幕間・2
「ねぇ、キミ。キミはどうして騎士になろうと思ったの?」
皇子からその質問を投げかけられた時、俺は一人のメイドを叱り飛ばしている最中だった。その日は朝から、皇子と共に研究室を兼ねた離宮に来ていた。昼近くになってから、皇子がいきなり中庭で昼食をとりたい、と言い出した。
皇子は普段、離宮には研究をする時しか行かない。それに加え皇子の希望で、離宮内は必要最低限の人員しか置いていない。料理人もいないのだ。チーズやワインと言った軽食は持参していくが、きちんとした食事は王宮で済ませてから行くか、戻ってから食べるかのどちらかにしていた。
「……あの、皇子。その質問にお答えするのは今でないといけないのでしょうか」
料理人を呼んで作らせるには、材料の選定と運び込む時間が足りない。だから皇子を説得し、離宮で食事を作らせるのではなく王宮の厨房で作られたものを運ばせるようにした。皇子は不満そうだったが、急に言って来る方が悪いのだ。こっちにだって、都合というものがある。
皇子は渋々諦め、ワインを持って来るようにメイドへ命じた。そのメイドがワインを注いだワイングラスが、強風にあおられ倒れてしまったのだ。
「うん、今だから聞いたんだよ」
「……なんでしょうか」
「騎士はか弱きものを守る為に存在するのではなかったかな。もちろん、昨今の騎士は王侯貴族の護衛や軍事行動が主だけれど、古来より騎士の根本はそうであると思っているけど」
「……おっしゃる通りですが」
だから、それが今何の関係があるのだろう。
「キミは彼女に“こんなに風が強い日に、なぜワイングラスを出したのか。ゴブレットにするといった気遣いはなかったのか”と言っていたね。確かにキミの言っている事は正しいよ。けれど、その前に割れたグラスで怪我をした彼女に対する気遣いはなかったのかな」
俺は目の前のメイドを見下ろした。その指先は、真っ赤な血に染まっている。
「あ……」
メイドは俺に睨まれていると思ったのだろう。小柄な体をますます小さくし、涙を溜めたまま震えていた。
「こ、ここはもう良いから、早く手当てを受けて来い」
「はい、申しわけございませんでした……」
青褪めた顔のメイドは、急ぎ走り去っていく。なんとなく苦い気持ちでグラスの破片を見つめていると、皇子の穏やかな声が聞こえた。
「それで、答えは?」
「答え、ですか?」
「そう。キミがどうして騎士になろうと思ったのか」
皇子は俺を咎めるでもなく、ただ静かな眼差しを真っ直ぐに向けて来る。俺はどう答えたものか、としばし悩んだ。
──下級貴族の、それも家を継ぐ事も出来ない次男の俺がそれなりの給料を得るには騎士になるしかなかった。それが本当のところなのだが、皇子はきっとそんな答えは求めていないだろう。
「国を、人を守りたかったからです」
これは真実ではないが嘘でもない。俺はこの騎士という仕事にやりがいを見出していた。だから剣や槍の訓練にも精を出し、こうして皇子の側近に抜擢される所までこぎつけたのだ。
「……ふぅん、そう」
皇子はなぜか不満そうだった。ここは『尊敬する皇帝陛下の為に』とでも言っておいた方が良かったのだろうか。
「僕がキミの友人であったなら、キミが騎士になるのは絶対に止めただろうな。だって、最も向いていない職業だと思うから」
「……どういう意味でしょうか」
かろうじて顔に出すのは我慢出来たが、内心は苛立ちで頭が熱くなっていた。あのメイドの怪我に気づかなかったのは確かに失態だったが、ここまで言われる筋合いはない。
「あぁ、ごめん。気を悪くしないでくれるかな。騎士に向いていないキミだからこそ、僕は側近として側に置いておこうと思ったんだ。僕にはキミのような人が必要なんだよ」
「それは光栄ですが、あの、私のどこが騎士に向いていないと──」
皇子は少し考えるような顔になり、やがてこう言った。
「キミは人の話を、もう少しちゃんと聞いた方が良い」
まるで幼い子供に言い聞かせるようなその物言い。これが皇子でなかったら切り殺している所だ。そう思いながらも、とりあえず深々と頭を下げておいた。
皇子は賢く、聡明な人物だ。賢い人間の言う事は、そのほとんどが正しい。
俺がそれに気づいた時は、もう何もかもが手遅れであったけれど。




