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魚の美味しい食べ方

 この世界では食品を冷蔵するという概念が存在しない。そのため内陸部では魚がとても貴重なものになっている。川魚は比較的よく見られるが、やはり川から遠くなると食せる機会も限られてくるのだ。そして残念なことに種類が少なく、『フナ属の何か』と『マスの一種に見える何か』しか穫れない。当然ながら味も名前通りのもので好んで何度も食べたくなるようなものではなかった。


 そんな食生活は、転生者たる僕らには少し寂しいものだった。基本は麦やキビ類を加工したものを主食として、肉や野菜が中心になる。冷蔵保存の概念がないのは先程の通りで、肉も基本的には鮮度が良いものではなく美味とは言い難い。


 可哀想なのはさっちゃんとクロエだ。彼女達は前世の記憶が戻る前までは、この世界での食生活を当然のものとし満足していたのだけど、いざ記憶が戻ると恵まれた世界での味覚が蘇り、とてもこの世界での食事に満足できなくなってしまったというわけだ。因みに、クロエに関しては直接食事はとれないが、味という感覚が恋しくなると、さっちゃんに憑依して食事をとっている。僕に取り憑いてもいいよと提案したこともあるのだが、何故かスケベ呼ばわりされてしまった。正直なところ、そのあたりの線引きはよくわからないでいる。


 そういった転生者故の事情もあって、今僕らは道中に通りがかった漁村にいる。目的は単純で新鮮な海の魚が食べたくなった。種類が少なく淡泊な川魚ではなく、目の前には広大な海が広がり中では無数の命がひしめいている。僕らは業深くもその命を摘み取って食べてしまおうとしているのだ。


 敢然たる意志をもって海を見つめる僕ら、皆は熱い決意に満ちた表情でとても凛々しく見えた。お魚食べたい、声には出さない叫び声が聞こえてくるようだ。


「どうやって沖にでるのかしら」


 このあたりは遠浅で、小鰺が数匹泳いでいるのが見える程度だ。食べ応えのある魚を穫るなら沖しかない。僕らの夢や希望は、あの海の向こうにあった。


「あんたら怖い顔して、なにやってんだ?」


「あっ、この村の方ですか?すみませんお騒がせして……魚が食べたいなぁと思って海をみてました……」


「魚ねぇ、交易に出したり加工したりする魚はやれねぇが、わしらが食う分ならわけてやってもいいぞ。外魚や外道だから大したもんじゃねぇけど」


「食べれる魚なら是非!なんでも大丈夫です!」


「ほんじゃあ、こっちついてきな。」


 漁師のおじさんに案内されるまま着いていくと、海岸沿いに大きな籠が沈めてあった。


「これよ。死んだらすぐ腐るでな、こうして死なんようにしてんのよ。こんなんでいいか?いくつ欲しい」


 そう言って僕の目の前に差し出された魚は、僕の世界でもとても馴染み深い鯖によく似ている。


「こいつらすぐ腐るでな、干しても塩漬けにしてもダメだ。わしらで食うしかないが、いかんせん数が多くて食いきれんし飽きるのよ。金なんぞいらんから持ってけ」


 足が早すぎることから腐らせずに流通させる手段がなく、産地でないと食べられない類の魚は僕の世界にもあった。流通手段が乏しいこの世界では、鯖もそのひとつになるらしい。


 とりあえず人数分だけと言うと何故か倍の八匹を頂くことになった。まず血抜きをして頭を落としてから内臓を抜いた、魚を捌くのは初めてだけど、多分こんなものだろう。先程まで元気に生きていただけあって実に新鮮そうだ。これならお刺身もいけるだろうか……


 早速、僕らは馬車へ戻り野営の支度を始めた。夏なので早めに調理しなければ味が落ちてしまう、一匹はお刺身にして残りは塩焼きにしよう。煮付けも考えたがみりん等の調味料がなかった。


 いざ出来上がった料理を目の前に僕らは震えが止まらなかった。渇望していたものが目の前にある、その感動と獣のように貪りたい衝動が僕らの身体を戦慄かせた。


「鯖なんて本当に久しぶりだわ、前世でも山間に住んでいたからお魚なんて川のものばかりだったもの」


「私はみそ煮の缶詰めが好きだったなぁ」


「ま、まず、僕はお刺身から……」


「待ってリューくん、お醤油は?」


 盲点だった、みりんまでは気が回っていたのに……なんたることか。わさびもないじゃないか……っ!


 そもそも、この世界には醤油もみりんもない。ざっくりとした製法はなんとなくわかるので、異世界人らしく現地人にそれを広めて崇めてもらうのも良さそうな気がした。まあ、僕の半端な知識では多分作れないけど。


 塩焼きはいいとして、醤油がない現状でのお刺身は問題だった。こんなに小間切れにしては今更焼くことも出来ない。どうしたものだろうか。


「お塩……」


「えっ?」


「もう……お塩で食べるしか……ないよ……」


 こんなに悲しそうなさっちゃんを見るのは王都以来のことだった。僕もこの悲しい現実を受け入れるしかないのか。神はなんと過酷な試練を僕らに与えるのだろうか。


「カーミラは無関係だと思うわ……」


 結局僕らは塩でお刺身を食べた、ただただ『海!』という感じがした……。


 僕らが知っている本当に美味しい食べ方は、この世界では困難だ。これなら漁師のおじさんにオススメの食べ方を聞くべきだったと思う。


 やはり転生者は謙虚でいるべきだ、前世の知識を過信したり過去の慣習に執着すべきではないのだ。


 僕は改めてそう思った。




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