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皇子と異界の騎士⑦

 

「よーし、全員グラス持ったか? じゃあ乾杯!」

「おいおい進藤(しんどう)君、何の乾杯か言わなきゃわかんないよ」

「あー、悪い、悪い。探偵さんに乾杯! 俺らの仲間になってくれてありがとー!」


 ──「起きたら飲もう」と言ったくせに、結局俺は眠らせて貰えなかった。警棒男は『進藤』というらしい。進藤はソファーに向かう俺の首根っこを遠慮のない力で掴みあげ、自分の横に強引に座らせた。そして琥珀色の液体が入ったグラスを、有無を言わさず握らせて来た。


 改めて、進藤の顔をまじまじと見つめた。浅黒い肌に銀色に染めた髪。耳朶に光るピアスはダイヤだろうか。品は無いが、まぁまぁ悪くない顔立ちをしている。


 身長は俺が少し見上げるくらいだから百八十弱くらいか。耳の下あたりから蛇の刺青が一部見えていて、その見え方からおそらく身体まで続いていると思われる。


 周囲にチラリと目をやると、進藤と同じチームの連中は総じて、どこかしらに蛇の刺青を彫っていた。俺は片手にウィスキーのグラスを持ったまま、大きさや色、種類が様々な蛇の群れをぼんやりと見つめていた。


「ジオ、ほらビール置いておくからな」

「え、ビール? 僕はモヒートって言ったじゃん」


 いつの間にか、ジオ少年は後ろの席からカウンターの端へと移動していた。横には、相変わらず開いたままのパソコンを置いている。少年の前に酒を置きながら、バーテン、進藤の従兄弟が揶揄うように頭を撫でた。


「ちょっと! 子供扱いしないでよ」

「中学生は立派な子供だろ」


 笑うバーテンがいなくなるのを見計らい、俺は頬を膨らませるジオ少年の隣に移動した。


「キミ、中学生だったんだ」

「……何? 文句ある?」

「いや、ない」


 ジオは不貞腐れたまま、泡立つ液体を一気に喉へと流し込んだ。


「おいおい、一気飲みかよ」

「良いんだよ。だってこれ、ビールじゃないし」


 差し出されたグラスに向かって鼻を向けると、独特の香りが鼻についた。


「あ、これジンジャーエールだ」

「そう! マユトさんはいつもそうなんだ。僕を子供扱いしてさ、進藤君は“ビールくらい飲め”って言ってくれるのに、こうやってこっそりジュースを渡して来る。これさ、本物のビールに見せかける為にわざわざ手作りまでしてるんだよ? おかしいでしょ」

「へぇ……すごいな」


 進藤の従兄弟は進藤と違ってまともな感性を持ってはいるらしい。まぁこの国の法律は今一つ意味不明なものが多いから、俺からすると“まとも”も何もあったものではないが。


「あ、痣男の件だけど、他にもやる事があるからさ、空き時間でやるね」


 後回しにされたら困る。俺は少年に顔を近づけ、耳元にそっと囁いた。


「悪いんだけどさ、出来たらちょっと急いで貰えないかな。それと、もし痣男の情報が入ったら、キミの仲間達には知らせないで欲しい」


 ──それまで大人びた表情を浮かべていた少年の顔が、一気に好奇心を孕んだものに変化していく。俺は苦笑いを浮かべた。このガキはいちいち思考がわかりやすい。


「なんで? どうして? っていうかさぁ、調べた事とかは全部、一旦は進藤君に知らせないといけないんだよね。探偵さんは仲間になったばっかりだからわかんないだろうけど、ここらで本当に権力(ちから)を持っているのは進藤君だから。王子はぶっちゃけATM。お金を引き出す機械は大事でしょ? だから皆で大事にしているけどね」

「金を引き出す機械、か。ひどい言いようだな」

「そうかな? 進藤君は凶暴だけど頭は悪くない。最初に探偵さんに興味を示したのも実は進藤君なんだ。まるで興味を示さなかった王子をその気にさせたのも、進藤君。王子は指図されるのを嫌うんだけど、あくまで王子が自分で考えて自分が指示したって思い込むように進藤君が誘導してんの」


 俺は進藤に対する認識を今一度改めた。ヤツは予想以上に頭が切れるらしい。


「で、なんで内緒にしたいの? その痣男は探偵さんの何? 事と次第によってはまぁ、黙っててあげても良いけど」


 俺は少年を真っ直ぐに見つめた。少年がたじろいだように背後にそっと身を引く様子を見つめながら、声を落として囁いた。


「俺の希望なんだ」

「は? 希望?」


 少年は戸惑ったような顔をしている。


「そう。このクソみたいな現状を打開する事が出来る希望。といっても金が手に入るわけじゃない。いやむしろ金は手に入らない。けどソイツを見つけて息の根を止めれば、俺は遠くに行く事が出来る」

「遠くって? ってか、息の根を止めるってどういう事?」


 粗暴な連中とつるんで酒を飲む素振りをして、イキがってみせても所詮は子供だからだろう。少年の小さな顔は、暗闇でもはっきりとわかるくらいに青褪めている。


「社会的にって意味だよ。ともかく、そうしないと俺はもう元には戻れないんだ」


 ──このガキに『真実』を話す事に躊躇いはなかった。


 仮に万が一ペラペラと喋られたところで、こんな荒唐無稽な、ガキの『妄想』としか思えない戯言に周囲は耳を貸さないだろうと確信を持っていた。それに俺は「殺人」という直接的なワードは出していない。少年は俺の顔をしばらく見つめた後、急に何かを考えるような顔つきになった。


「ねぇ、痣男の居場所に見当もつかないの?」

「つかないな。ただ詳しくは言えないけど、俺の周辺には絶対にいるはずなんだ。信頼できる筋からの情報だから間違いない」


 そう。神官長が、そう言っていたから。俺にとって、これほど確かな筋はない。


「……だったら、尚更のこと進藤君に話したら? そしたら多分、見つけ次第どうにかしてくれると思うよ? 進藤君は普通に悪人なんだけど、身内にはすっごく甘いから。あ、でも、お金は取られるからね?」


 俺は苦笑しながら首を横に振った。身内に甘いだのなんだのはどうでも良いが、他人に殺させるわけにはいかないのだ。


「いや、俺がこの手でどうにかしないと意味がないんだ。理由は詳しく言えないけど、その場所だって限られてる。要するに、俺がソイツを特定の場所で、さらに絶対に自分の手でやらないと何の意味もないんだよ。だから、進藤に知られたらむしろまずい」


 ジオは少し考え、やがて小さく頷いた。


「……あぁ、確かに。そこまで細かい条件があるんだったら、どっちにしても美味しいもんね、進藤君的に」

「そういう事。理解が早くて助かるよ」


 そう。ただ単に皇子の入った肉体を殺せば良いのであれば、俺は迷わず進藤を頼っただろう。さっきジオが言っていた通り、確実に後から返せないほどの見返りを求めて来るだろう事は想像に難くない。けれど、その時の俺には関係ない。皇子が息絶えた瞬間、俺もこの仮初の肉体を捨てる事になるからだ。


 けれど、ここまでの条件を必要としている事がわかったら。進藤は仮に皇子と思しき男を見つけても、俺には絶対にいわないだろう。なぜなら、『俺』と『皇子』という二つの金づるを得る事になるからだ。俺にはのらりくらりと言いながら、皇子に接触させないようにする。


 一方皇子の事は俺から守り、いつまでも両方から金なりなんなりを搾取する事が出来る。正直、一番避けたい状況だ。


「いいよ、そういう事なら黙っていてあげる。けど、ヤバくなりそうならすぐに言いつけるからね? それでも良い?」

「あぁもちろん。……ありがとう」


 ジオははにかんだように笑い、すっかり泡の消えたジンジャーエールを口に含んだ。


「うーん、マユトさんのジンジャーエール、美味しいんだけどショウガがキツいんだよね」

「ショウガは身体に良いからな。飲み続けていれば健康になるんじゃないか?」

「ハハッ! 探偵さん、それ最高」


 ジオ少年はけらけらと笑っている。酔っぱらった気分にでもなっているのだろうか。安上がりで良い事だ。おまけに底抜けの単純さと来ている。いや、純粋と言うべきなのだろうか。


 選ばれし場所で報いを与える、なんていう安っぽい娯楽小説のような話をあっさりと信じているのだから。もちろん、どこまでも本当の話ではあるのだが。


「……なぁジオ君。俺、思うんだけど“純粋”って良い言葉だよな」

「はぁ? 何、探偵さん、ちょっと気持ち悪いんだけど」

「ひどいなぁ。でもさ、ちょっと良い言葉だと思わないか?」

「うーん、まぁ、そうだね。うん、そうかも」


 ジオ少年は神妙に頷いている。俺は冷たいグラスの中の氷をカラカラと鳴らした。こんなにも文明の発達した世界に暮らしていながら、本当に馬鹿なガキだ。


『純粋』というのは単に『混じり気が無い』という意味なのだ。


 世間一般ではまるで美徳のように言われているが、別に美しいものを表す言葉ではない。だから純粋な悪意、純粋な残虐さ、そして純粋な愚か者だって存在する。


 目の前の、この少年のように。


「じゃあよろしく。俺は進藤さんの所に行って来るよ」

「うん。あ、待って探偵さん」

「なんだ?」

「進藤君、仲間になったヤツには必ずグミ、お菓子のグミね、それを渡すんだ。赤と緑と黄色があるんだけど、僕がこっそり観察した限りだと赤はお気に入り、緑は忠実な手下、黄色はどっちでもないやつに渡してる気がする。因みにそれ、ドラッグだから」


 ジオは進藤を警戒しているのか、パソコンから目を離さないままボソボソと喋っている。


「へぇ、それは面白いな。因みにキミは何色を貰った?」

「黄色」


 お気に入りでもなければ、信用をされているわけでもない黄色。なるほど、進藤は人をよく見ている。


「グミタイプのドラッグか。あのぐにゃぐにゃした歯ごたえの菓子はあまり好きじゃないんだけどな」


 俺はそう呟きながらジオに背を向け、進藤の元に向かった。

「進藤さん、乾杯が済んだら俺、寝ても良いかな」

「まぁそう言うなよ、皆で飲もうぜ。なぁ探偵、ジオと何を話していたんだ?」


 グラスに入った琥珀色の液体を流し込みながら、進藤が機嫌良さそうに聞いて来た。だが、その目は一切笑っていない。


「スカウトしてたんだ。十六になったら、ウチの探偵事務所で働かないかって」

「へぇ、探偵事務所にスカウトか。別に良いんじゃないか? ……って言いたい所だけど、アイツは駄目だぜ? ま、代わりになりそうなヤツを連れて来てくれれば渡してやっても良いけど」

「ハハ、ひどいな。仲間なんじゃないのかよ。でも安心して良いよ、きっぱり断られたから」


 何が可笑しいのか、進藤は腹を抱えて笑った。そしてひとしきり笑った後、後ろに向かって人差し指を向けた。それと同時に、俺の斜め前にいた男が個包装された飴のようなものを渡して来た。これが例のグミらしい。


 俺は手の平を差し出しソレを受け取った。まるで発光しているかのような毒々しい赤色のグミ。


 まさかの赤。一方的に忠誠を尽くすだけの取り巻きでもなく、顧みられない存在でもない立ち位置。


 その時、俺は予想していた黄色ではなかった驚きよりも、選ばれた優越感に満たされていた。


 当然だ。俺は元の世界で、家柄も能力も俺なんかよりはるかに上の同期を差し置き、皇子の側近に選ばれた男だ。俺は能力が高く、皇子から信頼だってされていた。


 ──だが、結果的に誰よりも純粋で愚かだったのは俺の方だった。


 権力を持っている男に気に入られた、という事実だけに目を向け優越感を満たしている暇があったら、もっときちんと物事を考え周りを見ておくべきだった。


 そして進藤の事を頭の悪くない男だと思ったのなら、見下すのではなくもっと対話をするべきだった。


 そうしてさえいれば、俺の後の人生はもっと違ったものになっていただろう。


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