊をしかけていた。
とはいっても、小さいお店だ。
生まれてから不幸続きの私にとって、24歳で自分の城を持てた事は、奇跡としか言い様が無い。
両親は私の事で喧嘩が絶えないし、私は愛想笑いをしながら仕事を続けストレスを溜めていた毎日。
唯一の趣味はお酒を飲みながら、乙女ゲームをやる事くらいだった。
それでも、これからどうなるか分からないにしても、これは新たな一歩。
両親も、やっと少しだけ態度を改めてくれた。
結構前に、今にも死人が出そうなくらいの大喧嘩をして、その時の事故で私はしばらくの間意識が無く、眠っていた。
それが相当効いたのだろう。元々悪人では無かったのだ。壊れていた家族関係は、治りつつある。
そうして、事故でしばらく意識を失っていた事もあって、目覚めた後、私はどうしてか会社を辞めて、紅茶葉の店を立ち上げる事に決めた。諦めかけていた昔からの夢、時間はかかったけれど、大きな決心だった。
何故そうしたかは分からないけれど、そうしたかったからとしか言い様がない。
ちなみに、趣味は相変わらず酒を飲みながら乙女ゲームをすることで、昨日も緊張のあまり、ゲームを続けていた。
主人公は少し野暮ったい女の子で、悪役令嬢は奇遇な事に、私と同じく紅茶が好きなキャラクターだった。
事故の前にもプレイしていたような気がするけれど、当たり前に記憶からは薄かった。
ちなみに昨日のプレイも、殆ど頭に入っていない。
「じゃあ、行ってくるね。お母さん、お父さん」
そう言って、私は家を出る。スタッフも、何とかして集めた。
やってみたら、頑張って出来ない事もそうそう多く無いという事が分かる。
才能じゃない分野なら尚更だ。夢を叶える事くらいは出来た。でも大事なのはそこからだ。
前世できっと何か悪い事でもしたのだろう。私はあまり人間と良い関係を築いてこられなかった。
だから勿論、人間はあまり好きではない。だけれどいざちゃんと向き合ってみたら、良い人だっている事に気付く事が出来た。
だって、やっぱり良く考えたらいないわけがない。会社だって辛かったけれど、上司は本当にどうにかしてやりたいくらい嫌いだったけれど、両親だって憎んでいたくらいだったけれど、結局の所、心の持ち用だと気づいた。
立ち止まって考える時間が、必要だったのだと思う。
もしかすると、意識をなくしていた間に、私の心から、何か悪い物が抜け落ちたのかもしれないと思う程に、目覚めた後の私は心変わりしていた。理由は分からない。
けれど、嫌いな物が好きになる瞬間について、理由なんかはいらないような気がするのだ。
なんとなくでも、大事なのは好きになれたという事実なのだと、今の私はそう思う。
本当に、今までの私は怒りに満ちた人生だった。
本当に、何度も何度も思った、前世で何をしたのだろうと。何かとんでもないことをしたのかと思うくらいに、私の人生は暗闇に満ちていた。
環境は悪い、決して物凄く美人に生まれたわけでもない。
だけれど、それに甘んじて腐っていくべきでは無いと教えてくれたのは、他でもない創作物達だ。
なんともこう思うのは恥ずかしい気もするけれど、胸を張って人に言えるかは分からないけれど、私はノベルゲームに、救われたりしてきた。特に事故の後はそうだ。
はっきり言って、私は性格が良くない。
だけれど、結局の所変わるべきは私で、私が変われば、世界も変わるのだと、そう思ったのは、どうしてだろうか。昨日プレイしていたゲームで、誰かがそんな事を言っていたのかもしれない。
私は、家からそう遠くない場所にある、小さな自分の店にかかっている看板を、オープンに変えた。
スタッフは何人か雇っていたけれど、今日だけは一人でやらせてほしいと、お願いをしていた。
一人の時間が流れる。不安がよぎる。
私は紅茶が大好きだった。自分自身で茶葉を配合するくらいには。
だからこそ、伝わって欲しい。繋がって欲しい。同じ人が、きっといるはずだと、信じたい。
カラン、と音がして、一組の夫婦が入ってきた。
だいぶ歳を重ねた老夫婦が、私の始めてのお客さんだった。
「い、いらっしゃいませ!」
その言葉に、老夫婦は驚いたように目を開く。
少しの間見つめ合ってしまうが、私はその二人を知らない。
けれどその二人はまるで私の事をお化けか何かのように見つめていた。
「どうかなされましたか?」
「いいえ……知っている人に、随分似ていたものだから……」
老夫婦の奥さんが、温和な口ぶりで、旦那さんの袖を引く。
旦那さんは、目尻を抑えているようだった。余程、私は二人にとっての大事な誰かに似ていたのだろうか。
「あぁ……驚かせて悪いね。なぁお前、せっかくだから何か買わなきゃ悪い」
「そうね……あら? この茶葉……」
二人の関係は、悪くないように見えた。何処かくたびれているようにも見えるけれど、わざわざ専門店に入ってきたという事は、紅茶が好きなのだろう。
私が自身で配合した茶葉を、奥さんは手に取る。
「私が配合したものです。好みは分かれるかもしれませんが、綺麗な青が出ますよ」
「名前は……えっと、振り仮名があると分かりやすいかもしれないわね」
確かに、優しく指摘してくれる人が最初のお客さんで良かった。英語の上に、すぐに振り仮名を振ろう。
「フォスフォレッセンスというブレンド銘柄です。まだブレンドした茶葉はそれだけですが……」
「フォスフォレッセンス……不思議な名前ね。じゃあこれ、一つもらおうかしら」
そう言って、奥さんは私の元に来て、名札を見る。
「ふふ、名札にも振り仮名があった方がいいわね」
そう言われて、私の名前が読みにくい事を思い出す。
「あぁ……失礼しました。私は『RAY』の店長をしている……えっと」
緊張しながら、最初に店名を言ってしまった。その前に名前を言うべきだと気付いて、少し焦る。
そうして、私は何処か憂いを帯びながらも懐かしそうに紅茶葉を手にとっている老夫婦を見た。
「えっと、私の名前は……」
あろうことか焦った私は自分の名札を取り外し、その自分の名前の漢字の上に、持っていたペンで振り仮名を書く。
そうして二人にその名札を見せて、自己紹介をした。
その老夫婦の付き合いは、どうしてか長い物になるような気がした。
何故なら、フォスフォレッセンスを見る二人のその瞳は、やっぱり何かを懐かしむようで、少しだけ潤んでいて、それにどうしてか少し苦しんでいるようで、そうして何かに向き合おうとしているようにも見えたから。
そんな事に気づいたのは、そんな目を私は覚えているからだ。
何か、ゲームで見たのだろうか、それとも自分がしていたのだろうか。両親の目に似ていたのだろうか。それは、思い出せない。
彼らに何があったか、これからの私に何があるのかは分からない。
だけれど、これもまたきっと良い出会いだと、心から思っていた。
私は、そんな風に思えた私の事が、少しだけ、ほんの少しだけ好きになれそうだと思い、大好きな紅茶達に包まれた自分の世界の中で、微笑んだ。
チリンと音がして、次のお客さんが入ってくる。
改めて、無謀かもしれない私の人生が始まったような気がした。
だけれど、どんな困難でもかかってこい。そんなもの全部へし折ってやると、少し強気な事を思った。
よくは覚えていないけれど、もしかしたら昨日プレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢の台詞に、影響されていたのかもしれない。
此処まで付き合ってくださり、ありがとうございました。
最終話の後に続いたこの話が、作中で実際に起きている事かどうかは言及しません。
だけれど、僕は、出来る事ならば環境に左右されたとしても、全ての人間に、全ての登場人物に幸せになる権利があってほしいと思っています。
改めて、此処まで読んでくださり、ありがとうございました。
貴方にも、正しく幸せな光が降り注ぎますように。
ありがとう! けものさんでした!
一応、それでもより深く想いを知りたいという方に対して、最後のネタバレをしておきます。
何の因果が働いたのか、それとも誰かの願いのお陰か。
碇二朱が現実世界で死んだ後。彼女の家の近く、とある家庭で生まれた女の子がいました。
その子の名前はわかりませんが、彼女もまた碇二朱と同じような家庭環境の中で、紅茶や乙女ゲームを愛しつつも、毎日を鬱屈して過ごしていた大人の女性です。
このお話の時の"彼女"の歳の頃はおそらく碇二朱が死んだ頃の年頃。碇二朱が現実世界で死んでから二十年以上経っているわけです、
彼女は前世でどんな悪い事をしたのか、碇二朱以上に散々な人生を送っていたようで、碇二朱が死んだような出来事が彼女の身にも起きたけれど、彼女は死ぬ事はありませんでした。
死に近づくという体験を以て、毎日の苦しみを振り切ってでも意識を変えようと前向きに動き出した彼女は夢の紅茶葉の専門店を開きます。
そうして自分のお店の初オープン日。
これも何の因果か。紅茶が好きで、少し憂いを帯びた老夫婦と彼女は出会います。
その老夫婦は、名字だけいうならば『碇』という名字です。要は碇二朱の両親ですね。
碇二朱が亡くなってから生まれた"彼女"。碇二朱の死は事故として片付けられたはずなので名の知れぬ"彼女"が大人になるまでの二十数年間で、碇夫妻も何とか少しだけ気持ちを持ち直したのかもしれない。もしくは未だに強い後悔に苛まれているかもしれない。それでも"彼女"も老夫婦も、きっと救われるのはこれからなのかも、しれません。
ニア・レイジはこの世界の全ての人を救う事は出来なかった。モブの人達も含めてね。
多くを救ったけれど犠牲は確実にあった。
それでも、ニア・レイジという人間の目に映ってきた善の心の欠片を持っている人達は皆はちゃんと救えた。
そんなグランドエンディングが、このお話でした。
そうして、最後の最後に、僕と貴方だけの内緒話。
このお話の存在を、ニア・レイジは知りません。
このお話の存在を知る事が出来たという事が『メタ』というものを強く扱ってきたこのお話の作者であり読者である、僕達だけというのが、この作品の、最後で最大のメタです。
改めて、ここまで読んでくれてありがとうバサバサ。




