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石片と祝福   作者: 杜来 リノ


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14/24

浮気調査④

 

 自宅に帰りついた時、時間は約束の十八時を少し回っていた。急いでドアを開けた途端、中からジオの怒りの声が飛んで来た。


「ちょっとー、探偵さん遅いじゃん! 僕、お腹空いたんだけど! 何か作ろうにも冷蔵庫の中はビールしか入ってないしさぁ、普段どういう生活してんの?」

「ごめん、ちょっと仕事が長引いたんだよ」


 ジオはテーブルにパソコンを置き、何やらゲームをやっていた。驚いた事に、ジオは制服のままだった。こいつが電話をかけて来た時間を思い出す。確か十三時前だったはずだ。


「……お前、学校は?」

「ちゃんと行ったよ。今日は午前授業なの。親の事とか心配しないで良いよ、二人とも仕事がめちゃくちゃ忙しくてほとんど家にいないんだ。それに、良い成績を取っていれば何も文句は言って来ないから」

「そ、そうか」


 買って来たハンバーガーをテーブルの空いたスペースに置きながら、さりげなくジオの全身を観察した。


 ──有名な進学校の制服。持っている鞄は学校指定のもの。はめている腕時計は、高級ブランド。少しサイズが大きめなそれは、父親からの贈り物だろうか。


「……何。じろじろ見られると気持ち悪いんだけど」

「いや、お前って金持ちの子なんだなぁって思っただけ」


 思った事をそのまま口にすると、ジオは呆れたような顔で肩を竦めていた。


「今、探偵さんが考えている事を当ててあげようか。可哀そうに、親に放っておかれているから、進藤みたいな悪いヤツとつるむしかないんだな。……とか思ってるでしょ」

「なに、言ってんだよ。今さらそんな事を思うわけがないだろ」


 本当はそう思っていたが、そうじゃない、という風に答えておいた。今ここでジオの機嫌を損ねるのは得策ではないと思ったからだ。


「ウチは結果を出せば好きにしても良いって考え方なの。もちろん法に触れる事は駄目だけどね。でも親とは定期的にディスカッションしてるし、僕的には良好な関係だと思ってるよ。ま、とはいえ進藤君達とのつき合いはさすがに内緒だけど」

「酒を飲んでただろ。しっかり法に触れてるじゃないか」

「だから、アレはジンジャーエールだって」


 ジオは口を尖らせながら、ガサガサとハンバーガーを漁っている。俺は冷蔵庫からビールを一缶、取り出した。


「……ここに来た時には、もう少し色々と入っていたんだけどな」


 優也は自炊をしていたらしく、退院してから冷蔵庫を開けた時には、肉や野菜、卵や牛乳などが普通に入っていた。常備菜まで作っていたらしく、冷凍庫にも色んなものが冷凍してあった。


 けれど俺には、料理を作る事は出来ない。優也の身体に調理の記憶があっても、実際作るとなると話は違って来るのだ。


「探偵さん、カフェオレ作って」

「飲み物なら、紙袋の中にコーラが入ってるだろ?」

「今はカフェオレが飲みたいの。ていうかさぁ、若者には炭酸飲料を与えておけば良いって考え方がムカつく。電話で聞いてくれれば良かったのに」


 ジオは頬を膨らませている。なんだ、その顔。ちっとも可愛くない。そもそも、コイツはここが俺の家だという事をわかって言っているのだろうか。よくもまぁ、こうも堂々とくつろげるものだ。ある意味感心する。


「……ちょっと待ってろ」


 なんとなく腹立つが、ここは俺が大人になるしかない。ヤカンをコンロにかけ、とりあえず飯でも食うか、と振り返る。ジオは大口を開けてハンバーガーに齧りつき、片手でコーラをがぶ飲みしていた。


 ◇


 食事の合間に、俺は今回の依頼についてジオに洗いざらい話していた。


 本当は食後にゆっくり話そうと思っていたけど、この傍若無人ぶりが少し恐ろしくなって来たのだ。このまま「帰るのが面倒だから泊まる」などと言い出したらどうしようと内心ずっと心配をしていた。


 別に女子小学生でも女子中学生でもないのだから、親の心配がないなら泊まらせる事自体は構わない。だがコイツの事だ。また急なワガママをぶつけて来る可能性は十分にあるし、何よりも布団がない。


 さすがに子供を床に転がすわけにはいかないし、そうなったらベッドを譲らざるを得ない。それは困る。俺は明日から、体力を使う仕事をするのだから。


「あー、なるほど。浮気した旦那さんの実家が反社会的勢力か。探偵さん、最初にこっちの情報から話してくれていたら、僕も変に思わなかったのに」

「どういう意味だよ」

「だから、ドラッグ。実家がそうならコレ系には慣れ親しんでるはずでしょ? 探偵さんはこう言えば良かったんだよ。“実家が反社な旦那の浮気調査を頼まれた。その旦那は偶然、落としたグミをドラッグと見破り脅して来た男と同一人物だった”ってね」


 ──そう言われると、ぐうの音も出ない。


「で、なんで進藤君に嘘ついたの? 普通に話をしてさ、普通に僕を借りれば良かったんじゃないの?」

「それは、まぁちょっと今回の依頼は真っ向から行くと危険そうだったからな、お前を使った方が安全に調査が出来るかな、って思って。でも、そういうのって進藤は嫌いそうだろ? 探偵なんだから自分でやれよ、びびってんじゃねぇよ、的なさ」

「あぁ、確かに進藤君はそんな感じだね。あれで案外漢気ってヤツがあるんだよ。探偵さん、よくわかってるじゃん」


 さすがに、万が一相手の不況を買った時に進藤達をぶつけようと思っている事までは言えない。ジオは何だかんだ進藤を慕っているからだ。そういえば、と俺は今更のように思った。


 ジオは皆実社長の弟くんと違い、きちんと学校に行っているようだ。成績も良いみたいだし、親との関係も良好らしい。そんな『少し変わっているが普通の中学生』が、どうして進藤なんかと知り合ったのだろう。


「なぁ、お前みたいな子がどうやって進藤と知り合いになったんだ?」

「あれ、言ってなかったかな」

「俺は聞いてないからな」


 そっか、と呟きながら、ジオは少し思案顔になっている。


「言いたくないなら別にいいけど」


 本当は少し知りたい。興味というか、こいつらが知り合った経緯は今後二人を利用する事になった時、必要な情報だと思っている。


「言いたくないわけじゃないよ。ただ、どうやって簡潔に説明しようか話をまとめていただけ」


 ──さすがは有名進学校に通うお坊ちゃん。どうでもいい話でもわざわざまとめて下さるとは。


「そうだね、まぁ僕もそれなりにストレスを感じる事は多いんだよ。で、親が二人して出張の時にちょっと夜の街に遊びに行ってみたんだ。で、案の定絡まれたんだけど、そこに仕事に行く途中の進藤君が通りかかって」

「まさか、助けてくれたのか?」

「ううん。“今なら三時間七万五千円で護衛してやるけどどうする?”って聞かれただけ」


 さすが進藤。子供にも容赦ない。尊敬はしないが、感心はする。


「で、雇ったってわけか」

「そうだね。でも、面白そうだから値切ってみたんだけど」

「面白そうだから値切った、ってどういう発想だよ」


 コイツはもしかして、勉強が出来る、出来ないとは違う方向性の馬鹿なのかもしれない。どうしたらそういう発想が湧いて来るんだろうか。


「本当はそれぐらいのお金を持っていたんだけどさ、五万円しか払えないんです、でも、何か役に立ってみせますから……ってしおらしく言ってみたんだ。で、何が出来るんだって言われたから、とりあえず防犯カメラのハッキング画像を見せたら面白がってくれて、それで店に連れて行って貰った」

「へぇ、なるほどね。……そのハッキング技術はどうやって学んだ?」

「細かい部分は内緒だけど、まぁ独学。あ、でも、結局七万五千円は取られたけどね」

「……なんだ、それ。値切ったんじゃないのかよ」


 そこでなぜか、ジオは嬉しそうに笑った。


「進藤君、僕がお金を持ってないわけじゃない事にはすぐ気づいたんだって。その上で僕の目的と、僕がどう出るか、を確認したかったらしいよ。今まで僕の周りにはいなかったタイプだから、すっかり好きになっちゃって。あ、好きって言ってもそういう意味じゃないからね?」

「わかってるよ。気持ち悪い事を言うなよ」

「あ、その言い方は差別だよ。止めた方が良いよ」


 はいはい、と生返事をしながら、二人の関係性について改めて考える。おそらく、進藤とジオは似た者同士なのだ。年齢や育った環境は真逆と言っても良いが、頭が回り、未知のスリルを求めてはそれを心底面白がる所はそっくりだ。


 けれど、ジオは進藤にとって『お気に入り』でも『忠義の士』でもないらしい。その辺りは、正直俺にはよくわからない。


「そうだ、進藤からお前を借りる時に例のグミ、アレを十個ずつ渡されたんだ。売るんじゃなくてばら撒いて来いって。色判別は任せるって言われたけど、俺にそれを頼む意味はなんだと思う?」

「あー、それね。多分進藤君のテストだよ。最初に言ってたでしょ? 進藤君は“一芸を持ってる奴”が好きだって。探偵さんは謎に頑丈な身体を持っているみたいだけど、それだけじゃ足りないって思ったんだろうね。悪いけど、それに関しては自分で考えなよ」

「まだテストがあったのかよ……」


 やれやれ、といった体で余裕ぶってみせながら、俺は内心で頭を抱えていた。この状況でジオに「教えろ」と迫るわけにはいかない。が、俺は今めちゃくちゃ忙しいのだ。皇子も探さないといけないし仕事もしなくてはいけない。


 この上意味不明なテストとやらを受けないといけないなんて、なんなんだ、一体。


「……そうだ、皇子」

「え? 何?」

「いや、何でもない。なぁ、鳥の痣男の情報はどうなった?」


 この際、進藤のテストなんかもうどうでも良い。俺の目的は皇子を探す事だ。皇子さえ見つかれば、この依頼すら放り出して帰る事が出来る。


「ごめん、まだ。いや、ちゃんと調べてるんだよ? でも鳥の形の痣、っていうのが難しいんだよなぁ。鳥の刺青を彫ってるヤツなら結構いるんだけどね、でも、痣となるとなかなか見つからないかもしれない」

「なんで?」


 平静を装いながらも、口の中がじわじわと渇いていくのがわかった。


 街中の防犯カメラをハッキングする能力のあるジオが見つけられないとなると、俺では手に負えないかもしれない。どうしたらいい。俺は一刻も早く、祖国に帰りたいのに。


「刺青はさ、彫ったら誰かに見せたいじゃない。昔のヤクザみたく隠す人ももちろんいるだろうけど、最近はファッションで彫るでしょ? ピアスを開けたりするのと一緒だよね。で、わざわざ見える場所に彫ったり、なんならよく見えるような服をあえて着たりもする。けど、“痣”は多分違う。出来るだけ人目につかないようにする、って人が多いんじゃないかな」


 ──こいつの言っている事は正しい。確かにそうだ。隠されてしまっては、探しようがない。


「ただし、今は夏だからね。基本的には半袖になる事が多いんじゃない? その痣男って、何歳くらいの人?」

「え? あ、俺くらい、かな」

「仕事は? 何をしている人?」

「いや、それは……よくわからないんだ」


 どこの誰が皇子なのかわからないのに、仕事をしているかどうかまでわかるはずがない。当然というか、ジオの顔は不審に彩られている。


「……よく知らない人の、息の根を止めるの? 社会的に?」

「よく知らない人の、息の根を止めようとしてるんだよ。社会的に」


 俺はゆっくりとジオを見た。よく考えたら、俺はこいつに喋り過ぎなくらいに色々と喋ってしまっている。それもこれも、こいつを使って皇子を見つけさえすれば後はどうでも良いと思っていたからだ。でも、今こいつに警察に駆けこまれでもしたら。


 いや、俺は現時点では何もしていないわけだから、仮に警察にタレこまれても困る事は何一つない。


 このまま皇子が見つからなかったら。いや、今のジオの話を聞いた限りだと、皇子を見つける事が出来ない可能性の方が高いのではないだろうか。


 そうなったら、俺はこの世界で生きて行くしかない。


 それはどうしても避けたい道ではあるが、万が一の事を考えてそうなった時の準備というか環境を整えておいた方が良いかもしれない。


 となると、逆に進藤に全てを話してしまった方が良いのではないだろうか。


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