ヴァルハラ試飲
「酔ってらっしゃい! 魅てらっしゃい! グレープ、バーベナ親子が手掛けた人の世界のお酒だよ!」
「あはは! 親父、調子に乗りすぎ!」
「いやー、頗る気分がいい!」
ユグドラシルの根子の一本、根本の先には泉があり、ノルンの泉と呼ばれるその場で人と神とが騒いでいた。
「お嬢ちゃん、どうよ! 飲んでる?」
「たくさん」
「がはは! 言わずもがな!」
宴が始まり幾許もなく、二人はすっかり酔っていた。
グレープ、バーベナ、父娘の親子は葡萄畑を造園し、ヴァルハラ――神の世界において酒造を始めていたのである。
ノルンの泉の三姉妹に取り入り、水を手に入れて、大地の女神のヨルズに請うて、二人は土を手に入れた。
更には、フレイヤ――豊穣神の加護を賜り、祝福され、人間界の葡萄の種を撒いて育てていたのである。
神々からのお墨付きの葡萄は見る見る成長し、熟した果実を収穫、醸造。
お披露目するに至ったのだ。
「ラーズ! この酒、超美味しい! 一枚噛んでよかったわー」
「姉さん、しっかり。飲みすぎですよ」
「そういうヴェルこそ、顔が赤い!」
ウルズ、スクルド、ヴェルザンディ。ノルンの泉の三姉妹。
三人揃って、親子のお酒が眼鏡に適ったようである。
ヨルズとフレイヤ、階級高位の女神も至ってご機嫌だ。
二人は一緒にうっとりしていて、お気に召されたようだった。
「……?」
神とエインヘリャルの多くがこの場に集った中、ユグドラシルの根に立ち腕組む一つの影に勘付いた。
戦女神、ブリュンヒルド。わたしの同輩。タカビーさん。
ヴァルキューレである女神の中でも随一である神格者が、わたしたちから一歩離れてこちらを俯瞰し、見つめていた。
「ヒルド」
「……ラーズか。暫らくだな」
「お邪魔しても?」
「勝手にしろ」
わたしのことなど見向きもせずに、ヒルドは邪険に返事をする。
わたしは彼女の隣りに立って、倣うようにみんなを見た。
「いい気なものだ。あんなに浮かれて、戦の前だというのに」
「……」
「聞けば、あれはエインヘリャルが開いた催しとのことだ。さぞかし気楽な戦女神を主に持ったのだろうな」
「……」
「束ねる者の程度が知れる」と、ヒルドは鼻を鳴らしている。
わたしはノルンの泉に集う、人と神とを一望した。
それぞれ、大いに賑わいながらもお酒を嗜み、騒いでいる。
「みんな、お酒が大好きだから……ついつい夢中になってるのよ。普段は表に出ない神も、ほら、たくさん集まってる」
「人間などに絆されるとは、神の名折れと思うがな」
「最高神も同席してるわ。ヒルド、それは不敬じゃない?」
「不敬はお前のことじゃないか」とごもっともな指摘を食う。
変わってしまった話の風向き。わたしは墓穴を掘っていた。
ヒルドの視界に入らぬうちに逃げる準備をしていると、彼女は言葉の槍を投げて、わたしの背中に突き刺した。
「ラーズ、お前、命令違反は相も変わらずらしいな」
「ぎく……」
「何を以って上の神が許しているのか知らないが、わたしはお前の傍若無人を認めてなどはいないぞ」
「……」
振り向けば、やはりヒルドはわたしを見てなどいなかった。
遠い、遠い空を見つめ、彼女は神界を憂えている。
「ラーズ、わたしはお前が嫌いだ」
「わたしはヒルドが大好きよ」
「……だから、そういうところが嫌いだ」
「貴女のそういうところが好き」
頭を抱え、溜め息一つ。ヒルドは腕を解いていた。
ここで初めてわたしを見る。
悲憤の募った、その瞳で。
「……やはりわたしはお前のようなやつとは馬が合わないな。ここに来たのは間違いだった。わたしは退場するよ」
「……」
「ラーズ、お前が何を企て、弄しているのか知らないが、もしもの時には覚悟しろよ。わたしがお前を殺してやる」
ユグドラシルの根本を下りて、わたしの前から去っていく。
「ヒルド!」――わたしは彼女を呼び止め、瓢の果実を投擲した。
「……?」
瓢の果実の中にはお酒がたっぷり入っている。もちろん親子が手掛けたお酒だ。
お土産用のお持たせもの。
わたしの声に立ち止まり、ヒルドがこちらを振り返る。
瓢の果実が……弧を描き……。
ヒルドの頭に、直撃した。
「あっ」
ヒルドは頭を押さえ、そのままその場に蹲る。
不和の沈黙……。
ぷるぷる震える彼女に、わたしは歩み寄る。
「貴女もお酒、大好きでしょう?」
「……」
「要らない?」
「……まず謝れ!」
わたしが拾った瓢の果実を奪うように受け取ると、わたしの頭に拳骨一発。
ヒルドはこの場を立ち去った。
大きな大きなたん瘤ができ、今度はわたしが蹲る。
クローバーが後ろに現れ、
「お前が悪い」と呆れていた。




