表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
叛逆のヴァルキューレ  作者: 雪野螢
49/169

第39話

失恋




「陛下、ご機嫌麗しゅう。お久し振りでございます」

「……止せ。そんな過ぎた肩書き、疾うの昔に掃き捨てたよ」


 彼女の要の第一声は戯れ、皮肉の語句だった。

 諧謔めいた言葉を使い、くすりくすりと北叟笑む。彼女の笑顔はそのままだった。


 わたしはとても安心した。


「五十年振り。嘗ての帝王。お顔が随分老けましたね」

「お互い様だ。人のことなど言えない年齢だろうが」

「……ふふ」


 人の世界で、月が最も大きく綺麗に見える場所。

 西の辺境、高原地帯で、わたしは彼女と再会した。


 彼女は高貴な血統を持つ南の生まれの女性であり、嘗てわたしと逢瀬を重ねた竜王族の姫だった。


「思い出すな。当時のことを。あの日の二人のことを……」

「……」

「なあ、少し話をしよう。あの日のように、二人で」

「……」


 月の光を浴びる草原。わたしがゆっくり腰掛けると、彼女は特に何も言わずに腰を下ろして、仰向いた。


 わたしと彼女が出会ったのは社交界でのことだった。当時、我々帝国領は東と交戦中であり、南を覇する竜王国に和議を申し立てたのだ。

 あの頃、わたしは十代半ば。精神的にも幼稚であり、王族同士の権威主張に呆れて外へと抜け出した。追っ手を撒いて見知らぬ土地を一人で散策していると、わたしはわたしと同じ目をした一人の子女(こども)を発見した。


 言い寄り、話を聞いてみれば何と彼女は王族で、北と南の社交界に辟易したとのことである。

 お互い身分を明かした途端にわたしたちは投合し、その日は竜王国を巡り、遊び明かしたものだった。


「……若かったな。あんなに楽しい時間、他にはなかったよ」

「大人たちは随分騒いで、めっきり怒られましたよね」


 その後、件の同盟和議は不成立と相成って、両国間は政治的に敵対、関係が悪化する。

 しかし、それでもわたしと彼女は人目を忍んで交遊し、北と南の中間点の西の大陸で密会した。


 ……そんな二人の逢い引き、縁故が途絶えて、五十年になる。


 五十年前。それはわたしが、王位に即いた年だった。


「北の王子と南の姫。元々、わたしと貴方の仲は受け入れられないものでした。敵国同士の恋愛譚など、誰が承認するのでしょう。各地に戦火が広がる中で、況してや二人は王族で……わたしは貴方に恋をしながら、全てを諦めました」

「……」

「貴方が王に即位した日、わたしは心に決めました。二度と貴方に会ってはいけない。忘れなければならない、と……」


 時代に、国に、親族たちに、わたしと彼女は引き裂かれた。


 そうして、彼女に会えなくなって五十年の月日が経ち、老衰により死期を迎えて、わたしは床に臥せていた。

 心残りといえば、それは当然彼女のことであり、そんな中で戦女神が現れ――。


 筆を執ったのだ。


「お前に手紙を書くだなんて、久方振りのことだったよ」

「わたしだって、配達人が女神様でなかったら……貴方からの手紙なんて破り捨てていましたよ」


「わはは」「ふふふ」――若い頃のように、二人で笑い合う。


 今まで失い続けたものを、わたしは拾い返していた。


「お前と再会できるだなんて、夢にも思わなかった……」

「……」

「わたしとお前が一つとなって北と南を制したなら、或いは、こんな戦争なんて起きてはいないのかもな……」

「……」


 俄かに眠くなってしまい、視界が徐々に霞んでいく。


 気付けば、わたしは彼女の膝の上で、月を仰いでいた。


「……竜の命が潰えたことは息子たちも知っている。戦上手の竜王殿もご逝去されたと聞いた」

「……」

「今は前王(かれ)の弟君が民を束ねているのだろう。帝国軍は火の日を以って進軍すると伝えてくれ」


 飛竜使いの側近たちに「伏せるように」と合図を出す。

 彼らは剣を胸の前に掲げ、わたしに敬礼した。


「わたしの手紙に応えてくれて、本当に、本当に……ありがとう。思い残すことはない。お前のことを愛していた」


 最期に瞳に映ったのは、当時の……彼女の姿(かお)だった。


 五十年前、二人はここで――夢を語り明かしていた。


「コリウス、わたしも、わたしもずっと……貴方のことが好きだったわ」


 当時のように名前を呼ばれ、わたしは小さく笑っていた。


 彼女の涙が、わたしの涙となって……頬を伝っていく。




コリウス

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ