第104話
衷心
生まれた時から父子の家庭であたしに実母の記憶はない。
父はあたしに金と酒と、そして女を要求した。
六つになると、父はあたしに口淫、手淫を仕込ませた。
七つの時から娼婦生活。毎日自分を売り続けた。
帝国領の貧民街の暮らしに、あたしは飽きていた。
酔った父を酒空き瓶で襲い、故郷を後にした。
しかし、あたしの生活自体は大して変わりはしなかった。
生きるためには売るしかなくて、あたしは男を抱き続けた。
十二の時に子供を産んだ。男児と女児の双生児を。
父親が誰であったかなんて、決して……分かりはしなかった。
「へえ。そこから遠路遥々、南の国へと鞍替えか」
「北は何かと衣臭くてね。事前にとんずら放いたのよ」
「それで、子供は? 男と女の、産んだの、双子だったんだろ?」
「修道院に捨てた」
「両方?」
「そうだよ。いいでしょ。どうでも」
「……」
煙草の煙を吐き出しながら、窓の外の景色を見る。
今夜はしとしと小雨が降って、月は姿を隠していた。
鯔のつまり、大人になってもあたしに変化の様子はなく、子供の頃と同じようにあたしは自分を売っていた。
男を誘って部屋へと連れ込み、代償として日銭を得る。時折り、あたしの身の上話に食指を動かす男がいて、そんな時のみ、致し方なく、あたしは記憶を掘り起こした。
「昔話はもういいでしょ。ほら、とっとと金出しな。夜更けになるまで付き合ったんだ。銀貨二枚は頂くよ」
男があたしに馬乗りになり、下卑た笑顔を見せつける。
何……? また……?
煙草を落としてしまい、あたしは舌打ちした。
「あんた、絶倫……? こんだけやっても、満足できてないっての……?」
「そうじゃねーよ」――分厚いその掌が、あたしの頸部を絞め始めた。
「ぐっ!」
こいつ、何のつもり……?
あたしは男を睥睨した。
「銀貨なんて持ってねーよ。売女が寝惚けやがって」
「……っ!」
「お前を殺して、貯め込んでる金、こっちが奪ってやるんだよ」
凄い力だ。振り解けない。
あたしは必死に抵抗した。
しかし、敢えなく……あたしの意識は、そのまま……。
遠退き、欠落した。
――。
気付けば、白い部屋に、あたしは二人で立っていた。
一人はあたし。そして一人は小さな小さな少女である。
少女は真っ直ぐ、脇目も振らずにこちらをじいっと見つめていて、とても澄んだ碧い瞳が静かにあたしを捉えていた。
「あんた、誰? ここはどこ?」
「戦女神、ヴァルキューレ。ここは死前と死後の狭間、魂の行方を決める場所」
「あー、ちょっと分かんないな。こちとら育ちが悪くてね」
「……」
「それで、戦女神とやらが、あたしに何の用?」
そのままその場に座り込み、あたしは肩を竦めていた。
戦女神、ヴァルキューレ……?
神様……? こんな小さな子が……?
「先に一つ質問だけど、あたし、死んだの?」
「死にました」
「有り金、男に持ってかれたの?」
「持っていかれました」
「……」
事もなげに答えてくれる。どうやら嘘ではないらしい。
項垂れているあたしのもとに、少女が歩み寄ってきた。
「今度はわたしの質問です」
「自称女神が? 何なのよ……」
「アルストロメリア・アイスクリーム」
「……」
「ご存知ですね?」
「……」
思わず顔を上げてしまう。あたしが捨てた双子の名だ。
あたしは今まで我が子の名前を他人に明かしたことはない。
どうやら、少女が女神というのも、冗談などではないらしい。
「どうして捨てたりしたのですか? 大事な子供たちを」
「……」
「どうして黙っているのですか?」
「……関係ないでしょ」
「答えなさい」
少女の声が鋭くなった。あたしはぴくりと身震いした。
女神とはいえ、こんな子供に……あたしは圧されてしまっていた。
「……最初は一緒に生きていこうと、育てていこうと思ったわ。足りない頭を振り絞って、子供の名前も考えた」
「……」
「でもね、生まれてきたのは男女の双子だったのよ。一人だったら死に物狂いで育て抜こうと決意した。だけど、一度に二人だなんて……あたしに自信はなかった」
「……」
当時、あたしは十二歳で、天涯孤独の身の上だ。
頼れる身内、住まう家さえ、何にも……何にもなかったのだ。
「でもね、それでよかったのよ。あの子たちのためだった。きっと他人に托したほうが二人は元気に育ったし、あたしなんかと一緒にいたら、大方……飢え死にしていたわ」
「……」
「それが双子で生まれた二人の運命だったのよ。あの子たちは母親を知らないほうが、幸せだったの」
「……」
ぱちん……っ!
一瞬、何が起きたか分からず、ぽかんと呆けていた。
少女があたしの頬を打った。
あたしはそのまま、瞠目した。
「……」
少女のその後ろには、二人の男女が立っていた。
両手で口を覆い隠す、涙目である女の子。
隣りに並んだ男の子は、その子の肩を抱いていた。
あたしの心を震わせたのは、二人の顔立ち、素顔である。
性別こそは違えど、二人は……同じ見た目をしていたのだ。
「ね、ねえ……? 自称女神……? これは一体、どういうこと……?」
「……」
「嘘よ。信じられない。まさか、二人はあたしの――」
「……」
気付けば、あたしは立ち上がって、目から涙を流していた。
泣いている……? あたしが、どうして……。
少女が優しく背中を押す。
「言いたいこと、言うべきこと、実子に、あるんじゃないですか?」
手足が震えて、動けなかった。
少女がこくりと頷いた。
彼らに触れても、いいのだろうか……?
両手を広げて、叫んでいた。
「おいで! あたしの子供たち! あたしの、可愛い双子の子……っ!」
「お母さん……っ!」――二人の我が子を、強く強く抱き締める。
アルストロメリア・アイスクリーム。
あたしの、大事な双子の子。
チューリップ・アイスクリーム




