第62話
雪中
「うん……? あれ……?」
「お目覚めですか」
「……」
「おはようございます」
目覚めた時、僕の前には一人の少女が座っていた。
外見に比べて落ち着いている、大人びている子女だった。
「僕は……」
「貴方の名前はツバキ。そしてここは舟の上。これは貴方の小さな舟です。記憶は明瞭ですか?」
「……」
何十時間も寝た後みたいな、はっきりとしない気分である。一旦、頭の中身を整理。
段々、思い出してきた。
僕は北の大陸出身、そう。名前はツバキという。
目下宣戦布告中の帝国軍の兵士であり、そして軍規に違反している、所謂、脱走兵である。
聖王国への奇襲作戦、これに僕らは参画し、王の処刑を見届けた上、王女の捕縛に成功した。
その勢いで帝国軍は東の諸国に手を伸ばし、大陸全土を制圧した後、母国に踵を返したのだ。
「そうだ。聖都を陥落させて、僕らは……北へと戻った」
「……」
「その時、僕は人目を盗んで隊から抜け出し、逃亡した。本来だったら西へと向かって戦火を広げるはずだった。だけど、東の戦で、僕は……心が折れてしまった」
「……」
持てる限りのものを持って、僕は小舟に乗り込んだ。
目指すは大海原の向こう、南の大陸圏である。
北の大陸、そのまた北方、吹雪の海を渉っていく。
戦時中の混乱なのか、領海警備は手薄であり、僕は追っ手に追われぬままに降雪海を航行した。
「そう。僕は寒がりで、海の気候は知ってたから……毛布をたくさん持ってきてた。それでも身体が凍えて……」
「……」
「充分すぎる水と食料、櫂、それに防寒具。下位の拙いものではあるけど、炎の魔法も使えたから……何とかなると思ってたんだ。いや、流石に無茶だったね」
積んだ荷物はその悉くが凍りついてしまっていた。
吹雪の海を渉りきるなど無謀で、浅はかだったのだ。
少女は話を聞き終えた後、僕の後ろを見つめていた。
振り向けば、僕の死体が丸まり、青く褪めている。
「やっと頭がすっきりしてきた。ごめんね。はっきりしたよ」
「……」
「僕は死んだ。凍死だった。君は……戦女神だね?」
凛々しく、静かに、声に出さずに、彼女は小さく首肯する。
僕は「あはは」と自嘲を漏らし、その後、大きく嘆息した。
「そりゃそうか。こんなところに少女がいるわけないし……」
「……」
「南の大陸、憧れでさ。一回、行ってみたかった。気温も、人も、ご飯だって、向こうは……温かいもんなあ」
彼女の頭の雪を払い、僕は魔法陣を描く。
炎の魔法で毛布を温め、彼女の身体に包ませた。
「寒いだろう? これをどうぞ」
「……」
「しかし、よく降るね」
舟の上で胡坐を掻いて、僕は降雪海を見た。
海の上の雪の景色は、とても……綺麗なものだった。
ツバキ