第60話
誤認
「カズラ、今日もお墓参りに?」
「うん。お父さんに会ってくる」
「外は危険よ。物騒だから、一緒に行くから待ってなさい」
お父さんは北と東の戦によって戦死した。
お父さんは強くて優しい、とても立派な人だった。
元々、僕たち三人家族は聖王国に住んでいた。しかし帝国軍によって聖都の街は燃やされて、城下を追われた住民たちは二手に分かれて遁走した。
一手は南に逃れるために港町へと向かっていき、一手は東に残る所存で大辺境へと移動した。
帝国軍の大部分は西を目指して引き返し、それもあり、東に残った僕らは生き長らえている。
自給自足の日々の中でも聖都のみんなは協力し、戦で死んだ身内の墓所を作るまでに至っていた。
「……」
死体は故郷に置き去り。だから、仮のお墓である。
お母さんを待ちきれなくて、僕は一人でやってきた。
いつもはとっても、とっても静かな、聖都のみんなの共同墓地。
そこに、すっごく、すっごく美人な――。
一人の女性を発見した。
「あ……」
女性は墓所の前に膝をついて座っていて、瞳を閉じ、胸に両手を添えて祈りを捧げていた。
見やれば、墓前に一本花がそれぞれ供えられている。彼女が献じたものだろう。
僕と彼女の目が合った。
「……」
「あ、ええっと! 僕は、怪しい者ではなくて……」
「……」
女性は、なぜだか悲しそうに僕のことを見つめていた。
見かけない顔、今まで一度も会ったことがない人だ。しかし祈りの所作から見るに、彼女は恐らく修道女だ。
疑問なのは大辺境に女性が一人でいることで、戦時中だと考えても……彼女の素性は謎だった。
「君、ここの……ご遺族かな」
「うん。お父さんの……」
「……」
「お姉さんはどこから来たの? 聖都の人ではないよね?」
「……」
俯き、女性は苦しそうに顔を歪めてしまっている。
彼女のことが心配になり、僕は一歩を踏み出した。
「きゃあああーっ!」
その時、聞き覚えのある声が、悲鳴が聞こえてきた。
お母さんだ。お母さんが腰を抜かして倒れている。僕を追ってきたのだろう。
こちらを指差し、絶叫する。
「誰か! 助けて! 北の悪魔が……北の悪魔が現れたわ!」
北の悪魔。お母さんは確かに「悪魔」と叫んでいた。
その名を聞けば、僕にも分かる。
彼女は――。
北の勇者である。
「わたしの子供に寄りつくな! 悪魔め……っ! 北の悪魔め!」
「……」
「お母さん、違うよ! この人――」
「カズラ、こっちにいらっしゃい!」
お母さんが駆け寄ってきて、僕の身体を抱き締める。
お姉さんは、そんな僕らを嫌々しながら見つめていた。
「北の悪魔だ! 北の悪魔だ!」
「北の悪魔がいるぞ!」
「……」
聖都のみんなが集まってきて、お姉さんを取り囲む。
みんなはそれぞれ石や砂泥を彼女に対して投げつけて、躊躇もなしに罵倒を浴びせ、怒り狂ってしまっていた。
「人殺し! 人殺し! お前も死んだらいいんだ!」
「……」
「聖都を襲い、帝国軍を指揮していたのは貴女でしょう! わたしたちの故郷を返して! わたしの……家族を返して!」
「……」
お姉さんはそれらに対して何一つとして抵抗せず、言われるがまま、されるがままにその暴力を受けていた。
僕は居ても立ってもいられず、彼女の前へと飛び出した。
両手を広げ、彼女を庇い、聖都のみんなを説得する。
「お願い! みんな、話を聞いて――」
「カズラ、何を……っ! 危ない!」
「あっ……」
全身全霊の力を以って投石された石飛礫が、僕の頭に直撃して……。
僕はそのまま、卒倒した。
「ああ、カズラ! しっかりして!」
「どうしてこんなことに……」
「……っ!」
お姉さんが僕のもとへと駆け寄り、魔法陣を描く。
魔法の描陣、初めて見た……。
大人たちが食い止める。
「何をする気だ! 北の悪魔め!」
「おい、こいつを取り押さえろ!」
お姉さんは羽交い締めに。魔法陣は消失した。
彼女は必死に大人たちに何かを訴え、伝えている。しかしみんなは聞く耳持たず、僕から彼女を引き離した。
「あ……」
その時、小さな声で、誰かが、何かに一驚した。
僕と年端は同じくらいの、一人の少女が現れる。
そんな少女に視線を集め、硬直――。
みんなは沈黙した。
「……」
少女は何も言わずにゆっくりこちらに歩いてきて、僕を見た後、顔を伏せた。
お姉さんが開口する。
「……もう、手遅れ? 間に合わない?」
「……」
「……手遅れなのね」
「……」
少女は返事をしなかったが、二人は疎通をし合っていた。
……お母さんの声が遠い。視界が、意識が薄れていく。
お姉さんは潤んだ瞳で、今にも泣き出しそうなまま、僕のことを一瞥して――。
そのまま、姿を消し去った。
ヘクソカズラ




