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叛逆のヴァルキューレ  作者: 雪野螢
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第61話

再会




 月の丘には悪霊が住む。そう聞いたのは、いつだったか。

 わたしは間もなく幕を迎えるこの老体に鞭を打ち、西の僻地の山岳草原、月の丘へとやってきた。


 もはやここから麓に下りる体力、気力は残っていない。

 兄者を捜して、数十年だ。


 これが最後の賭けだった。


「……」


 わたしの兄者の名前は、旧王国のユーフォルビア。嘗て東の内戦により命を落とした騎士だった。

 彼は死しても天に召されず霊体のまま残留し、現世を徘徊し続けている、通称、濡れ羽の騎士である。


 世界中を彷徨っている兄者は各地に出没し、行く手を遮る者の全てを斬り捨て、殺害しているらしい。

 実の家族のわたしたちにもその目的は定かでなく、父と母は大衆からの誹りに抗せず、死亡した。


 以来、わたしは半生を懸け、世界中を放浪し、我が一族の汚点となった兄者を捜し続けている。

 月の丘には霊が出るとの噂を事前に聞きつけて、帝国軍が南に向かった時合いに乗じて、入山した。


「……」


 高原。月が最も大きく、近くに見える丘――。

 黒い鎧の、濡れ羽の騎士が、兄者がそこに立っていた。


 月の光の草原地帯で、わたしを待ち受け、黙している。


 わたしの中で、怒りと悲しみ、二つの思いが……爆発した。


「兄者っ!」


 一喝。言うが早いか、わたしは地面を蹴っていた。

 長年、杖の代わりを務めた剣の鞘を投げ捨てて、わたしは宿敵、濡れ羽の騎士に――実の兄へと斬りかかる。


 熱い気持ちと冷たい気持ちが、心の渦中で錯綜する。しかし、わたしの老いた身体は共振してはいなかった。

 老い耄れであるわたしの剣には欠片の力も伴わず、鞘に剣を収めたままで、兄者はそれを往なしていた。


「兄者! なぜ! わたしの剣は、それほど……拙劣ですか!」

「……」

「父と母は兄者の責を被ってこの世を去りました! ならば、わたしは……わたしはどうして! どうして絶えたらよいのです!」


「抜け!」――それでも、わたしの言葉は兄者のもとへは届かない。

 児戯に等しいわたしの剣を、彼は……捌き続けていた。


「……っ」


 やがて力尽きて、剣さえ手離し、落とした時、視界が歪み、足が縺れ、わたしはその場に倒れていた。


 幼い頃、兄者に習った木剣稽古を思い出す。

 結局、彼は一度たりとも本気になってはいなかったが、多忙な日々の合間を縫ってはわたしの相手をしてくれた。


 わたしにとって兄者は偉大で、十全十美の勇士であり、そんな彼の背中を追いかけ、わたしも……。


 騎士を目指していた。


「……」


 もはやわたしの身体に戦う力は残っていない。

 老衰。わたしは限界だった。

 

 兄者がこちらに歩み寄る。


「最後の力を絞り尽くし、兄者に……手向かいました」

「……」

「兄者はいつも一人でいながら遠いどこかを見つめていて、わたしはそんな孤独な貴方の、隣りに……立ってみたかった」


 わたしの旅はこれで終わる。目当てを達成できないまま。

 数十年来、憎み続けた実兄(あいて)と再会できたのに、とても言葉で形容できない……この心境は何なのだろう。


 悲しい瞳を浮かべる少女が現れ、わたしに寄り添った。

 戦女神ヴァルキューレ。わたしはようやく合点がいく。


 彼女が兄者に、実弟の死を……事前に伝えてくれたのだ。


 兄者は、わたしの死に場所にまで……足を運んでいたのである。


「……」


 兄者は兜を外し、わたしの隣りに跪く。


 彼の顔は、わたしの中の……遠い記憶のままだった。


「ハーデン、すまなかった……」

「……」

「愚かな兄を、許してくれ」


 小さな声で、ぼそりと一言。わたしにそれだけ伝えると、兄者はそのまま膝を伸ばし、どこへともなく立ち去った。


 なぜだろうか。不可解である。あんなに憎んだはずなのに。

 消えゆく彼の背中を見ながら――。

 

 わたしは、涙を流していた。




ハーデンベルギア

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