ヴァルハラ唱歌
「貴方たちはいつもいつも! いい加減にしなさいよね!」
「すわせん……」
「謝ったって駄目! 絶対、許してあげないから!」
我らが主神の宮殿内に叱責、怒号が響いている。
何はともあれ馳せ参じると、例の二人の姿があり……。
ユカリ、そしてヘリアンサスが正座し、小さくなっていた。
「あ、ラーズ! こっちに来なさい! こいつら、あんたの従者でしょ!」
「……」
「毎日、騒音ばかり! あたしは怒ってるんだから!」
察した。ユカリとヘリアンサスが小言を頂戴しているらしい。
鶏冠に来ている戦女神は同輩、タングニズルである。
両者の間に割って入り、わたしは二人を助太刀した。
「ニズル、お願い。落ち着いて。貴女らしくないわ」
「でも……っ!」
「二人はきちんと叱っておくから、ここはわたしに免じて、ね?」
わなわな震えるタングニズルは腕を組んで外方を向き、大きく鼻を鳴らした後にわたしたちを指差した。
「ふん! 別にあんたたちを許したわけじゃないからね! 思い違いをしないでよね! そこの二人、憶えてなさい!」
ぷんすかしているタングニズルはそのままどしどし退場する。
わたしはくるりと反転して、正座の二人を見下ろした。
「それで、何か言いたいことは?」
「これには深い事情が――」
「ユカリ」
「……はい。本当にごめんなさい。反省してます」
「してますです」
土下座をしているユカリを真似て、ヘリアンサスも身体を伏す。
やれやれ。わたしは溜め息一つ、小さく笑って、不問とした。
「しかし、説教されたとなると……落ち落ち修業もできないな」
「まあ、たまにはいいんじゃない? 暇を貰ってみても」
「むう……」
先に立ったヘリアンサスの尻尾でユカリが起立する。
「どうしたものか」と悩む彼を、彼女はじいっと見つめていた。
「ここは一つ、二人揃って休暇を取ってはいかがでしょう。英気を養い、身体を休めて、余暇に興じてみては?」
「ええ……」
ユカリを尻目に、ヘリアンサスは両目をきらきらさせていた。
「どうしてこいつと?」――ユカリが問うが、わたしは知らない顔をする。
「大体、別にこいつといようがやることなんてないからな。才華の実験相手だったら、まあ……世話にはなってるけど」
「じゃあさ、一緒にお話しよう。ユカリのお話、聞きたい」
「はあ……?」
「ユカリの元いた世界の話、聞いたことがなかったから」
ユカリはぎくりと身震いをして、ばつの悪い顔をする。
そう。彼は訳ありなのだ。
わたしは差し向き、静観した。
「……元いた世界のことだなんて、何を話せばいいんだよ」
「文化だとか風習だとか、飲食物のこととか?」
「……」
「そうだ。ユカリが口遊んでる、いつもの歌を教えてよ」
きょとん。一転、呆けた顔でユカリが一瞬、沈黙する。
「何のことだ?」と言いたいようだ。ヘリアンサスが注釈した。
「ユカリ、気付いてないかもだけど、一人で鼻歌、歌ってるよ?」
「……俺が?」
「うん。結構毎日。何の歌かは知らないけど」
記憶を辿り、その鼻歌を歌ってみせるヘリアンサス。
思い当たりがあったらしく、ユカリは頭を抱えていた。
「それで、この歌、どういう歌? 歌詞とか、曲の名前は?」
「……水」
「へえ! それじゃあ、わたしも憶える! その歌のこと、教えて?」
「……」
助け船を求めているのか、ユカリがこちらを一瞥した。
何というか、二人のことは見ているだけで面白い。心の中がほんわかする。
やはりわたしは閉口した。
「故郷の歌だよ。別の世界の……そんなの知っても意味ないだろ」
「あるよ。ユカリの生まれ故郷の音楽、わたしも知りたい」
「……」
「それでは、わたしはこの辺りで。あとは若い二人で――」
がし!
お暇しようと一歩下がると、ユカリに右手を掴まれる。
ヘリアンサスには左手をだ。
しまった。これでは逃げられない。
「女神ちゃん、どこに行くんだ? 一抜けする気じゃないよな?」
「……」
「そうだよそうだよ。旅は道連れ。これも何かの縁だし」
「……」
二人の邪魔になりたくなくて我が身を退こうとしたのだが……。
もはやこれまで。わたしは二人に腕を取られて、引き摺られる。
「原曲、パソゲの主題歌だけど……しゃあない。教えてやるか」
「……え?」
「ユカリの部屋? わたしの部屋?」
「お前の部屋のほうが近い」
「それじゃあ、お茶でも用意するね!」と燥いで、喜び勇んでいる。
ヘリアンサスは凄い笑顔だ。本当に嬉しそうだった。
「やれやれ。全く仕方がないな」とユカリは上から目線だが、斯く言う彼も、実のところはちょっぴり嬉しそうだった。




