閑話 あれは近いって
家に帰って自分の部屋へ入った瞬間、六花は鞄を床へ置いた
そのままベッドに腰を下ろす
「……疲れた」
腕がちょっと重い
二ゲームしかしてないのに、明日は普通に筋肉痛かもしれない
右腕を持ち上げて、軽く振ってみる
「絶対斎藤のせいじゃん」
途中からめちゃくちゃ熱くなってたし
『一で前、二で下、三で後ろ、四で前!』
思い出した
「……」
右腕が止まる
いや
そこじゃない
もっと後
『だから、こうだよこう!』
「……っ」
六花はそのまま後ろへ倒れた
枕に顔を押しつける
「近いって!」
誰もいないのに声が出た
思い出しただけで、また変な感じがする
最初は普通に横から教えてただけだった
四歩でどうとか、腕を真っすぐとか
斎藤が急にいつもの倍くらい喋り出したのがおかしくて、ちょっと笑ってたくらいなのに
途中から何を思ったのか、
『一でここ』
手首を取られた
「……いやいやいや」
六花は枕から顔を上げる
「普通、急に触る?」
教えてたんだから仕方ない
それは分かる
自分が「分かんない」って何回も言ったせいでもある
でも
「こうだよこう、じゃないし……」
右手を見る
斎藤に掴まれた辺りを、左手でなんとなく触った
手首
肘の少し上
それから、握手みたいに手を出された時に指先も触れた
「……」
思ってたより
手、大きかったな
というか、もうちょっと細い感じだと思ってた
本人が細身だから、なんとなく手も細そうなイメージだったのに
実際は指の節がちゃんとしていて、触れたところも思ったより硬かった
「ゴツゴツしてた……」
呟いてから、
「何思い出してんの私!」
今度は枕を抱えて転がった
一回右
戻って左
また右
「やば……」
恥ずい
斎藤は絶対そんなこと何も考えてなかった
あいつ、ボウリングのことしか見えてなかったし
『そこまで来たら直したくなるだろ!』
何ならちょっと怒ってた
「……ふふっ」
思い出すと笑える
学校じゃいつも本読んでるくせに
こっちが何か言っても「うるさいな」とか「知らねえよ」とか、基本ちょっと雑なくせに
ボウリングになった途端あれだ
四歩の説明をし始めて
こっちの投げ方見て
違う違うって立ち上がって
八本倒れた時なんか、
『今のよかった!』
って、本人まで普通に喜んでた
「……あんな声出すんだ」
学校じゃまず聞かない
あと
ボール
六花が自分用を選んでいる横で、斎藤はほとんど迷わなかった
一番重い数字が書いてあったやつ
自分だったら両手で持ちたくなるようなボールを、斎藤は片手で普通に持ち上げていた
それどころか投げる時は重そうにも見えない
ゆっくり助走して
腕を後ろへ振って
最後だけすっと前へ出す
さっき自分に説明していた通り
余計な動きが全然なくて、ボールが手から離れたあとも体がぶれない
「細いくせに、力あんだ……」
制服で見てる時は全然分からなかった
背が高いのは知っていたけど、それだけ
今日、私服で並んで歩いた時も細いなと思った
なのに重いボールは軽そうに持つし
投げれば百七十とか百八十とか普通に出すし
教える時だけ妙に熱いし
「……」
六花は天井を見た
さっきまで抱えていた枕を胸の上へ置く
「ちょっと……」
言いかける
止まる
「……カッコよかった、かな」
二秒
「いやいやいやいや!」
枕で顔を隠した
「違う違う違う!」
何が違うのか自分でもよく分からない
でもなんか違う
違うことにしたい
別に斎藤がカッコいいとか、そういう話じゃなくて
普段と違ったから
ギャップ
そう
「ギャップじゃん」
これだ
いつも静かなやつが、得意なことしてる時だけ急にちゃんとして見えただけ
誰でもそういうのあるし
たぶん愛海がめちゃくちゃ得意なことやってても同じように思う
「……愛海はないか」
自分で言って吹き出す
「いや、あるかもしんないけど」
何の話してんだろ、私
六花は枕を横へ投げた
スマホを取る
メッセージアプリを開くと、斎藤との画面がすぐ出た
最後は待ち合わせの確認
『十一時な』
『おっけー』
それだけ
今日一日一緒にいたのに、帰ってからはまだ何も来てない
「……」
別に来なくていいけど
さっき駅で「また明日」って言ったし
明日学校で会うし
「……腕痛いって送ったら」
入力欄を押す
『腕痛いんだけど笑』
そこまで打って、止める
これ送ったら絶対、
『力入れすぎって言っただろ』
とか返ってくる
「……言いそう」
ちょっと笑う
送ろうとして――
指が止まった
画面の上には『斎藤陽斗』
今日一緒に出かけた相手
学校では彼氏
牡丹にもそう言った
「……彼氏」
今までより、少しだけ普通に言えた
そこに気づいてしまって、笑っていた口元が止まる
そもそも
これ
「……嘘告なんだよな」
部屋が急に静かになったわけじゃない
廊下では牡丹が母親と何か喋っているし、下からテレビの音もする
ただ、さっきまで頭の中にあったボウリング場のことが一度全部引いた
罰ゲーム
愛海たちとババ抜きして
負けて
斎藤に告白することになって
オッケーされたら文化祭まで
最初は、それだけだった
『まあ二か月くらいならいっか』
自分で言った
「……」
今日、普通に楽しかった
ボウリングも
斎藤と喋ってたのも
八本倒して一緒に喜んだのも
全部
だから余計に、ちょっと変な感じがする
「何浮かれてんだろ、私」
斎藤は、本気の告白だと思ってる
そう思って付き合ってる
なのにこっちは最初から――
「……やめよ」
考えると楽しくなくなる
六花は打ちかけた文章を消した
スマホを伏せて、ベッドへ転がる
さっきまであんなに熱かった顔も、今は少し冷えていた
文化祭まで
まだ先だし
今考えることでもない
「……そうだし」
自分に言い聞かせるように呟く
目を閉じる
すると、
『こうだよこう!』
また出てきた
真横にいた斎藤
腕を取られた感覚
近かった顔
真剣だった声
「……っ、もう!」
六花は布団を引っ張り、頭まで潜った
「なんで今出てくんの!」
さっき沈んだはずなのに、また顔が熱い
最悪
ほんとに最悪
でも
布団の中で少しだけ笑ってしまった
「……今日、楽しかったな」
その一言だけは、今度は否定できなかった




