ヴァルハラ召集
「アルヴィ、来臨ご苦労様。このままお下がりなさいな」
「はっ」
フォールクヴァングの大宮殿内。豊穣神の住居にて、我々戦女神の面子は全員、一所に会していた。
「さて、最後は貴女ね。ラーズ」
「はい」
「顔をお上げなさい」
愛と豊穣の女神、フレイヤ。最高神の一指である。
戦女神が部下であるなら彼女の立場は上司であり、わたしたちを纏め率いる唯一無二の統率者だ。
戦女神の死者選定は彼女が管理監督し、わたしたちは連携し合って時折り召集されている。
双子の男神フレイと共に神界維持に尽力し、彼女は来たる戦に備えて万全準備を進めていた。
「ラーズグリーズ、貴女についてはわたしもほとほと困ってるの。貴女は独断専行が過ぎる。何度も糺したはずよ」
「……」
「わたしたちは大戦争を前に兵士を募ってる。なのに、惰弱な人間たちを選定するのは、どうして?」
「……」
威圧的な二つの瞳が静かにわたしを捉えている。
愛と豊穣の女神。しかし、彼女は冷厳な神だった。
実のところ、わたしは何度も命令違反を犯している。
月下の野原のライコウ討伐、リニア家地下の魔物討伐、旧王国の黒騎士討伐……それらに反してしまっていた。
神々からも後ろ指を指されているのは知っていて、それでも、わたしは思うがままに、死者の選定を続けている。
「……戦女神は、死にゆく者の思いを共有しています。今際の際の人間たちの声が耳へと響いてきて、彼らの気持ちを知った上で人間界へと降り立ちます」
「……」
「わたしは、一番大きな声のもとへと身を運び、そして彼らと心を交わし、道を示しているだけです。強いだとか弱いだとか、役に立つとか立たないとか……そういうことは関係ない。彼らは、わたしの家族だから」
「人の魂に上下はない」と、わたしは無雑に訴える。
両目を閉じて、溜め息一つ。彼女はくすりと微笑んだ。
「人の魂に上下はない、か。貴女の持論だったわね」
「……」
「いいわ。今日のところは不問に付しておきましょう。だけど、周りの戦女神も疑問の声を上げてるから、他の子たちとも仲良くなさい。喧嘩はしないで。分かった?」
「……はい」
跪いた足を伸ばして、わたしはゆっくり立ち上がる。
フォールクヴァングの大宮殿から手早く去ろうとしていると、背後の向こうで「お待ちなさい」と指示され、わたしは硬直した。
「話は終わってないのよ、ラーズ。さあ、こちらにいらっしゃい」
「……」
「そんなに畏まらずに、ほら、わたしの――膝上へと」
半ば無理矢理、抱き上げられて膝へと着座させられる。
わたしは口を尖らせながら、後ろの彼女を仰ぎ見た。
「子供扱いしないでください……」
「うふふ。いつものことじゃない。わたしにとって戦女神は可愛い可愛い子供たち。中でも、一番自分勝手な貴女は殊更愛しいのよ」
抱き締められて、頬擦りされる。わたしは心底困っていた。
彼女は豊穣神ではあるが、一方、多淫な神でもある。
実父、実兄、果てには人とも交わり、手当たり次第であり……わたしは彼女の奇妙な手付きに、冷たい汗を掻いていた。
「さて、そろそろ本題だけど――いつものお話、聞かせて?」
「……」
「貴女のところのエインヘリャルのお話、早く聞かせて?」
「はあ……」
どきどき、わくわくしているフレイヤ。
わたしは呆れてしまっていた。
「……またですか。本人たちと直接話せばいいでしょう」
「嫌よ! そんなことをしたら、わたしの威厳に関わるじゃない!」
最高神の一指の彼女は色恋沙汰が大好きで、わたしのエインヘリャルたちには殊更一目置いている。
誰と誰がくっつくだとか、思いを寄せているだとか……そういう話に目がないらしい。
わたしは、しがない中間職。
「それで、それで? 進展は? ユカリとヘリアンサスは?」
「……」
「クローバーとソニアはどう? フリージアとアセビはどう? ああん、そうだ。それに何より、トケイとブライとステモンは?」
興奮している彼女は、もはや我を忘れてしまっていた。
わたしはお手上げ。いつものように、彼女の話を「うんうん」聞く。
「あのね! わたしの見立てでは、トケイはブライが本命なの!」
「はい……」
「でもでも、ステモンだって逆転できると思うの!」
「はい……」
「人間たちの恋話、大好き!」――豊穣神が恍惚する。
……数日間はこのままだろう。
わたしは、眼光を失くしていた。




