ヴァルハラ回想4
あるところに、召喚魔法に長けた魔法使いがいた。
魔法使いは世界の中心、絶海の孤島に城を構え、十一人の召し使いを従え、研究を続けていた。
魔法使いが島の居城で積日試行を重ねたのは、別世界から魔物を呼び出す禁忌の召喚術だった。
人間界の魔物とは異なる魔物の王を召喚し、世界を手中に収めようと考え、実行したのである。
闇と霧と氷の世界、ニヴルヘイムより招かれて、魔物の王は召喚されて人間たちの脅威となる。
魔法使いは生贄として下男下女を差し出して、魔王は十一人を魔物に変えて、人間界での配下とした。
「まさか、お前が下女の一人……?」
「うんうん。正解。そういうこと」
しかし、魔王は初代の勇者に倒され、存在が消滅し、魔法使いは忽然としてどこかへ姿を消し去った。
元々人間だった十一人は初代の勇者に絆されて、結託。両者は協同し、魔王の代理となった勇者を支持して、補佐を続けている。
魔物となった十一人には才華を有する者もいて、内の一人は探査の才華を操り、勇者に貢献した。
人間界に生まれ出でる強者を索敵、観測し、開花の前に大輪の芽を摘む。そんな手立てが用いられた。
「俺の故郷が襲われたのはそういう絡繰りだったのか……」
「そう。そしてユカリも同じく危険人物だったけど、女悪魔は返り討ちにされてこの有り様ってわけだ」
「……」
「あの、一つ質問いいかな。訊きたいことがあって」
「……?」
遠慮気味に挙手しているのは前掛け姿のソニアである。
わたしに代わって飲兵衛たちのお世話を熟してくれていたが、こちらの話が気になったのか、クローバーに問いかけた。
「わたしたちの故郷の村が魔王軍に焼かれたのは、クローバーが旅に出てからしばらく経ってのことだけど……これ、少し奇怪しくない? 今の話を聞くと」
「……」
「要は南の勇者さんは魔王側の刺客でしょ。それに加えて探査の才華を持ってる敵がいるのなら、勇者四人の動向なんて向こうに筒抜けだったはず。だけど、村が襲われたのはクローバーの旅立ち後で、魔王軍の戦果といえば人質くらいだった」
「……」
腕を組んだクローバーが女悪魔に目を向ける。
「何でも話してくれるんだろ?」と、無言で圧をかけていた。
「そんなに怖い顔をしない。お友達じゃないの」
「……」
「西の山の村のことなら、もちろんわたしも知ってるよ。あれね、実は勇者じゃなくて、村娘が目的だったんだよ」
ソニアは同郷の幼馴染みの席の後ろにそっと立ち、今にも立ち上がろうとしていた彼の肩に手を添えた。
「勇者の中でも西の勇者は特に危険視されててね。気付いた時には十一将でも太刀打ちできなくなってたの。南の勇者も暗殺不能で任務を失敗しちゃったし、ユカリみたいに芽を摘むことはそもそもできなかったんだよ」
「相打ちにまで縺れ込まれて、芽を摘む? だはは! 言ってらあ」
「魔王の代理の初代の勇者はとにかく用心深くてね。クローバーを抑える手札を確保しようとしてたわけだ」
ユカリの頬を抓りながら女悪魔が解説する。
ソニアは納得できたようだ。クローバーが鼻を鳴らす。
「発言、失礼致しました」と、わたしに向かって一礼した。
「南の勇者さんは、そのこと……知ってて、言えなかったのかな」
ぼそりとソニアが口に出した疑問を払拭するように、クローバーは咳を払い、ダンデもそれに同調した。
「……まあ、これで人間界の時局は大体分かったな。思うところはいくつもあるが、今や後の祭りだ」
「うん。下界の情勢には手を出せないし、不要な干渉もできないから……今は、僕たち一人一人が為すべきことを為していこう」
二人が話を纏め、そうしてその晩、夜会は閉幕した。
みんな、口にはしないだけで、個々の感情を抱いていた。
人間界には、まだまだ多くの……悲しみ、怒りが生まれるらしい。
果たして、わたしは女神として、何を……為すべきなのだろうか。




