ヴァルハラ回想2
人間界には勇者指定と呼ばれる階級査定がある。
現世に魔王が現れてから作り出された制度であり、人間として生まれた以上はこの規律には逆らえない。
勇者指定の該当者とは、以下の四つの項から成る。
一つ、魔王を討伐せしめる武術をその身に有する者
二つ、魔王を討伐せしめる魔力をその身に有する者
三つ、魔王を討伐せしめる才華を開花させた者
四つ、魔王を討伐せしめる血統を継承している者
勇者に指定された者は魔王討伐を余儀なくされ、異議を唱える者が在れば死罪を問われることにもなる。
歴代の勇者は命運に従い、魔王城を目指してゆき……そうして彼らは魔王に挑んで、還った者はいなかった。
しかし、某日、世界全土にとある吉報が拡散する。
一つの時代の四大陸に、四人の勇者が生まれたのだ。
西の勇者は第一項目、北の勇者は第二項目、東の勇者は第三項目の指定をそれぞれ受けていて、勇者の家系の南の勇者は第四項目に該当した。
四人は祖国の命に従い、集結。一致協力し、世界中の期待を背負って魔王討伐の旅に出た。
多くの人との出会いと別れ。冒険。共闘の日々を経て、紆余曲折の旅路の果てに魔王城へと到着する。
しかし、彼らを待ち受けるのは思いも寄らないものだった。
悲しそうに笑う南の勇者。
そこで事件は起きてしまう。
一足先に魔王の城の大城門へと駆けていき、後ろの三者を順に見ては――。
南の勇者は、顔を伏せた。
「あーあ、遂に来ちゃったかあ。到頭、辿り着いちゃったね」
「持てなし、歓迎するべきかな」と、南の勇者は自嘲する。
ダンデが動揺している中で、
「……何だと?」
クローバーが口を開けた。
「冷静沈着、頭脳明晰のクロなら今ので察したでしょ。あたし、魔王側の人間だったの。というか、親子共々ね」
――ある年、悪い魔法使いが魔物の王を召喚し、人の世界を支配するべく発起、侵略を開始した。
ニヴルヘイムの怪物だった魔王は強い力を持ち、十一体の配下を以って地上を殲滅。蹂躙した。
当時、人は四大陸の覇権を巡って争い合い、相次ぐ戦火が各地で広がり世界の秩序は乱れていた。しかし、魔王の有する力に人間側は為す術なく、停戦協定を布いた上で指定制を導入する。
勇者指定が始まったのは魔王降臨が契機であり、最初に勇者になった者こそ、南の勇者の実父だった。
「実はあたしのお父さんが人類初の勇者様で、単騎で魔王を討ち滅ぼした真の英雄だったの」
「……」
「だけど、あたしのお父さんは凱旋するかを悩んだわ。歴史の頁から魔王が消えれば、再び大衆は人間同士で争い、紛争を反復する。だったら、魔王は死んではいないと流布したほうが都合がいい。お父さんは勇者としての自分は斃れたことにして、自ら魔王の代理となって、城の主になったの」
「……」
「あたしの目当ては勇者に混じって勇者を殺すことだった。だけど相手は三人だし、そもそも力が及ばなくて殺害計画は頓挫した。そうして旅を続けていくうち、何だか……楽しくなっちゃってね。当初の役目も半ば忘れて、結局、ここまで来ちゃったのよ」
魔王となった初代の勇者は後続の勇者を潰し続けて、威勢が風化しないように人間たちと敵対した。国や街を襲撃しては魔王の脅威を強く示し、そんな事実は知らないままで人は魔王を憎んでいる。
世界中の人々からの嫌悪の受け皿を買って出て、それでも必要悪と信じて開戦の抑止力となる。
それが初代の勇者が選んだ生き方、彼の道であり、その役割は父から娘に托され、継がれるはずだった。
しかし、そんな二人にとって大きな問題が起きてしまう。
一つの時代に、複数人の勇者が生まれてしまったのだ。
「お父さんには悪いけどさ。まあ、ここらが潮時よね。本来だったらあたしが城門で足止めしなくちゃいけないけど、仮に親子で共闘したって貴方たちには勝てない」
「……」
「あたしね、貴方たちが好きよ。クロも、ダンも、リコも好き。四人の旅はほんとにほんとに、心から楽しいものだったわ。ここまで情が湧いたら、もう……あたしは、三人と戦えない」
鞘に納めたままの剣が、優しく抛り投げられる。
南の勇者は小さく笑い、両手を上げて降参した。
「とはいえ、勇者の貴方たちにはそれぞれ使命があるものね。あたしたちの首が要るなら抵抗する気はないわ」
「……」
「勝手なことをつらつら並べて、ごめんね。本当に悪かったわ。最後の最後まで言い出せなくて、こんなとこまで来ちゃったけど……でもね、さっきの言葉は本音よ。三人に会えてよかった」
「……」
南の勇者は両目を閉じた。覚悟と決意が感じられた。
しかし、そんな彼女の思いを一笑に付する者が一人。
今の今まで沈黙していた、そう。北の勇者である。
「……下らん。茶番だ。わたしは降りる」
「おいこら」
「西の指図は受けん」
北の勇者は転移魔法で、一瞬にして姿を消す。
クローバーは南の勇者が抛った剣を拾い上げて、溜め息混じりにその持ち主へ、剣を無骨に投げ返した。
「あいつに合わせるわけじゃないが、お前の首を落としたところで何も変わりはしないだろう。代理とやらを続けるがいい。全く、徒労だったな」
「……」
クローバーは肩を竦めて、踵を返して帰っていく。
ダンデは何も言わないままで、そんな彼に随った。
「今、お前が吐露した秘密は墓まで持っていってやる。死ぬまで誰にも決して話さん」
「……」
「約束してやる」
「……」
「ありがとう」と、小さく、小さく、南の勇者は囁いて、二人の姿が見えなくなるまで、彼女は彼らを見送った。




