表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
叛逆のヴァルキューレ  作者: 雪野螢
152/163

第104話

衷心




 生まれた時から父子の家庭であたしに実母の記憶はない。

 父はあたしに金と酒と、そして女を要求した。


 六つになると、父はあたしに口淫、手淫を仕込ませた。

 七つの時から娼婦生活。毎日自分を売り続けた。


 帝国領の貧民街の暮らしに、あたしは飽きていた。

 酔った父を酒空き瓶で襲い、故郷を後にした。


 しかし、あたしの生活自体は大して変わりはしなかった。

 生きるためには売るしかなくて、あたしは男を抱き続けた。


 十二の時に子供を産んだ。男児と女児の双生児を。


 父親(あいて)が誰であったかなんて、決して……分かりはしなかった。


「へえ。そこから遠路遥々、南の国へと鞍替えか」

「北は何かと(きな)臭くてね。事前にとんずら()いたのよ」

「それで、子供(がき)は? 男と女の、産んだの、双子だったんだろ?」

「修道院に捨てた」

「両方?」

「そうだよ。いいでしょ。どうでも」

「……」


 煙草の煙を吐き出しながら、窓の外の景色を見る。

 今夜はしとしと小雨が降って、月は姿を隠していた。


 鯔のつまり、大人になってもあたしに変化の様子はなく、子供の頃と同じようにあたしは自分を売っていた。

 男を誘って部屋へと連れ込み、代償として日銭を得る。時折り、あたしの身の上話に食指を動かす男がいて、そんな時のみ、致し方なく、あたしは記憶を掘り起こした。


「昔話はもういいでしょ。ほら、とっとと金出しな。夜更けになるまで付き合ったんだ。銀貨二枚は頂くよ」


 男があたしに馬乗りになり、下卑た笑顔を見せつける。


 何……? また……?

 煙草を落としてしまい、あたしは舌打ちした。


「あんた、絶倫……? こんだけやっても、満足できてないっての……?」


「そうじゃねーよ」――分厚いその()が、あたしの頸部を絞め始めた。


「ぐっ!」


 こいつ、何のつもり……?

 あたしは男を睥睨した。


「銀貨なんて持ってねーよ。売女が寝惚けやがって」

「……っ!」

「お前を殺して、貯め込んでる金、こっちが奪ってやるんだよ」


 凄い力だ。振り解けない。

 あたしは必死に抵抗した。


 しかし、敢えなく……あたしの意識は、そのまま……。


 遠退き、欠落した。


 ――。


 気付けば、白い部屋に、あたしは二人で立っていた。


 一人はあたし。そして一人は小さな小さな少女である。

 少女は真っ直ぐ、脇目も振らずにこちらをじいっと見つめていて、とても澄んだ碧い瞳が静かにあたしを捉えていた。


「あんた、誰? ここはどこ?」

「戦女神、ヴァルキューレ。ここは死前と死後の狭間、(いのち)の行方を決める場所」

「あー、ちょっと分かんないな。こちとら育ちが悪くてね」

「……」

「それで、戦女神とやらが、あたしに何の用?」


 そのままその場に座り込み、あたしは肩を竦めていた。


 戦女神、ヴァルキューレ……?

 神様……? こんな小さな子が……?


「先に一つ質問だけど、あたし、死んだの?」

「死にました」

「有り金、(あいつ)に持ってかれたの?」

「持っていかれました」

「……」


 事もなげに答えてくれる。どうやら嘘ではないらしい。


 項垂れているあたしのもとに、少女が歩み寄ってきた。


「今度はわたしの質問です」

「自称女神が? 何なのよ……」

「アルストロメリア・アイスクリーム」

「……」

「ご存知ですね?」

「……」


 思わず顔を上げてしまう。あたしが捨てた双子の名だ。

 

 あたしは今まで我が子の名前を他人に明かしたことはない。

 どうやら、少女が女神というのも、冗談などではないらしい。


「どうして捨てたりしたのですか? 大事な子供たちを」

「……」

「どうして黙っているのですか?」

「……関係ないでしょ」

「答えなさい」


 少女の声が鋭くなった。あたしはぴくりと身震いした。


 女神とはいえ、こんな子供に……あたしは圧されてしまっていた。


「……最初は一緒に生きていこうと、育てていこうと思ったわ。足りない頭を振り絞って、子供の名前も考えた」

「……」

「でもね、生まれてきたのは男女の双子だったのよ。一人だったら死に物狂いで育て抜こうと決意した。だけど、一度に二人だなんて……あたしに自信はなかった」

「……」


 当時、あたしは十二歳で、天涯孤独の身の上だ。

 頼れる身内、住まう家さえ、何にも……何にもなかったのだ。


「でもね、それでよかったのよ。あの子たちのためだった。きっと他人に托したほうが二人は元気に育ったし、あたしなんかと一緒にいたら、大方……飢え死にしていたわ」

「……」

「それが双子で生まれた二人の運命だったのよ。あの子たちは母親(あたし)を知らないほうが、幸せだったの」

「……」


 ぱちん……っ!


 一瞬、何が起きたか分からず、ぽかんと呆けていた。


 少女があたしの頬を()った。

 あたしはそのまま、瞠目した。


「……」


 少女のその後ろには、二人の男女が立っていた。


 両手で口を覆い隠す、涙目である女の子。

 隣りに並んだ男の子は、その子の肩を抱いていた。


 あたしの心を震わせたのは、二人の顔立ち、素顔である。

 

 性別こそは違えど、二人は……同じ見た目をしていたのだ。


「ね、ねえ……? 自称女神……? これは一体、どういうこと……?」

「……」

「嘘よ。信じられない。まさか、二人はあたしの――」

「……」


 気付けば、あたしは立ち上がって、目から涙を流していた。


 泣いている……? あたしが、どうして……。


 少女が優しく背中を押す。


「言いたいこと、言うべきこと、実子(かれら)に、あるんじゃないですか?」


 手足が震えて、動けなかった。

 少女がこくりと頷いた。


 彼らに触れても、いいのだろうか……?


 両手を広げて、叫んでいた。


「おいで! あたしの子供たち! あたしの、可愛い双子の子……っ!」


「お母さん……っ!」――二人の我が子を、強く強く抱き締める。


 アルストロメリア・アイスクリーム。


 あたしの、大事な双子の子。




チューリップ・アイスクリーム

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
(まずは前回のファンソングについて) ちょっとラーズ様(のイラスト)が、曲のイメージに合わせたみたいに、大人っぽくなっちゃいましたが、喜んでご試聴いただけたみたいで私も嬉しいです〜♪(人*´∀`)。*…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ