第59話
皮肉
「カクタス、あのね。大事な話があるの。聞いてくれる……?」
「……」
伏し目がちな彼女の瞳は正しく乙女のそれだった。
こんな態度は初めて見る。僕は期待し、緊張した。
彼女は同郷、生まれと育ちが同じの元気な町娘で、両親同士が旧知であったことから僕らは知り合った。
傍から見れば兄妹同然。僕たち二人は仲が良く、隠し事など一切なくて……。
秘密も共有し合っていた。
「この前、西から移住してきた外国人さん、いるでしょ?」
「ああ」
「実は、わたし……その人にね。一目惚れをしちゃって」
「……」
「えへへ」とはにかむ彼女に対して、僕は「そうか」と強がった。
告白されると思っていた。僕は期待を外したのだ。
「……」
最近、戦禍によって難民たちが増えており、南は東西双方からの移民で溢れ返っている。
戦災逃れ、徴兵逃れと理由は五十歩百歩であり、数日前に引っ越してきた外国人もそれだった。
「カクタス、聞いて! 彼に会って、わたし、告白したの!」
「……」
「そしたら、びっくり! 彼のほうも、実は、わたしのことを――」
「……」
彼女の浮かれた声色だけで、結果は分かりきっていた。
「よかったじゃん」と虚勢を張って、僕は笑顔を浮かべていた。
詰まるところ、僕は彼女に好意を抱いていたのである。恋敵となる別の男も今の今まで現れず、ならば彼女と結ばれるのは僕ではないかと思っていた。しかし、彼女は出会ったばかりの移民に心を奪われて、僕のことなど見向きもせずに……きゃっきゃと一人で燥いでいる。
僕のほうが、ずっと前から彼女のことを愛していた。
彼女の隣りに立っているのは、僕だと――。
思っていたのに。
「……」
ある日、僕は、朦朧として……混濁している意識の中、私宅の包丁一本片手に夜の街を歩いていた。
移民の家へ。彼女の家へ。二人の行方を捜していく。
昔、僕らがよく来た教会――。
彼らの姿を、発見した。
「……」
今では廃れてしまった、街の外れの廃教会。
そこで、彼女は移民と一緒に佇み、見つめ合っていた。
常夜灯を灯し、彼らは二人の時間を過ごしている。
彼女は僕には見せない笑顔を移民に対して浮かべていた。
幸せそうな彼女の横顔。僕は思い直していた。
僕が何より望んでいるのは、彼女の「幸福」なのである。
「……」
二人は灯りを消して、僕に気付かず立ち去った。
静まり返った暗い教会。僕は一人で立ち尽くす。
見やれば、崩れたフレイヤ像が廃教会に倒れていた。
そんな女神の像の傍に――。
小さな少女が立っている。
「右手のそれ、不要なのでは?」
「いいや、僕には必要だよ」
「……」
「思い留まったとて、僕の罪はとても重い。僕は人を殺害しようとしたんだ。これは贖罪だよ」
実行すれば彼女は悲しみ、心を痛めていただろう。それは僕にとって最も望んでいないことだった。
そして、何より……彼女を失くした僕には生き抜く希望がない。
僕は弱い人間だった。
それほど、彼女のことを――。
……。
「もはや僕の胸の思いは彼女のもとへは届かない。伝えることさえできなくなった。このまま、生きてはいけないから」
愛と豊穣の象徴、フレイヤ。女神の像の見つめる先。
こんなところで、こんな死に方。
何とも……皮肉な話である。
カクタス




