第32話
同情
「今月分はこれで全部。確かに。取り引き成立だ」
月に一度、哀憫会はわたしの家へとやってくる。
彼らは無口で、不愛想で、決まって虚ろな目をしていた。
「教祖不在で君たち信者もいろいろ大変だろうけど、まあ、精進してくれよ。上の連中によろしく」
「……」
哀憫会の使者は黙ってわたしの家から出ていった。
月に一度、我慢していた槁木死灰なやり取りも、これにて最後というわけだ。
わたしは自室に急行した。
「お待たせ。来客被りだなんて、うちでは異例なことだったよ」
先客。わたしの自室……そこには、戦女神が待っていた。
わたしの勧めた安楽椅子に、彼女はちょこんと座っていた。
「今のは、哀憫会の?」
「ああ。取り引き役の使者たちだ。毎月、一回来訪してね。わたしの毒を求めてくる」
今では世界の各地に流れた人間用の猛毒薬。
わたしは、そんな毒を造った、薬の生みの親である。
「さて、どこまで話したかな。とんだ邪魔が入った」
「……」
「そうそう。わたしが毒を造った経緯と、理由の項だったね」
わたしの実家は極々普通の、変哲などない家だった。
まともな両親、まともな兄姉、わたしは一番末っ子で、主観的にも客観的にも理想の家族だったと思う。
ただ、わたしは兄や姉に比べ、出来損ないだった。
勉強だって運動だって、わたしは人並み以下であり……子供の頃は劣等感で、胸が張り裂けそうだった。
虫や魚、犬や猫を殺し、わたしは充足した。生まれながらに、どうして自分は異常なのかと思っていた。
「先天的な精神病」と医者は一言、吐き捨てたが、わたしはそんな受診結果に納得してはいなかった。
兄や姉は真面目に働き、今では自立し、暮らしている。一番上の姉さんなんかは最近、子供を産んだらしい。
片や、わたしは人を殺す毒薬の調合に成功し、反社会的宗教組織に売りつけ、一人で暮らしている。
父と母の憂慮も空しく、わたしだけがこうなった。
わたしは、きっと……人間なんかに生まれるべきではなかったのだ。
「この世の中は兎にも角にも心地が悪くて、生きにくい。不平等で、不公平だ。わたしはそれを嘆いた」
「……」
「努力しようと大成できない有象無象がいる反面、生まれた時から円満具足を約束された者もいる。わたしはね、そんな不条理、世界の摂理を呪ったのさ。できれば、わたしも兄や姉のように……生きてみたかった」
今、世界の秩序は乱れ、各地に戦火が及んでいる。
貧民たちは虐げられて、富民に搾取をされ続ける。
ありとあらゆる命の中で、人は無上の生物だ。人としての誕生、それは至高の慶事といっていい。しかし、そんな「人」でさえも幸福ではない者がいて、彼らは今なお心を痛め、それでも――。
生きているのである。
「あはは。こんな話をしても、君には響かないか」
「……」
「早く死にたい、楽に死にたい、そういう人はね、たくさんいる。わたしは彼らを救いたかった。本当にそれだけだったんだよ」
哀憫会の伝を使って毒は世界にばら撒いた。わたしの役目は終わったのだ。
わたしは目当てに達していた。
安楽椅子を停止させて、戦女神が立ち上がる。
わたしは小さく笑みを浮かべ、衣嚢の毒薬を取り出した。
「人間なんかの愚痴や不満を聞いてくれて、ありがとう。女神と話ができるだなんて、わたしは――幸福だった」
「……」
わたしの為したことは、きっと……正しいことではないのだろう。
しかし、わたしは苦しむ人を救った。
そう……信じている。
アルメリア




